お父様の忠告
……さあ、そろそろ帰りましょうか。
そんな決意を胸に、お父様の部屋の前まで来た。部屋をノックし、中へと入る。
「…失礼します、お父様」
沢山の書類に囲まれたお父様が、じっと私の方を見た。学園を追放されたすぐ後もこうしてお父様と向き合って話したけれども、それが今では遠い昔のようだ。
「……帰るのか?」
「ええ。明日、私は領に帰りますわ”
「そうか…」
カタン、とお父様は手に持つペンを机の上に置いた。そして書斎机の前に置かれている椅子に座るように、仕草で私に促す。
「失礼します」
私はそれに従って座る。
「1つ、お前に忠告したいことがある」
お父様の厳しい声色に、自然と私も姿勢を正した。何だか前に対峙した時よりも緊張感があるわ…。
「何でしょうか」
「エルリア王妃と、彼女の実家…マエリア侯爵家に気をつけろ」
「それは…第二王子派のトップなのですから、当然今後も動向には注意しますけれども…」
「そういうことではない。お前は此度の建国記念パーティーで、内外共に王太后の後ろ盾を持つことを示した」
「それはつまり、それ故にエルリア王妃とマエリア侯爵家にとって私が邪魔者になるということですか?」
私は、第二王子に婚約破棄をされた身。だからこそ、自身の陣営に抱き込むことは不可能に近いことを分かっている筈だ。私自身の気持ちの問題だけでなく、対外的にも心象が悪くなるし。であれば、私の存在というのはエルリア王妃にとって邪魔者以外の何者でもない。
「否……“お前”がではなく、“アルメニア公爵家”が、だ」
「それは……」
「元々、マエリア侯爵家にとって、アルメニア公爵家は目の上のたん瘤。王妃を輩出したとはいえ私は宰相、メリーは王太后の気に入りであり社交界で絶大な発言力を有するが故に、我が家は優位に立っていた。とは言え、私は中立派を謳っていたし、メリーもメリーで徹底的に王宮の勢力争いからは避けてきていた。だからこそ、まだマエリア侯爵家にとって我が家が邪魔な存在であれ、態々リスクを侵してまで我が家に攻撃をしようとはしてこなかった。だが…」
「第二王子に婚約破棄をされたアルメニア公爵家の娘である私が、力をつけてしまった…」
「そうだ。お前は私の想像以上に領を盛り立て、また、商会を作り資金まで作り上げた。お前は、あまりにも早くそれを成し遂げてしまった。それ故に、マエリア侯爵家にとって我が家は放っておけない存在になっていることだろう」
「……も、申し訳ございません……!」
…情けない。トントン拍子で進み、その幸運をただ享受するだけで、考えが及ばなかった。少し考えれば、当たり前のことなのに。私という存在が、どれだけアルメニア侯爵家にとって厄介な存在かなんて。私があそこにいることができるのは、単にお父様の温情だったというのに。再び、家に迷惑をかけるなんて……!
「…いや、お前のその力を見誤った私の失態でもある。だから謝る必要はない」
「ですが…」
「幸い、まだ何も起こっていない。だからこそ、アイリス。より一層の注意の注意を払い領政に当たれ」
「はい……!」
ふと、お父様は手持ちのベルを鳴らした。すぐさま、侍女の1人が部屋に入ってくる。
「何か飲み物を」
「畏まりました」
それから殆ど間を置かず、私の前にはティーカップに入れられたお茶。心を落ち着かせるために、ありがたくそれをいただく。
「……これは蛇足だが…」
言いづらそうに、お父様は口を開いた。
「……マエリア侯爵家を気をつけることは当然のこと、エルリア王妃には更なる注意が必要だ」
「それは…先ほどから仰られていることでは…?」
「……エルリア王妃は、王宮に入って変節された、と…」
何処か言葉を探るように、お父様はゆっくりとお話になられる。何をそう、そんなに言い淀んでいらっしゃるのかしら……?
「……正妃が亡くなられたのは、エルリア王妃の仕業という噂もあるぐらいだ」
「お父様…何故そんな大事、裏をお取りにならなかったのですか」
「……物証は、何も残っていなかった。それで、側妃であり侯爵令嬢の取り調べが行えると?」
「……失言でした」
考えて見れば、科学捜査などないこの世界で白黒つけるのは難しい。おまけに、なまじ相手が権力を持つ故に強行手段も取れないんじゃ…ね。
第一王子派が故意に流した噂かもしれないし、真実なのかもしれない。何方かは分からないが、そんな噂が流れる人物ということは注意するに越したことはないということだ。
「兎も角、そんな黒い噂があるのだ。身の回りにはくれぐれも注意をしてくれ」
「はい」
ぶるり、と身体が震える心地がした。敵には回したくないが…確実に、向こうは敵認定をしているでしょう。
「…ターニャ、ライル、ディダにはよく言い聞かせてある。お前も、自身で気をつけなさい」
「お父様のご忠告、しかと胸に刻みました」
折角あわや幽閉から、ここまで来たのだ。私自身、まだまだ死にたくない。それに…今、ここで死んでしまったら、領民達に申し訳がたたない。今やりかけている改革も、領政も全て投げっぱなしにするようなものじゃないか。
「……それからお前は現在、ユーリ・ノイヤー男爵令嬢について、調べさせているらしいな?」
「あら……お父様、随分と大きなお耳をお持ちのようで」
「まあ、な。それで、お前は何処まで調べがついている?」
「ユーリ令嬢のお母様が、王城の侍女だったというところまでは」
「なるほど、な。……因みに彼女の身元の保証は、ルーベンス家が行っていた」
「……ルーベンス家?」
聞いたことのない家名に、私は首を傾げる。
「この件で、私が開示できる情報はここまでだ」
キッパリとした物言いに、私はこれ以上お父様から聞くのを諦めた。
「お前なら、この情報から国で起こっていることを察することができるだろう。だが、あまり深入りをしないでくれ。そうでなくても、今のお前は非常に厳しい状況に立たされているのだから」
「……ならば、お父様は何故…」
「お前の子飼い達に王城をウロウロされて、あまり方々(ホウボウ)に刺激を与えたくないからだ。家名を調べるぐらいなら、本を読めばできるだろう?」
「……情報、ありがとうございます」
これ以上、調べるなということ…ね。さっきの話もあって、勝手はできない。流石、お父様。反論しようがないわ。
「お時間ありがとうございました。これにて、私は失礼させていただきます」
「ああ。道中、気をつけるように」
私には、道中“も”と言っているように聞こえた。そうよね。もし何かしてくるのであれば、道中ほどやりやすいところはないもの。帰りはターニャとライルそれからディダの言う事をよく聞きましょう。
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