それぞれの思惑 弐
「……あれが、落とし所でしたかね」
目の前のアルフレッドに、先日のパーティーの経緯を話しているところ。それにしても、パーティーに出席なんて久しぶりだったから、随分と疲れたわね。
「エルリアと彼女の実家があの場で出てきてくれれば、もう少し面白かったのだけれども。エルリアは貴族の方々への挨拶…もとい、自身の勢力への勧誘に夢中で気付かずにいましたし、侯爵家もそれと同じ」
アルフレッドは、満足そうに頷く。
「欲張り過ぎても良くないでしょう。他国がいる前で、大々的に我が国のゴタつきを見せる訳にもいきませんし。それでも第二王子派の勢力を削ぎ…そして、中立派の者たちへの牽制。流石ですね、お祖母様」
「私は何にもしていないわよ。敢えて言うなら、エドワードの自滅…と言ったところでしょうか。それにしても、あの子はあんなに浅慮でしたっけ」
「さあ……。元々、我が強いというのは見受けられましたが。さしずめ今の様子を表すのであれば、“ストッパーを失くし、暴走状態”というところでしょう」
アルフレッドの言葉に、確かに…と私は頷く。言い得て妙だわ。
「そのストッパーを取り払ったのは、あの男爵令嬢…ですか。どんな方か、貴方の事だから調べたのでしょう?」
「ええ、勿論。……ルディ」
「はっ」
アルフレッドの脇に控えていたルディが反応し、一歩前に出て来た。
「調べましたところ、令嬢はノイヤー男爵家当主の私生児でありました。相手は、王城に仕えていたメイド。彼女は、退職すると同時にノイヤー家に入りました。そしてユーリ令嬢を身籠ると同時にノイヤー男爵家から離れました。ノイヤー男爵は、彼女の行方を捜していたようですが、十数年間見つからず、学園入学前に見つけ出し引き取ったとのことです」
見つかるまでの間、彼女は市井で暮らしていたということかしら?それにしても、十数年間見つからずにそれでも捜し続けていたということは、余程男爵にとって重要な人物だったということ……?
「そう……。他に何か情報は?」
「申し訳ありません。今は他に情報はございません」
「分かったわ。引き続き調査をさせておいてちょうだい」
「畏まりました」
「…とは言え、貴方にとってはストッパーが外れていた方が、都合が宜しいのでしたね」
「……さて、何のことでしょうか」
問いかけてみれば、アルフレッドは惚ける。本当に、己の手の内を晒さないわね。
「第二王子派の中で、確かに今回の件で引いた者たちもいるでしょうが…“担ぐ神輿が浅慮であればあるほど操り易い”と喜んだ者たちもいる筈。そうした者たちを炙り出すのに、エドワードがそうした姿を見せれば見せるほど具合が良いもの。だから、貴方にとっては都合が良いでしょう?」
「…彼が良い餌になると思っていることについて、否定できませんね」
アルフレッドは苦笑いをしてそう言ったけれども、私は大いに同意する。民を先頭に立って守る……そんな、かつての貴族の矜持とやらを持つ家というのは、殆どない。寧ろ、どれだけ自分の家を繁栄させるか…己の自己満足の為に位を誇り、己の私利私欲の為に利権と勢力の奪い合いを繰り返すのみ。そういう者たちは、王家ですら利用する対象でしょう。…そうなるとエドワードほど、良い主君はない。何せ、適当に持ち上げておけば、その裏で何でも好き勝手できそうですもの。
この先、あの子を利用せんと第二勢力に与する者も出てくる筈。……アルフレッドが表に出ていないからこそ、それは余計に。何せ、アルフレッドはもう10数年表舞台に立っていない。貴族の子供等が通う学園ですら、王族の名前を隠して通ったほど徹底していたわ。幼子の彼を覚えている者はどれだけいるだろうか。名すら挙がらぬ第一王子より、利用できる第二王子…と。そう思う輩だとているでしょう。
けれども逆に、今はそういった輩を一掃できるチャンスでもある。あの子が、昨日のパーティーのように振る舞えば振る舞うほど。
「……それで?貴方の中で、今後の筋書きはできているのかしら」
「………」
