再開と再会
…そうして、やっと辿り着いた領地。懐かしいという気持ちも勿論あるけれども、やっぱり無事に辿り着いて安心したという気持ちが一番大きい。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
セバスやセイを筆頭に、今回領地に残った使用人が勢揃いで出迎えてくれた。
「道中のこと、聞き及んでおります。どうぞ、ごゆるりとお休みください」
「ありがとう、セバス。皆も、出迎えありがとう」
セバスの申し出は、正直ありがたかった。やっぱり私も道中常に緊張していたせいか、とても疲れている。安心して、それが一気に出てきたのだろう。
セバスに先導されながら、私は部屋にむかった。部屋に入ると、私はシャワーを浴びて楽な格好に着替えた。椅子に座って一息つくと、ターニャが用意してくれたハーブティーを飲む。
「ターニャもお疲れ様。今日は貴女もゆっくり休んでちょうだい。私ももう眠るわ」
「畏まりました」
ターニャも流石に疲れたのか、素直に了承すると下がった。
ふう…と息を吐きつつ、ぶるりと震える身体を自分の腕で抱き締める。…本当に、怖かった。皆のお陰で私は敵に直接対峙した訳じゃないけれども…それでも、自分の命が狙われたという事実は本当に今思い出しても肝が冷える。
とは言え、怖いからと言って立ち止まってられないし、逃げる事なんて以ての外。ちゃんと賊の出処を探らせないとだし、そこから考えなければならないことは山ほど。
ああ、でも。やっぱり今日はゆっくり休もう。…そうして、私はベットに横になるとそのまま深い眠りについた。
翌朝。私はいつも通りの時間に目覚めた。昨夜はかなり早くに寝たから、今朝は早めに起きるとばかり思っていたけれども…まあ、それだけ疲れてたってことかしら。お陰で、凄くスッキリしている。
ヨガをやって、シャワーを浴びて着替えれば完全にいつも通りの朝。食堂で、久々の領地でのご飯をいただく。
「…アイリス様ぁ!」
食後のお茶をいただいていたら、レーメが入ってきた。昨日出迎えてくれてたけれども、会話も何もなかったし。何だか久しぶりで懐かしい気分。
「あら、レーメ。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないですよー!本当に、心配しましたぁ。無事で良かったですぅ」
「心配してくれて、ありがとう。ほら、レーメ。私は無事だったのだから、そんなに泣かないでちょうだい」
「でもー…」
ヒックヒックとしゃくりあげながら、それでも泣き続ける彼女。何だか、昔に戻ったみたい…と思ったけれども、そういえばエド様から婚約破棄をされて出戻りしたときも、こうしてレーメは泣いてたっけ。
「本当に、心配をかけてごめんなさいね、レーメ。ほら、泣き止んで…落ち着いたら、後でゆっくりとお話ししましょう?」
「はぃぃ……」
…そう、落ち着いたら…だ。それは、レーメの感情だけではない。
「……お嬢様」
「ええ、セバス。今日から早速業務を始めるわ。手紙でも報告を貰っていたれけれども、各部門の報告書を私にちょうだい。必要であれば、担当者にも話を聞かないと」
私がいない間に溜まっていた書類の決済及び現在の状況の把握に努めなければ。領にいる以上、一先ずそれをやらないと。書斎に着くと、机の上には整理されながらも書類が山となって置かれていた。
「それじゃ、まずは書類を読んでおくわね。後で呼んだら来てちょうだい」
「畏まりました」
「それと、ライルとディダを呼んでおいてちょうだい」
昨日の賊についても調べさせないと。どうせ時間はかかるだろうし、先に指示を出しておきましょう。
セバスが退出した後、私は書類との戦いを始めた。…この書類の確認が終わるのは、いつになることやら…なんて少しばかり遠い目をしていたタイミングで、ノック音がした。
「どうぞ」
てっきりライルとディダかと思えば、入って来たのはディーンだった。
「ディーン!」
思わぬ入室者に、私は少しばかり驚く。
「お久しぶりです、お嬢様」
「ええ、本当に。…私が王都に行っていた間も、時折来てくれていたのでしょう?ありがとう、ディーン」
「いえ。礼には及びませんよ。それより、聞きましたよ。帰りの道中で、襲われたとか」
「……ええ。けれども、それを何処で…?」
まさかもう、領内で噂になっているのか…とディーンに探りを入れる為に聞いた。
「館の中で、話題になっていたので。お嬢様が無事で良かったです」
そのため、返ってきたその言葉に、少しだけ安心した。
「護衛の皆のおかげで、何とか…ね。それで、ディーン。幾つか質問をしたいのだけれども…」
「ええ。私も幾つか報告したいことがございましたので、取り急ぎ此方に参りました」
挨拶もそこそこ、私は今まで読んだところまでで出てきた不明点をディーンに質問する。私がいない間は、ディーンとセバスが分担して業務を取り仕切っていたようで、このタイミングでディーンが来てくれたことは本当にありがたかった。
「……では、領都の区画整理は完了。戸籍は領内全ての場所で作成が終わっていて、残るは領都以外の土地の所有権の整備のみね」
私が王都に出る前から施行していたことの進捗確認。領都は宅地が多いから、土地の所有権も分かり易い。売買時には、基本契約書を交わしていることが多いしね。けれども、領都から離れると、勝手が変わってくる。やはり農村部などでは、何処から何処までが誰の土地というのが明確にはなっていないことが多いからだ。
「はい。付け加えるのであれば、東の地域ではほぼ完了しています。南の地域…特にカカオを産出する村の方では、アズータ商会との契約を交わした際に土地の所有権を整理していたので、此方ももう少しなのですが…問題は西部と北部ですね」
「うーん……。こればかりは、なるべくその近辺の住民達の話をよく聞いて行っていくしかないわよね」
「ええ。民部では、現在その業務を最優先としています。また、それと並行して、領都では以前お嬢様が言っていた住民票の作成に着手しています」
「そう。今後も方針はそのままで行っていきましょう」
そのまま確認を繰り返していたら、再びノック音が聞こえてきた。
「失礼します」
入ってきたのは、今度こそライルとディダだった。
「遅くなってしまい、すみません」
「気にしないで良いのよ。…それじゃあ、ディーン。申し訳ないのだけど、一旦下がって貰って良いかしら?」
これから話す内容が内容なだけに、流石にディーンでも聞かせられない。
「ええ。それでは、私はその間に今お嬢様から話があったことを詰めてきますので」
ディーンはあっさり引き下がると、そのまま部屋から出て行った。




