夜会
もう少しで、王都の滞在期間も終わる。そして、今日はメッシー男爵家に訪問する日。お母様が集めた情報によると、メッシー男爵はシーズンオフより一足早く領地に戻るらしい。そのための、パーティー。要するに、お別れ会というヤツだ。
第一王子の陣営のメンバーで地方に領地を与えられている者は、基本、領地経営に専念している者が多い為、一同が集まる機会が少ない。逆に、こうしたシーズン中のパーティーでは、出席率は高いとのこと。
そんなパーティーに、私が出席して良いものなのかしら…?と思わなくもない。
朝、ヨガで精神統一。横では、ヨガにすっかりハマったお母様が、お揃いの服でヨガをしている。
「まあ、アイリスちゃん。表情が硬いわよー。今からそんなんじゃ、疲れちゃうわ」
「そうでしょうか…?」
「ええ。折角身体を解しているのだから、表情も解してー……そうそう、そんな感じよ」
ヨガを終えると、シャワーを浴びて着替える。今日のパーティーは夕方からだから、今はまだ普段着。
少し時間に余裕があるので、セイやセバスから上がってきた報告書を眺めつつ、指示が必要な物については早急に返事を送る。うーん…やっぱり現場にいるって大事よね。手紙が届くまでの時間を考えると、私が状況を把握する頃には状況が変わっていることもあるし。こういうのを見ていると、余計な感傷は捨ててさっさと領地に戻らなきゃなんて思う。
書類と格闘していたら、ノック音がしてターニャが部屋に入ってきた。
「お嬢様。そろそろお支度の時間です」
あら、もうそんな時間?やっぱり集中すると、時が経つのは早いわね。
遅れる訳にはいかないので、すぐに支度を開始。今日は夜のパーティーなので、この前のドランバルド侯爵のそれよりも、少し公式行事の時に近い感じのドレス。とはいえ、やっぱり重いドレスを着る気にはならないので、スッキリとしたデザインだ。
ターニャに、髪をアップに纏めて貰っている間に、私はアクセサリーを付ける。今日のドレスは私の瞳の色に合わせた濃い青色のドレス。アクセサリーも、私の髪色が銀髪のため、白とかだと映えないのでサファイアと青色。そのため、ドレス全体に施されている銀糸の刺繍が結構目立つ。
支度を終えたら、結構良い時間。女の支度に時間がかかるのは世の常と言うけれども、ドレスだと余計時間がかかる。そもそも、誰かに手伝って貰わないと着れないし。
そのまま馬車に乗って、男爵家に向かう。ふう、緊張するなあ……。同じ王都…それも貴族が館を構える区画にウチもメッシー男爵家の家もあるので、あんまり距離はない。とはいえ、やっぱり緊張しているからか妙に距離を感じる。
緊張感でガチガチになりつつメッシー男爵家に着くと、そのままホストであるメッシー男爵にご挨拶。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ出席していただきまして、ありがとうございます」
メッシー男爵は、流石軍に在籍されていた方なだけあって、均整な体つきをしている。…それなのに、1つ1つの動作が美しくて粗野なのに感じが全く見受けられない。素敵なロマンスグレーのおじ様、というのが私の中での印象。
「お祖父様も残念がっていましたわ。今回の会に参加できなくて」
お祖父様は出席したがっていたけれども、生憎の欠席。何でも、他にご用があるのだとか。その用事については詳しく話してくれなかったけれども、酷く残念がっていた。…まあ、私なんかよりお祖父様の方がメッシー男爵と関係が深いもの。
「恐れながら、私も非常に残念に思っております。是非、また次の機会にいらして下さいとお伝え下さい」
「はい。必ず」
ホストへの挨拶を終えて、私は会場を見回わした。まあ、凄いわね。…それが私の中での最初の印象。あちらこちらで名の通った方ばかりなのだもの。貴族で言えば、何らかの功績をたてて貴族に取り上げられる方々。後は平民ながらその技術力を買われている方や芸術性に期待を寄せられている方。官僚として第一線で働き、お父様からその名を聞くような方々。そんな有名な方ばかりの集まる会なのだから驚くのも仕方ないことだろう。
