試合の行方
「……それでは、試合開始!」
審判の言葉が聞こえたと同時に動き、そのまま刃を潰した剣を、思いっきりライルという男の方に向けて振る。本来自分の相手になる筈だった軍部の奴は、同じタイミングでディダという男の方に剣を向けていた。即席の2人では、連携なんぞ取れないという意見が一致し、1対1に持ち込もうという考えだ。
ライルは、自分の攻撃を剣で受け止めた。ガキン、と剣と剣がぶつかり合う音が響く。そのまま押し切ろうと力を入れても、びくともしない。涼しい顔をして、平然と受け止めるその姿に少し苛つきを感じた。
…このままでは、攻めきれない。
そう感じて、一旦引き、そのまま再び攻撃を繰り出そうとしたその瞬間、剣を弾き飛ばされたかと思えば、怒涛のように攻め込まれる。一撃一撃が重く、防ぐことに手一杯。
「……くっ」
それでも何とか突破口はないかと思案しつつ身体を動かすも、隙がない。攻められる一方で、反撃らしいことは何もできていない。…ここまで一方的に攻められるのは、久しぶりの事だった。今まで育ってきた環境が環境なだけに、同世代での試合は負け知らず。騎士団に入ってからも、それなりに勝ち星を挙げてきた。……なのに。今、この状況では防ぐことが精一杯。相手は余裕綽々の表情。勝てるビジョンが全くもって見えない。正直、ここまで彼らと自分に差があるということに愕然とする。
ガキンという音共に、視界の隅で剣が宙を舞うのが見えた。……ディダと軍部の奴との試合が早々に終わったようだ。勝者は、ディダ。それと同時に、ライルの剣に乗せる力も強まった。やはり、さっきまで加減していたのか…。そのまま押し切られ、そしてあっさりと自分の剣も弾かれた。
負けた…。降参の言葉を言おうとしたが、けれどもその前にライルは剣を休めることなく自分の方に剣をそのまま振ってくる。
「なっ……」
普通、相手の剣が弾かれたら攻撃を止めるだろう!そんな言葉を口から出す前に、避けることで手一杯。重い攻撃なのに、この速さは何なんだ….。
「止めろ!試合は終了だ」
審判の言葉に、ピタリとライルは剣を止める。丁度喉元に剣先を向けられて、寸前のところで助かった…。
「………」
ライルは無言のまま、その表情は不満げに剣を下ろす。ホッと、我知らず詰めていた息を吐いた。
「……2人は、何故軍部や騎士団に所属していないんだ?」
安心して、最後の攻撃を抗議をする気にもならない。代わりに、気になっていたことを聞く、彼らならば、何方からでも厚遇されるだろう。なのに、一切此方で名前を聞いたことがない。
「仕えるべき主人がいるからだ」
「だが…その力があれば…」
「だがも何もねえよ。国に仕えようなんて思ったこともねえ。俺等は姫さんを守れればそれで十分」
「……ディダ。お前と言う奴は…。この場でそこまで言う必要はないだろう」
ディダの発言に、ライルは溜息を吐きつつこめかみに手を置いていた。
「けどよ、ライル。お前だってそうだろう?国が何をしてくれた?俺らを引き上げてくれたのは、姫さんじゃねえか」
「……それは、そうだな」
「そんな訳で、俺らは軍部だろうが騎士団だろうがどっちにも行く気はねえんだ」
2人はそう言って、闘技場から降りて行く。代わりに、ガゼル将軍が闘技場に上がり、騎士団と軍部の間に立った。
「諸君、ご苦労だった!歓談の席を設けている故、互いの立場は一旦置いて今日はゆるりと飲もうぞ」
ガゼル将軍がそんな言葉で、この模擬試合を〆た。
俄に場が騒がしくなった中、一先ず汗を流そうと、その場を離れて訓練場近くの水場を目指す。
「お疲れさん」
ポンと肩を叩かれて、背後を見れば先輩がいた。先輩は自分と1番年が近く、それ故自分の面倒をよく見てくれている。
