閑話:夜会が始まる、少し前
「……あーあ。何で俺たちまで出なきゃなんねえんだよ」
思わずボヤく俺の隣にいるライルは、俺の言葉に眉間に皺を寄せていた。
「仕方ないだろう、ディダ。師匠たってのお願いなんだ」
「とは言っても、今日の訓練、俺ら全く関係ないじゃん?」
今日の訓練とは、軍部対騎士団の模擬戦闘。それぞれの代表者が勝ち負けを競い合う。俺ら全く関係ないっつうのに、ガゼル師匠に無理やり駆り出された。今日お嬢様がメッシー男爵の夜会に出席されるから、そっちについて行きたかったのに。まあ、メッシー男爵家なら警護は心配ないし、お嬢様には俺たちと師匠の訓練を受けた警備隊がついているから心配ない。いざとなったらターニャもついてるし。…最近、ターニャが何処を目指しているのか疑問に思うのは俺だけじゃない筈。
それは兎も角、野郎ばかりの汗だくな場にいるのならどっちに行きたいかといえば前者だ。
「関係ないが、騎士団と軍部の力が如何程のものか身を以て知るのは良いことだ。折角の機会、無駄にするなよ」
「それは良いけどよー。何も今回呼ばなくても良かったじゃねえか。居心地悪いこと間違いねえもん」
今回の模擬戦は所謂ガス抜きってやつ。騎士団と軍部は仲悪いからなー。軍部は騎士団に対して、“実戦を知らないお坊ちゃん”と下に見てるし、騎士団は騎士団で軍部を“身体を動かすだけが取り柄の頭のない奴”と下に見てる。俺からしたらどっちもどっちなんだけどなー。そのため、こうして時たま交流を兼ねて模擬戦をしているという訳だ。
それもこれも、騎士団からも軍部からも慕われている師匠がいるからこそ実現できたものらしいんだけど。師匠としては、自分の腹心の部下だったメッシー男爵の夜会に行きたいだろうに、今の軍部と騎士団のビミョーな関係をみるに放っておけないとのことで泣く泣くこっちに参加するらしい。メッシー男爵は男爵で、何やら重要な任務があり、これ以上王都に残ることはできないってことで予定的に今日しか夜会を開く日がなかったとのこと。
不運が重なった師匠には同情するけど、俺らまで巻き込まないでほしいと切実に思う。
ってか、軍部と騎士団の模擬戦をただ眺めていろと?退屈そうじゃん。
王城の側にある訓練場では、既に騎士団と軍部の連中が集まっていた。ってか、師匠まだ来てねえな。
関係のない俺らが来たことで、軍部の連中も騎士団の連中も不審げに俺らの方を見ている。…ああ、帰りてえな。
「おう、お前らも来たか」
後ろから、師匠が来た。師匠が来た瞬間、全員が師匠の方を向く。師匠、流石だな。
「ガゼル将軍。失礼ですが、彼等は…」
「俺の弟子でなあ。丁度王都に滞しておったから呼んだ」
「ガゼル将軍の弟子……」
師匠の言葉に、さっきとは違う視線が俺らに向けられる。挑戦的…いや、見定めるような視線ってやつ?師匠って人気者だなあ。まあ、師匠の訓練を受けたいという奴は後を絶たないらしいが、それ故に個人レッスンを受ける機会がない。という訳で、こんな視線を寄越してくるのだろう。
「さあ、始めようか。騎士団長殿」
「はい。胸をお借りしますぞ、ガゼル将軍」
騎士団長…確かドルーナ・カタベリアだっけ?ふーん、こいつの息子がお嬢様と同じ学園に通ってたってことか。
そこから、1対1の試合開始。それぞれ選り抜きの奴らなだけあって試合は中々見応えがあった。
軍部と騎士団の力量は五分五分。ただ、少数精鋭を謳っている騎士団に選り抜きの奴らとはいえ、軍部の奴らが喰らい付いているのには中々驚いた。
4人ずつ出て、次が最後の試合。騎士団の方からは騎士団長の息子が出てきた。そして軍部からも1人出てくる。
「ちょっと待ってくれんか!」
今から試合が開始しそうな空気の中で、師匠がそれをぶった切る。
「今回の試合は2対2としてもらえんか?」
「2対2……?」
誰もが師匠の言った言葉にはてなマークを飛ばしていた。
「そう!最終試合に出るものが組み、ここにいる俺の弟子と戦ってもらえんか?」
急に回ってきた話に、俺は“は?”と呆気に取られてしまった。隣のライルは予想していたのか、それともただただ呆れているのか無表情だ。
「ガゼル将軍の弟子……それは面白そうですな」
意外にも、軍部の奴がさっさと乗ってきた。いやいや、今回の試合は軍部と騎士団の蟠りに決着をつけるためなんだろ?今、お互い2勝2敗で勝負ついてねーじゃん。観客達も、興奮したような雄叫びを挙げるな。
頼みの綱の騎士団長とその息子も、同意を示した。…あーあ、退路を絶たれた。
「……行くぞ、ディダ」
「はいよ」
ライルは静かに立ち上がって、闘技場に登っていく。そして俺も、仕方なくその後をついていった。