「……アイリス令嬢、お久しぶりに存じます」
「まあ…サジタリア伯爵、お久しぶりです」
サジタリア伯爵は、この国の財務大臣を務めていらっしゃる。平たく言えばお父様の部下なので、私も面識があった。確か伯爵はその力量を買われて王太后様が女王であった頃にその地位に抜擢された方。今は好々爺然しているけれど、あの王城内で一癖も二癖もある人々達と渡り合っているのだ…とてもその見た目通りだとは私には思えない。
「まさかサジタリア伯爵がいらっしゃってるとは、思いもしませんでした」
国の行政の中でも、重要なポジションにいる彼がまさか何方かの王子に肩入れするとは思ってもみなかった…これが、私の本音。
「私のような一介の官が王位のあれこれに口を出すことはできませんよ」
まあ、直接的には言えないだろうけれどもね。影響力はかなりあるだろう…王国の財布の紐を握り続けているのだ。それなりの発言力はあって然るべし。
「ですが、王国にとって何方の方が国のため…ひいては民のためになるのか。それを考え行動するのが、官民の役目だと私は思っているだけのことです」
「なるほど。貴方にとってあの御方こそが、国のためになると」
サジタリア伯爵は、私の言葉にただ笑みを深めるばかりだった。
「そういえば、アイリス令嬢。今宵のお召し物も、とても素晴らしいものですな」
「ありがとうございます」
「それも、東方との交易で…?」
「いいえ。これは、単に私の領の衣服店に注文したものです」
「ほう。アルメニア領には、逸材が揃っておるのですな。海に面しているのも、羨ましい。塩の精製、他国との交易で得る外貨…海に面しているというのは、それだけで領を富ませることができるのですから。交易の方は量を見る限り順調そうですな」
「え、ええ…まあ。民達のおかげです」
流石、サジタリア様。各領の動向はしっかり把握されていらっしゃるのね。
「ご謙遜を。少なからず貴女の指示によるところも多いのだと、私は伝え聞いておりますが?」
取り敢えず、私はその問いに笑みだけを返す。何というか、言葉に詰まってしまった。痛くない腹だけど、探られているようで少し面倒。
「他、領政においても随分活躍されているのだとか。税制の見直し、孤児の保護それから強兵政策の類にも着手されているらしいですね。…一体貴方は、最終的にどこを目指しておられるのか」
平たく言えば、交易で外貨獲得し、他領からも商業で金を集め、自領では軍隊を作り上げて何を企んでいるんだ?というところかしら。私も今考えてあら、ビックリ。これじゃサジタリア伯爵でなくても何考えているんだか警戒するだろう。
「私の目標は、民達に安心して暮らして貰えるようにすること。より細かく言うのであれば、身の安全・生活の安定を保証できる領といったところでしょうか。そんな目標…いえ、理想と言った方が合ってますね。その理想にどこまで近づけることができるのか。これは永遠に追求するより他ないかと…ですから“最終的に”などないのです」
「なるほど……。私、とても感動しました。民の為の政ですか…貴方はお若いと言うのに、既に公僕であろうとしているのですね。ですが、お気をつけ下さい。今の貴女の発言は、民の為なら国にすら牙を剥くと捉えられかねない」
「ご忠告、感謝致しますわ」
国に反旗を翻すつもりはないわよ。私自身はうっすいけど一応これでも我がアルメニア公爵家は王家に忠誠を誓っているのだもの。
けれども、私はそれ以上に民を守らなければならない。だから、状況によっては国と対立する可能性だって勿論ある。最後の札で、最も切りたくないカードとしてその選択肢は私の頭の隅に。…とは、流石に言えないけどね。