王都を奔走
ああ、懐かしい…。思わず、少し先に見える領都の風景を見て、感慨に耽ってしまった。王都での暮らしは、領での暮らしとはまた違った意味で怒涛の日々だったもの。
それは、遡ること十数日前…。
「あら、随分と招待が来たわね」
建国記念パーティを終え、その日は1日オフとして家でゆっくりとお茶を飲んでいた。身体はそうでもなかったんだけど、精神的に疲れていたしね。その時、お母様とお茶をいただいていたのだけど、傍に控えていた執事がザッと招待状を寄越してきた家の名前を言ったのだ。
「モンロー伯爵やらルドルフ侯爵やらエルリアの実家の腰巾着が私にねえ……行く訳ないでしょうに」
「奥様だけでなく、お嬢様にも招待状が届いております」
「ますます意味が分からないわ。まあ…昨日のパーティーを見て、繋ぎを作りたいと思うのは分かりますけどね。アイリスちゃん、行きたい?」
「まさか…そんな事微塵も思ってないですよ」
私が第二王子派の家の茶会に?絶対嫌に決まってる。そもそも、今更深める親交も何もないわよ。
「そうでしょうねえ」
お母様はふうっと溜息を吐きつつ、お茶を口にする。
「あ、他の家で何処か行きたいところ、あったかしら?」
「……ダングレー侯爵家です」
「ダングレー侯爵家?ああ、確か彼処のご令嬢とアイリスちゃん、同級生だものね」
「はい。学園で親しくさせて貰ってたので」
ミモザ、どうしているかしら……?ほんの少し手紙のやり取りはしたけれども、もう2年以上会ってないわね。
「なら、ダングレー侯爵家は決まりね。他には、何処か行きたい家はあるかしら?」
「うーん。お母様は、何処が良いと思いますか?」
第二王子派閥の家を除いたとしても、結構な数の招待が舞い込んできている。けれども私はあまり長く領を空けてはいられない為、全ての家に行くことは不可能。とは言え、折角機会を貰えたのだ…他の家との繋がりを持ちたいと思うのは相手も私も同じ。それを踏まえると、“何処に”行くのかが重要になってくる。時間がないからこそ、効率的に…ってね。そういう家同士の付き合いは、私よりもお母様の方が詳しいからこその相談。
「メッシー男爵家かしら。あとは、ドランバルド伯爵家も」
「ドランバルド伯爵家は、確かお母様と彼処の奥様のご親交が深いのでしたよね?」
記憶の片隅に、お母様がよくドランバルド家に行くわなんて言っていた時があった気がする。
「ええ。あそこの夫人は、とてもセンスがある上、話していてとても面白いわ」
「お母様が仰るのでしたら、相当ですね」
「ありがとう。…それでね、ドランバルド家自体が中立派の家だから、茶会を開くとなると、主に中立派の方達が集まるの。アイリスちゃんが王都での派閥争いを知りたいのならピッタリじゃないかしら?」
流石です、お母様…なんて思いつつ、私はドランバルド家の茶会に出席することを心に決めた。
「アイリスちゃんが行くなら、私も行きましょうっと」
「一緒に行きましょう、お母様。それで、メッシー男爵家は何かあるのですか?」
「メッシー男爵は、かつてトワイル戦役でお父様と共に戦った方なの。その武功で爵位を賜ったのだけれども…トワイル国に隣接した地域でね、普段は国境を守る為にということもあってシーズン中でも殆ど領地を出る事のない方なの」
「メッシー男爵…ああ、マーベラス様ですか?かつてお祖父様に聞いた事があります。なんでも、お祖父様の親友の方でしたっけ」
「そうよ。そしてお父様の右腕とも呼ばれるほどの優秀な副官だった方。かつて、トワイル戦役でお父様の部隊が活躍したのは知っているわよね?」
「ええ。それはもう」
当時五分五分…否、若干劣勢だったその流れを覆し、タスメリア王国に勝利を齎したのがお祖父様。それ故お祖父様は将軍に任ぜられ、現在でも軍・騎士団関係なく下の者達から慕われているのだ。……その事をお祖父様に昔根掘り葉掘り聞こうとして、お祖父様は照れて黙ってしまったっけ。
「そう。その辺りは歴史書にも載っているから、詳しい事は省くわね。それで、その時の恩賞でマーベラス様も爵位を賜り現在にも至る…ということかしら」
「確かに、そういう事なら1度お会いしておいた方が良いかもしれませんね」
滅多にない機会だ…1度会っておいた方が良いかもしれない。
「ええ。それに、メッシー男爵は第一王子派で、当然集まりにも第一王子派の家が集まるのよ」
「それは益々行くべきですね」
「そういう事。……モンロー伯も何度も催し物を開く暇があるのなら、メッシー男爵のように普段国境を守る事に注力すれば良いのに」
「……ああ……」
お母様の言葉に、頭の中にタスメリア国の地図を引っ張り出した。そういえば、モンロー伯爵家ってメッシー男爵家と領地が隣り合っていて、トワイル国と我が国の国境付近に領地があったわね。それも、確かトワイル戦役の主戦場じゃなかったかしら。穀倉地帯だから、その作物を狙っての開戦だったっけ。我が国より北に広がるトワイル国は全体的に土地が細いとの事で、国を狙ったのも我が国の豊かな作物がお目当て。常春の我が国では、全体的に肥沃な大地ということも相まって、作物ができやすいもの。モンロー伯爵家はタスメリア王国の中でも北の方にあって、けれどもだからこそ四季があり、四季折々の作物が取れるのだ。
「モンロー伯爵家は、そんなに領地を空けているんですか?」
「ええ、それはもう。大抵例年はシーズンが始まる前からずっとは王都にいるわね。彼方此方のパーティーに顔を出しているし、逆にかなりの回数開催もしているわ」
「そう、なんですか…」
場所が場所なだけに、少し不安。トワイル国とはあくまで休戦協定を結んだだけで、停戦ではないからね。とはいえ、そこは私がどうしようもない領域なので、そういう懸念事項があるのだと心に留めておくだけだけれども。
「それは兎も角。今回アイリスちゃんは時間がない訳だし、それぐらいが良いかと思うのだけどどうかしら?」
「はい…お母様が仰る通り、この3家のみ出席します」
「そう。じゃ、早速返答をして…1番日程が近いのは…」
「ダングレー侯爵家のものです。日程は明後日ですね。此方は、催し物というより、私的なものでございますが」
さっと、控えていた執事が答えた。
「そう。じゃあ、アイリスちゃん。早速明日から支度を始めましょうか」
「はい、お母様」
こうして、久方ぶりのパーティー巡りが開始した。…とはいえ、たった3つだけど。