王都散策
さて、本日は王都の散策。ミモザから同行できるとの返事も来て、ずっと楽しみにしていた。
「……お嬢様、そろそろお支度を」
日課のヨガをしていたところで、ターニャから声がかかった。あら、もうそんな時間なのね。そこから急ぎシャワーを浴びて支度を開始。今日は街に出るから、“アリス”の格好に着替える。
「ミモザ様がお着きになられました」
「じゃあ隣の部屋で待ってて貰って。すぐに行くから」
支度が完了すると、私の部屋の隣の部屋へ。隣のその部屋も私の部屋なんだけれども、さっきまで着替えていたところがプライベートな空間だとすると、その隣の部屋は私専用の応接室という感じだ。
「おはよう、ミモザ。朝早くからごめんなさいね」
「おはよう、アイリス。あら…よく似合っているわね」
「ミモザこそ」
ミモザも本日は街にお忍びで出るということで、いつもより大人しめな格好。商人のお嬢さん、といったところかしら。
「それから、この格好での私はアリスよ」
「なあに?それ」
ミモザは興味津々といった感じだ。
「偽名よ、偽名。街で私の名前を大っぴらに出すのもねえ…。それに、まずは形からって言うでしょう?名前を変えただけでも、随分気持ちも変わるものよ」
なんと言うか、女優な気分。その名前で呼ばれることで、役に入った…みたいな感じかしら。
「なるほど……じゃあ、私の名前はミーシャでお願いするわ」
「分かったわ。それじゃ、ミーシャ。早速行きましょうか……と、その前に紹介するわね。ターニャは知っているでしょうけど、この2人は今日の護衛役を務めるライルとディダよ」
後ろに控えていた2人は、わたしが紹介をするとスッと頭を下げる。ライルは分かるけれど、ディダって普段飄々とした感じだから何となく違和感を私は感じた。
「初めまして…だけど、名前はよく聞いていたから、初めての気がしないわね。今日は宜しくお願いします。それから、こっちが私の護衛のハリーとダンよ」
ミモザの側に控えていたハリーとダンそれぞれ頭を下げる。
「ハリー、ダン。宜しくお願いしますね」
私も2人に挨拶。ハリーとダンはこれぞ護衛!って感じで、少し厳つい感じ。取り敢えず、私服らしきものを着てくれているから、まだマシかしら。
「それじゃ、時間もないしサクサク行くわよ」
まずは、王都にある喫茶店に向かってみた。ここでは、チョコレートのお菓子やデザートなんかを食べることができる。後は、ハーブティーが売りかしら。
覗いてみれば、盛況な様子。人が列を作って並んでくれていた。なるべく価格を抑えるようにしているから、貴族ではなく街の人たちが多い。
「さ、並びましょうか」
「……失礼ですが、アリス様。ここは、名前を出して入れて貰うべきでは?」
そっとターニャが進言してきた。皆同じ事を思っているのか、頭の上にハテナマークが並んでいる様子。
「それでは、何も知らせずに来た意味がなくなるでしょう?どんな接客をしているのか、出している品はどんな感じになっているのか、来店している人はどんな様子なのか、客として見てみないと。並ぶ時間も込みで、今日は1日取っているの」
「出過ぎだ真似、失礼致しました」
「ミーシャ。そんな感じだから、今日は結構歩いたり待ったりするけど宜しいかしら?」
「ええ。歩いたら歩いた分だけ、お腹も空くから丁度良いですわね」
「なら、良かったわ」
それから、私たちは結構な時間を待って、やっと店内に入れた。……これは店を拡充するべきか。店の中の様子を見て考えましょうっと。
店内は2つのスペースに区切られていて、片方はお持ち帰り用の店。もう片方が喫茶店のスペースとなっている。
うーん……最早、持ち帰り用の販売場所を別のところに建てようかしら。結構なスペースを取って販売しているから、普通の製菓販売店と変わらないし。とは言え、食べた後に買って帰ろう…なんて考えている人もいるでしょうし。それなら2つ纏めて大きな土地に引っ越させる?それとも、2号店の出店?ううーん、悩む。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「7人です」
