考察
「……お嬢様。先ほど、何かミモザ・ダングレー様に言いかけていましたよね?」
帰りの馬車の中にて、ターニャにそう切り出された。ぼんやりと外の風景を眺めていたが、視線をターニャに向ける。
「……先ほど、というのは?」
「ユーリ男爵令嬢の話になった時です。差し出がましいですが、妙にお嬢様が何かを一瞬考え込んでいらっしゃるご様子でしたので」
「………驚いたわ。ターニャ、良く見ているのね」
「主の仰りたい事を察するのも、侍女の役目です」
ターニャはキッパリと言い切ったが…本当に凄いと思う。なるべく顔に出さないように努めていたつもりだったのに。
「……お嬢様自身、ミモザ様が考え過ぎだと思ってないご様子でしたが……」
「そうね。でも、本当に突拍子も無い事なのよ?」
根拠も何もない。寧ろあまりにも非現実的過ぎて言葉を引っ込めてしまったそれ。…でも、ここで話すのも良いかもしれない。ターニャなら誰にも言わないって信頼があるし、何より口にすることで案外考えって纏まるものなのよね。
「もし宜しければ、そのお考えをお伺いさせていただいても…?」
「ミモザにはああ言ったけれども…本当に、自分の首を絞めているだけかしらって思ってしまったのよね」
「と、言いますと?」
「まず、炊き出しの一件。貴族や官僚からは無理に推し進めていると批判されているけれども…民からしてみれば、歓迎されるわよね?“自分たちのことを考えてくれている”って」
お父さまから聞いた話から推測するに、炊き出しを長く続けることはできない。この国に、それだけの体力はない。戦争への負債が残っている現状、本来ならば先に多少引き締めをしてでも財務を健全にすべきだと私は思う。 それにそこまでお金をかけて単発で何度も炊き出しをするぐらいならば、もっと別の事に使うべきだと私は思うのだけど。
それに、民達は現状の国の財政を知らない。知る由もない。つまり、国の財政がそこまで圧迫されている事を知らないから、もし仮に税金が上がった時には、あくまで国への印象が悪くなるだけで、第二王子への印象ってそんなに変わらないと思うのよね。
「こう考えると、民を味方につけているとも取れるのよ。…ユーリ令嬢の行動って。貴族についても、そう」
「炊き出しの事ですか?」
「いいえ。あのパーティーでの言動よ」
「聞いた限り、パーティーでの言動は、寧ろ第二王子派閥の方々も引いてしまうようなものだったと思いますが……?」
「ええ、そうね。大抵の貴族はそうだと思うわ。だけど、都合が良いとも取れない?」
「都合、ですか…?」
「そう。もし私が、既得利権を維持するだけでなく、更なる利権や権勢を得たいと思うのなら…存在の知れない第一王子よりも、第二王子の方が良いと思うわ。だって、第一王子がどのような方なのか、どのようにお考えになられているのか…ここ十数年表に出られていないから分からないもの。エド様なら適当にユーリ令嬢を持ち上げておけば話が通り易いかなって印象だったし」
「“操り易い”という事ですか?」
「平たく言えばそういう事ね。普段のユーリ令嬢の傍若無人な様子だって、それを更に印象づけるポーズなのかもしれないし」
「……なるほど……」
「とは言え根拠も何もないから…やっばり私の考え過ぎかもね」
うん、考え過ぎのような気がしてきた。そうまでして得るものって、少ないもの。単純にエド様を王位に付けるだけなら、そんな事するより、正攻法だって十分勝負ができた筈。
態々エド様の、頭の中がお花畑ぶりを見せるという…王族の隙を見せて、貴族というハイエナを呼び寄せつつ、かつ民を引き摺り込む…なんていう国の対立を深めるような事を選ばないでしょう。
「ですが、お嬢様。念の為、注意されておいた方が宜しいかと」
「そうね。……一先ず、今後王族や王都での取引ややり取りは慎重に慎重を重ねるわ。何せ、今代の王がこのタイミングで病に倒れるのですもの…正直、不安で仕方ないわ」
アズータ商会では、元々王都に集中化し過ぎないように、各領に直接支店を開店させているし、最近では諸外国とのやり取りが増えている。収益に響くのは仕方ないとして、最悪これ以上混乱が増したら王都からの撤退も視野に入れないと。
他、領内の商会も同様の対策を取っている筈。そもそも、私が初めてモネダと会談した時には既に、王都への通商を減らしていたみたいだったし。
後は領の治安維持よね。混乱が酷ければ此方に飛び火しないとも限らないし……まあ、警備に関しては前々から着手しているから、後はライルとディダと要話し合いというところかしら。
「私は、なるべく情報を集めるように心掛け致します」
「そうね……お願いするわ」
家に帰ると、私はそのまま部屋でのんびり。明日は1日フリーだし、ウチの商会以外で王都の中でも探索しようかしら。久しぶりに、学園を外から眺めるのも良いかもしれない。何だか、ミモザに会って懐かしく感じたし。何て事を考えながら、その日はそのまま眠りについた。




