奥様方の茶会
さて、本日はドランバルド伯爵の訪問の日。前回のダングレー侯爵家に行った時とは異なり、今回は様々な方々がお呼ばれしているらしい。…ということで、物凄く緊張していた。
「アイリスちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫よー」
ただ今回は心強い事に、お母様が一緒。本当に心強い。次回のメッシー男爵家は1人なので、今回で何とか感覚を取り戻したいところ。
ドランバルド伯爵家に到着すると、玄関先で使用人総出のお出迎え。そして、そのまた燕尾服を着た男の人に案内をされた。着いた場所は、緑が美しい中庭だ。
「ようこそお越し下さいました。メルリス夫人、アイリス様」
丸テーブルの中央にいた女性が、立ち上がって、笑顔で私たちを出迎える。柔らかな淡い金色の髪が、光を浴びてキラキラと輝いている。少し丸みを帯びていて、けれども朗らかで優しそうな方……それが、ドランバルド伯爵夫人だった。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。娘共々、本日をとても楽しみにしていたのですよ」
お母様の口調は外行き用。いくらドランバルド伯爵夫人と仲が良いと言っても、他にも出席された方々がいらっしゃるというのが理由だろう。
「まあ、メルリス夫人にそう仰っていただけるなんて、光栄ですわ。どうぞ、そちらの席にお掛けになって」
ドランバルド伯爵夫人は笑顔でそう言うと、空いている席を指す。既に燕尾服を着た男性がそのすぐそばでスタンバイしていた。
「では、お言葉に甘えますね」
私たちは、それぞれ空いている席に向かった。
手入れが行き届いた庭園は、緑に溢れている。その中で白色のクロスが掛けられたテーブルは、周りの景色を活かしつつよく目立つ。そしてそれよりも目立つのが、今回出席された方々のドレスだ。薄いピンクや薄い黄色そして薄い青…皆、パステルカラーのそれら。恐らく出席者を花に見立てて、セッティングしたというところだろうか。なるほど、今日のドレスカラーがパステル系でと招待時に指定されていたのは、これが狙いかと納得した。
「ご紹介致しますね。こちら、レメディ・カルディナ伯爵夫人」
「宜しくお願い致しますわ」
私から見てドランバルド伯爵夫人の左横にいた夫人が軽く会釈した。それを見て、私もゆったりと頭を少し下げる。
「そちらの方が、ドーラ・ダナス伯爵夫人」
「メルリス夫人とアイリス様にお会いできるのを、楽しみにしておりました」
レメディ夫人の横にいた女性もまた、そう言って軽く頭を下げた。私も首振り人形のように頭を再度縦に振った。
「それから、その横の方がサリナ・ミネス男爵夫人」
「お会いできて光栄です」
…そうして全員の紹介がされた。そろそろ名前と顔の一致が怪しくなってきた…というところで終わったのでありがたい。
そこから茶会がスタート。テーブルに盛られた甘味をいただきつつ、淹れてもらったお茶を飲む。うーん、美味しい…。勿論話についていけなくなるのは困るので、耳は会話に傾けているが。
「先日のアイリス様のお召し物、とても美しかったですわ。あれは、どちらでお求めになられたのです?」
ドーラ夫人から、そんな質問がきた。
「あれは、東方との貿易で得た布を使っております。まだ、数が確保できていないため、本格的に販売されるのは先のことです」
「まああ、そうなんですの。あの布も素敵でしたが、ドレスの型も新しくてとても素敵でした。あのドレスのデザインは何方が……?」
「アルメニア公爵領の衣服店に、お願いして作って貰いました」
「じゃあ、あれはアイリス様がデザインされたのです?」
「いえ、デザインと言うほどの事は……。私は、こんなのが良いと大体の構図を説明しただけです」
楽をしたかったというのは、とてもじゃないが言えないな…。なんせ、仕事している間はほぼ楽な格好でいたから今更コルセットでギュウギュウに締め付けて、重い重りのようなヒラヒラのスカートを着たくなかったんだもの。
衣服店のデザイナーさんに散々無理を言ったおかげで、あまり重くないドレスが出来上がって満足だった…ぐらいにしか思っていない。
「そうなんですの。ですが、あのドレスはこれから流行ると思いますよ。ですわよね、レメディ夫人?」
「ええ。あのパーティーであんなにも注目されていたのですもの。今頃、衣服店では注文が殺到していると思いますわ」
……そんなものなのかしら?もしそれが本当ならアルメニア公爵領の衣服店を売り込むチャンス?