「申し訳ございません。席が2つに分かれて良ければ、すぐにご案内ができますが……」
「それで良いです」
と言うわけで、席は別々。見たら席同士は割と近かったので、私・ミモザ・ライル・ターニャで、後1つがハリー・ディダ・ダンの組み合わせ。最初、ターニャはバランスを考えて私と別テーブルにしようとしたんだけど、ターニャは難色を示した。私と席が離れるのは……と。そしたら、ミモザがハリーと変われば良いと言ってくれた。警備上、それもどうなの?と思ったが、ミモザ曰くライルとディダがいるだけで心強いとのこと。……何だか凄くウチの警備2人は信頼されているのね。
私はケーキセットを、ミモザはフルーツの盛り合わせチョコレートソースがけのセットを頼んだ。そして注文を終えて後は来るのを待つだけとなり、私とミモザは軽くお喋りをしていた。
この喫茶店のシステムは、ウェイトレスが注文を受け取ったらそれを紙に書き出し、厨房にオーダーを通す。その紙を番号の書かれた木札に挟み、会計用のカウンターに保管。その番号は全てテーブルの端に置かれている木札の数字と同じもの。そして、テーブルの木札は表面が剥き出しの木だが、裏面は白く塗られている。全ての注文が揃ったら白色にして、追加注文があったらまた元の方に戻す。勿論、追加注文を受けたらオーダーを通す前に会計カウンターの紙に書き加える。…というなシステムとした。
また、会計の時には計算が大変…とのことだったので、算盤を導入してみた。日本にいた頃、小学生の時には算盤のを習っていて良かった…と思う。従業員の子達も最初こそ戸惑っていたようだが、今では手慣れたもんだ。暗算も速くなったと好評。喫茶店だけでなく、寧ろ領の初等部の授業で習わせるのも良いかも…とこの頃検討中。
話しながら頭の中でそんな事を考えていたら、いつの間にかオーダーした物が届いた。
「わあ…美味しそう……!」
ミモザは嬉しそうにそれを眺めながら食べ始める。私の場合、新製品をここの料理人かメリダが考案した時には必ず試作品を食べさせられているので、真新しさというのはない。とは言うものの、やっぱりお店で食べるのと家で食べるのって何か感じが違うわよね。
「……んー!!美味しい!」
ミモザは満足そうにそう言ってくれた。何だか、自分の事のように嬉しい。
「それは良かったわ」
忙しいだろうが、接客も提供された物も雑になってない。本当に、従業員皆も頑張ってくれているのだと嬉しくなる。
「そういえば、どうして喫茶店を始めようと思ったの?」
ふと、ミモザがそう聞いてきた。気がついたら彼女の目の前の皿はスッカリ綺麗になっていた。
「別に、これと言った理由はないのよ。ただ、うちに良い原材料があったから……それだけよ」
「それでこれだけ人気店になったっていうのだから、驚きね」
「私の場合、周りに恵まれていたからね」
置かれた環境もそうだけど、小さい頃からの仲であるターニャ達。…本当に、恵まれていると思う。
「……さて、そろそろ出ましょうか」
そうして会話をしている間に私も食べ終わったので、会計を済ませると店を出た。
「じゃ、次は美容品店ね。ゆっくり、王都見学をしながら行きましょうか」
喫茶店と美容品店は少し離れたところにあるので、結構歩く。途中、店を見つけたら中を見て、王都の大体の物価を見ることも忘れない。
「……あら?」
ふと、途中で私の足が止まる。
「どうしたの、アリス?」
「今、ユーリ令嬢を見た気がしたのだけれども…」
人混みに紛れて、よく見えなかった。それに、いつもは取り巻きと化した人々を引き連れていたので、それはもうよく目立っていたけれども…今は、1人か2人だった気がする。
「見間違いじゃない?彼女が1人で来る事は絶対ないでしょうし」
「……それも、そうね」
この前ミモザと会った後に彼女の事をターニャと話していたからかしら。その存在が頭から離れていなかったのかもしれない。
気を取り直して、次の店へと向かった。