問いかけてみたけれども、案の定無言。ただただ笑みを浮かべているだけ。本当に我が孫ながら、考えていることや感情が読めないわね。
「まあ、良いわ。貴方の筋書きがどうであれ、私はそれに乗ったのだもの。結果がどうなろうとも立派に道化を演じるだけね」
ユーリ男爵令嬢がいる限り、エドワードには期待ができない。それはこの前のパーティーでもよく分かったわ。一瞬あの子を立てて私が実権を握るというのも考えなくはなかったけれども…障害もリスクも大き過ぎる。それならば何を考えているかは分からなくとも…この国の未来を託すことができる者は、目の前のアルフレッド一択。仮にアルフレッドが私の期待外れだとしても、あの子よりはマシだわ。
「……そういえば、今回はアイリスをパーティーに呼んだの。とても美しく成長していたわね」
私がそう言えば、ピクリと僅かに反応を示した。…すぐに元の何の感情も読み取れない笑顔に戻ってしまったけれども。
「お祖母様。何故、彼女を態々呼んだのですか?」
少し棘があるその声色に、嬉しくなってしまう。彼女のことを、随分気にかけているということですもの。
「あら、私は頑張る女の子が大好きなのだもの。一度会いたいと思うのは当然でしょう?」
思い出せば、つい笑みが溢れてしまう。メリーに似た顔立ちとアルメニア公爵の血を感じさせる雰囲気。ふふふ…メリーが大輪の薔薇だとすれば、アイリスは百合のように凛とした清廉な美しさ。趣は違えど、私好みの彼女。
「それに、アイリスにとってもプラスでしょう?彼方此方から招待状が届いているとメリーが言ってたもの」
「……目端が利くものは、彼女に近づかない訳がないですからね」
「そうでしょうね。彼女の経歴、実績、容姿、そして血筋…どれも魅力的だもの。アルフレッドもそう思わない?」
「そうですね」
アルフレッドは、飄々と答える。ああ、もう。もう少し表情を崩してくれても良いと思うのだけど。そう思いつつ、じっとそのままアルフレッドを観察していたら、その視線に気付いてまた困ったように笑みを深めた。
「何か、言いたそうではなくて?」
「いいえ?特に何も」
これ以上は揺さぶりをかけても仕方ないかしら。まあ、アルフレッドの動揺を僅かばかりでも見れたから良しとしましょう。
「そう言えば、アルフレッド。貴方の目から見て、アルメニア公爵家はどうかしら?」
「それは、どういった意味でしょう?」
「領政や、体制のことよ。…他意はないわ」
「一言で言えば、面白い…でしょうか。様々な施策を行っていますし。1つ気になったことと言えば、その成長力と戦力ですかね。私は100年後、国全体よりもアルメニア公爵家の方が栄えていたとしても、不思議に思わないでしょう」
「やはり、そうですか。本来1つの家が力を持ち過ぎることは喜ばしくない事。……とは言え、国の発展には、各領の発展も必要不可欠。そこの匙加減は常にままならないものね」
「そうは言っても、お祖母様のことですからあの家に対しては何も横槍をしないでしょう。王族親衛隊のそれと変わらぬ練度を誇るアルメニア公爵家護衛を放って置いているのが良い証拠ですよ」
「まあ、そうね。今代も含め歴代当主が宰相として国全体を支えてくれているということ…そして他の貴族よりも、国に貢献する貴族らしい貴族ということを鑑みれば…現状、特に何もする気は出てこないですわね」
宰相としても良い働きをしているだけでなく、アルメニア公爵家って割と王家に貢献してくれている家なのよ。下手に力を削いで他のところに行ってしまうより、信用のあるあの家に力がある方が良いもの。
それから、実務の面の話を幾つかした。既にアルフレッドは裏から少しずつ王が不在であり、エドワードが色々とやらかしている穴を宰相と共に埋めてくれている。私も最近は隠居を一先ず置いて事に当たるようにしているの。昔取った杵柄……という奴ね。
「……それでは、お祖母様。私はこれで失礼します」
話すべきことが終わると、アルフレッドは一礼をして切り上げて行った。