そんな事を考えていたら、いつの間にか場の話は変わっていた。今の流行だとか、それぞれの家の様子だとか。
話の中心は主催者であるドランバルド伯爵夫人とお母様。ドランバルド伯爵夫人がそれとなく話を皆に振り、そして場を和ませている。お母様も主催者を横に出しゃばらず、けれども場を明るくするように心がけているのが見て取れる。
「……そういえば、モンロー伯爵家なのですけれども。最近随分と羽振りが良いとの噂が出ておりますが、ご存知でして?」
レメディ夫人が、そんな話題を口にした。
「いえね、最近モンロー伯爵家が随分と催し物を開くことが多いのですよ。夫人はそれはもう大きなダイヤモンドのネックレスをおつけになられていたかと思えば、翌々日の催し物では大きなエメラルドのイヤリングとネックレス。宅に宝石商が来た時にそれとなく聞いてみたら、随分とモンロー伯爵が宝石やドレスをお求めになられているようですよ?アズータ商会にも、随分芦毛なく通われているとか」
「私はアズータ商会の経営のみで、顧客の管理等は別の担当の者が行っているのでそこまで知りませんが…お話を聞いていると、凄いですわね」
目線が此方に来たので、とりあえず答える。私は基本全体的にしか見ていないから、それぞれの顧客管理というのはセイや現場の人に任せていて、それぞれの家がどれだけ買ったとかまでは把握していない。まあ、知ってても言わないけれども。
というか、レメディ夫人の話が本当なら、モンロー伯爵はどうしてそんなに羽振りが良いのかしら?元々?否、確か彼処って穀倉地帯よね。何か急に事業を始めたとかは聞いていないけれども……。
「そうでしょう?パーティーでも、話題になっていたのですよ」
「羨ましい限りですわね。宝石と言えば、ドーラ夫人。先日パーティーで付けていらっしゃった宝石は、何処でお求めになられたの?とても美しくって、私一目で魅了されましたよ」
ここでお母様が話題を転換した。もう少し聞いてみたいとも思うが、ここ辺りが引き際かしら。というか流石お母様、よくパーティーで人の事を見ていらっしゃるなと思う。
「あれはですね、トパーズなんですの。あの赤みがとても美しくって、私も一目で魅了されて旦那様におねだりしてしまいましたわ」
「女性のおねだりは男性の方々の甲斐性を示す良い機会ですわ。ダナス伯爵も喜ばれたのは?」
レメディ夫人のお言葉に、そうなのかな?と疑問に思ったが、取り敢えず口は閉じたまま。生まれ変わる前は旦那様いなかったし、今世では婚約者がいたにはいたけれど……お買い物に付き合って貰った時、エドワード様は大分面倒くさそうな顔してたわよね。
「いえ、夫は宝石に疎くて……」
「宝石に疎くても、きっとそれで着飾ったドーラ夫人を見て、きっとダナス伯爵も惚れ直した筈ですわ。ねえ、メルリス夫人?」
「ドーラ夫人は若々しく、お可愛らしいお方ですもの。寧ろダナス伯爵はパーティーの間気が気じゃなかったのでは?」
お母様のお言葉に、キャッと皆が黄色い声を挙げた。そこから何処何処のお宅の誰々がカッコいいだとか、そんな話が飛び交う。娘を持つ夫人は、どんな人を旦那にして欲しいかなどの夢を語る。その辺りは、話に入れなかったので聞き役に徹した。
……お母様も、私に誰かに嫁いで欲しいとそう思っているのかしら?エド様とあんな事になっちゃったから、私に嫁ぎ先はないも同然。今もお母様は私に遠慮しているのか、娘にどんな旦那が欲しいかというのは口にしていない。…とは言え、それが有難いのだけど。
「……アイリス様はどう思われます?」
レメディ夫人の言葉に、私は我に返った。ダメね、茶会中に考え事に熱中しちゃうなんて。
「すいません、今少しぼんやりとしてしまっていて……何をですか?」
「将来の旦那様ですよ。どんな方が宜しいと思っていらっしゃるのですか?」
「私、皆様もご存知の通り婚約を破棄された身ですから。大人しく領地にて終生を過ごしたいと思っておりますの」
将来の夢は、孤児院か何かで子供達に囲まれて生活。…良い将来設計ではないか。
「まあ…アイリス様、ご冗談を。アルメニア公爵家のご令嬢にして、領主代行と商会経営という華々しい経歴の持ち主であり、更には王太后様が特別目を掛けてくださっている貴女には引く手数多ですわよ?」
「……そうなんですか?」
「ええ。我が家が公爵家でしたら、是が非でもお申し込みさせていただいていましたわ」
レメディ夫人は残念そうに溜息を吐いた。それに同調するように、サリナ夫人が頷く。
まさかそんな風に見られているとは思ってもみなかったので、少し驚いた。…とはいえ、じゃあ何処かの人と結婚するかと問われれば、今のところその考えはないのだけど。
…それから日が沈む少し前ぐらいまで、会は続いた。緊張したけれども、終わってみればとても楽しい会だった。それも、皆を楽しませようとするドランバルド伯爵夫人のお力故だろう。
ホストになった事はなかったし、今後もあるかどうか分からないが…いずれこうした奥様方の会を開く立場となったら、私もドランバルド伯爵夫人のような優しい雰囲気の会……もしくは、やはりお母様のような洗練された会を開けるように、少しずつ修行をしようっと思った。