「さっきの試合、凄かったな」
「……全然です。自分は、彼らの相手にもなりませんでしたから」
「そりゃそうだろうよ。あの2人とまともに剣を合わせることができるとしたら、ガゼル将軍とか…騎士団で言えばマルコム隊長レベルだよ」
マルコム隊長といえば、騎士団の中でもエース中のエース。そんな方と互角に戦えるとは、やはり流石はガゼル将軍の弟子だ。
「本当に、何故2人は王都に来ないのでしょうか。騎士団でも軍部でも、2人ならば厚遇でむかえられるでしょう」
「さっき2人も言ってたじゃねえか」
「ですが……」
「お前が2人に反論しようとした時、俺は肝を冷やしたね。あの2人、あれ以上お前が言うようだったら剣を抜いてたぞ」
「まさか…」
流石にそれはないだろうと先輩の顔を見れば、先輩は苦笑いを浮かべている。
「お前のようにな、俺たち騎士団も軍部のやつらも挙って2人をスカウトしたんだよ。けれども、頑として突っぱねられた。あんまりしつこくしたもんで、決闘騒ぎだ。主人を侮辱されたってな。スカウトの言葉もマズかったらしい。で、2人は勝った」
唖然とした。確かに騎士は名誉を重んじ、主人が侮辱された時には剣を抜くことを良しとする。けれども、それを実際に行う奴がいるなんて。
狂犬、という言葉が頭の中でちらつく。狂ったように主人を求め、そしてその狂気染みた刃を敵に向ける。そんな狂犬を見出し、懐に抱き込むことができた主人とは一体誰なのか……。
「……その決闘は、圧巻だった。今日みたいなお遊びじゃない。ガゼル将軍が止めなければ、命が危うかったほどだ」
「そんなに、ですか…」
「ああ。騎士のように基礎をみっちりと固まっているかと思えば、軍部の奴らのように型にハマらない、臨機応変な対応する。ディダっていう男の動きは速すぎて追いきれねえし、ライルって奴の方は重過ぎてまともに剣を合わせられねえ。あの試合は、忘れることができねえな。そういや、お前。最後に随分とライルに攻撃されていたが、審判が止めてくれて運が良かったな」
「何でですか?」
「あの2人の主人こそが、アイリス公爵令嬢だからだよ。俺は、お前の不運に同情したね。多分、あの2人は元々ガゼル将軍が軍部対騎士団の成績がどちらかに傾いていた時に、片方が勝者とならないよう呼んでおいたんだろう。最悪、軍部+騎士団対あの2人にでもしたんじゃねえか?…まあ、それは兎も角、まさかの2勝2敗で最後の試合がお前の番。で、予想通りあの2人の登場。ここまで来れば、学園での一件からお前がボコボコにされるんじゃねえかって心配もするだろ」
「それは…」
あの2人の主人が、アイリス公爵令嬢…。その事実に、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。まさか、彼女が…彼女こそが彼らを見出し、そして懐に受け入れているというのか…。
「だから、良く無事だったなって意味で“凄かったな”ってこと」
本当に、そうだと思う。まだ、今日が“模擬”試合で良かった。まだ、自分の相手がライルで良かった。でなければ自分は、もしかしたら今ここに立ってられなかったかもしれない…と薄ら寒気すら感じてきた。
「……先輩」
「何だ?」
「先輩から見て、アイリス公爵令嬢はどう見えますか?」
「俺に答えを求めるなよ。何せ、俺は彼女と話すどころか会ってすらないんだから」
その言葉が、自分の胸に突き刺さった。あの行動を起こす前に、自分は彼女に会ったことはあっても会話をしたことはなかったからだ。
「だがなあ…あの2人の懐きっぷりを見ていると、相当懐が大きい人なんだろうとは思うぞ」
「……そうですよね…」




