王都散策 弐
美容品店では喫茶店と同じく並んで店に入り、中の様子を見回った。ミモザがあれもこれも欲しいと言っていたが、どうせこの後会員制の店も見るのだから…と、自重して貰った。
会員制の方では、流石に貴族しか入れないので私もミモザも素性を明かすしかない。応対は全て個室だけど、他の貴族の方々にバッタリ店内で会う可能性があるし。
店の中に入れるのは、会員1人につき付き人を含めて3人までなので、私・ターニャ・ライルで1組、ミモザ・ハリー・ダンの1組で入る。…制限かけないと、やたらめったら侍女や護衛達を皆引き連れて来て、店の中がゴミゴミしちゃうため、そういう措置を取ってあるのよ。そのため、店の一角には待機する護衛達の為の控え室も用意してある。…ディダはそこで待機せず、店の入り口や周囲の警備をしておく…と言っていた。
そして、いざ店内の中へ。…王都・貴族が別邸を構える区画にこの店はある。空いていた館を丸々買い取ったので、庭もあり、敷地の中に入ってから実際に店内に入るまでの道のりは長い。まず、門で会員証を提示。そして館まで続く道の周りは緑溢れる美しい庭園を眺めつつ、店内に入った。中に入ってからも、まずは執事に出迎えられて会員証を提示する。そして、それぞれ個室に案内される…という訳だ。
「……アイリス様。ようこそ起こし下さいました」
出迎えた執事は、私を見ても取り乱さない。因みに彼の名前は、バラット。前職はとある商家の家で執事をしていた。
「あら、驚かないのね」
「王都にいらっしゃる事は存じ上げておりました。それ故、いつかいらっしゃるのでは…と思っておりました」
「まあ、それじゃあここに抜き打ちの視察はできませんね」
冗談めかしてそう言うと、バラットはニヤリと笑った。好々爺然としていたのに、その笑顔は妙に迫力があった。
「恐れながら、アイリス様。ここは貴族の方々が連日いらっしゃる店でございます。些細な事でも大事に至るやもしれないと思うと…一時も気を抜けませんよ」
「そう。それなら、中を見るのが楽しみだわ。貴方とは少し話したいから、ミモザを先に案内してちょうだい」
「畏まりました。ミモザ様、それではご案内致します」
「お願いしますね」
「バラット。私はそこで待つから、案内が終わったら迎えに来てちょうだい」
「畏まりました」
バラットとミモザを送り出し、私は入り口から離れてとある部屋に入る。入り口近くのこの部屋は、特に用途の決まってない部屋。広い館なだけあって、部屋数はかなりあるのよ。
2階は、基本的に客達の応対をする個室。1部屋につき1人、従業員兼使用人の人たちが付いて、客たちの望むモノを提供したり新商品の案内を行うようになっている。そして1階は商品の在庫置き場と従業員達の休憩所がある。今私がいる部屋のように用途が決まってない部屋も1階には結構あるので、もし今後ここも混み合うようなら活用しようかななんて考えている。
「いらっしゃいませ」
あら、誰か来たみたい。入り口から近くにあるこの部屋では、玄関先での声が聞こえる。
「今日は連れもいてな。宜しく頼むぞ」
そっと扉を開けて伺い見れば、戻ってきていたバラットが応対をしている。誰が来たのかなと思ってその向こう側を注視していたら……あら、あれモンロー伯爵じゃない。少し離れているけど、あのでっぷりとした体型とくるんと金髪の前髪がカールして額を隠しているあの姿…間違いないでしょう?噂をすれば…というやつかしら。連れの方という人に目を向ける。奥様かご子息か…と思ったら、全く見覚えのない人。女の人だったら愛人かなとも思ったんだけど、特に特徴のない方。でも、連れというからには使用人や護衛はまた違うだろうし…誰かしら?なんて思っていたら、2人は上へと上がって行ってしまった。
「お待たせ致しました、アイリス様」
ぼんやりとしていたら、ノックの音がしてバラットが入って来た。
「大丈夫よ。それより、バラット。モンロー伯爵はよく来るのかしら?」
「はい、仰る通りです。1週間に1・2度は必ずいらっしゃいますね」
「そう」
割と多いわね。…店としては嬉しいことなのだけど。
「どういった物を購入されていくの?」
「多いのは、伯爵は菓子類でしょうか。後、最近当店のオーディコロンもご購入いただいています。それから奥様やご子息の方を伴ってというのも多いですね」
普通と言えば普通…なのかしら?とは言え、この店の価格設定自体高いから、量にもよるけど。
「へえ……奥様とご子息の方々はどんなものを?」
「奥様は、やはり美容関係でしょうか。ご相談を受けることも多いですね。ご子息の方はやはり伯爵と同じチョコレートを。お二人分だと結構な量になりますので、毎回馬車に詰め込むのに多少時間をいただいています」
結構な量ね…それって。どうやって消費しているのかしら…と一瞬思ったけど、モンロー伯爵って結構パーティーを開催しているみたいだからそこで振舞っているのかしらね。
「アイリス様……?」
考え込んで黙っていた私に、バラットより声がかかった。
「あら、ごめんなさい。話というのは、そんな大きな事ではなくて、ただ単に困ったことがないかとか改善したいと思っていることとか…そういうのが何かないかを直に聞きたいのよ。勿論、貰った報告書は確り毎回確認しているわよ」
どうせ名前を明かしているのだから、現場の声を聞きたかっただけ。それに、ここは貴族を相手にしている以上、何か困った要求をされるだとか気苦労とか、他と比べて多そうだし。
「左様でございますか。今のところ、特に問題ありません。強いて言うのであれば、もう少し従業員を増やしていただけるとありがたいですが……」
「従業員、ね。どこの?」
「まずは料理人を。ここで注文されて食べていかれる方も多くなりましたので」
「そう…ただ、料理人に関しては結構研修期間を長くせざるを得ないから、新しく採用しても待ってもらうしかないと思うけれども…早急に対応するわ」
家に帰ったら、早速もう一度ここ最近の売り上げと見比べてみよう。
「ありがとう。それじゃ、私も部屋に案内してちょうだい。ここからは、客としてこの店を見させて貰うわ」
「畏まりました。それでは、案内させていただきます」
それから、客として対応して貰って視察は終了。特に問題はなかったので、あれこれ言わずに出た。
……ミモザ中々出てこないなあ…なんて思いつつ彼女の事を待つハメに。出てきた時には大分満足げな顔だったから、中々良い買い物ができたのだろうと思う。…詳しくは聞かなかったけれども。
そんな感じで、今日の視察は終了。後少しで王都の滞在も終わりかと思うと寂しいような、早く領地に帰りたいような……。
「今日はありがとう、アリス」
「此方こそ、本当にありがとうミーシャ」
……そんな複雑な気持ちを感じつつ、私は家に帰った。
前話で出てきた“精算”ですが、会計のことです。直しました。従業員の人たちがやっているのは、客たちの会計のみなので、算盤で計算しているのは足し算・引き算のみです。分かりにくくてすいません。
感想ありがとうございます。少しずつ誤字脱字は直していきます。今後とも宜しくお願い致します。