王太后様の助け
さて、私は今、混乱の最中にいる。
…事の起こりは、建国記念のパーティー。そもそも呼ばれたこと自体がおかしいんだけれども、腹を括って会場入りをしてみれば、冷たい視線ではなく、興味津津といった好奇心の視線に付きまとわれて。この時点で、あれ?思ってたのと違う…なんて内心オドオドしてた。
その後、王太后様に呼び出されたかと思えば、まさかの応援してますという御言葉。あれ?もしや私を呼んだのは王太后様…なんて思いつつ、今日最大のミッションは終わったと、後は静かに端っこにいようと詰めていた息を吐き出したのに。
まさかの目の前に、ユーリ様がいらっしゃった。……しかもその横には、不機嫌そうなエド様と、不思議そうに此方を見ているヴァン様まで。
「……お久しぶりに存じます」
ひとまず、私は笑顔で答える。……引きつっていないわよね?
「アイリス様、学園にいらっしゃらなくなってから随分経ちますものねー。元気そうな姿を拝見できて、良かったですー」
え、嫌味?嫌味なの?それとも、これは単純に、私のことを本当に気にかけてたのかしら?ユーリ様相手だと、判断に迷うわ……。
「ユーリ様もお元気そうで、何よりです」
一先ず、当たり障りのないことを言ってみた。
「……おっどろいたー。本当にアイリス様だったなんて」
横から、そんなヴァン様の言葉が入ってきた。
「ほら、言ったでしょう?私、人の顔を見分けるの得意なの。それに、ベルンが一緒にいる人と言えばやっぱりアイリス様かなって」
得意げに言うけれども、ユーリ様……貴女、あの時あの場にいたでしょうが。ベルンは一緒にいるどころか、思いっきり貴方側について私を追い出してたでしょう!
「にしても、変わり過ぎだって。僕、気づかなかったよ」
「ユーリは賢いな」
「ふふふ…ありがとうございます、エドワード様」
……はいはい。相変わらず、キャッキャウフフの桃色空間ですね。元婚約者の前でその空気を出してくるなんて、本当に配慮に欠けてるわ。もう、ユーリ様については色々諦めたけれども…エドワード様ってこんなにお目出度い方だったかしら?と疑問に思ったものの、最後の学園での台詞を思い出して即座にその疑問も彼方へやった。
「……ところで、アイリス様はどうして本日此方にいらっしゃるんですかー?」
まさかのユーリ様からのパンチに、一瞬私の顔から笑顔が剥がれかけた。
「どうして、とは……?」
「だってアイリス様…」
「どうして、などと分かりきったこと聞く必要なかろう。お前は、ここに出席できるような立場でなかろうに」
ユーリ様の言葉を遮って、エドワード様が剣呑たる目で私を睨みながら言った。そんなに睨まなくても、取って食いやしないのに。
「立場も何も…」
「ユーリは優しいからな。お前の立ち位置を態々忠告してあげたのだ」
って、人の話を聞きなさい!それに、何でそんな得意げなの。
「……忠告?」
一方ユーリ様は、エド様の言葉がしっくりこないのか、頭の上にハテナマークが飛びかかっているようだった。
「……私が此方に罷り越しましたのは、王太后様よりご招待があったからですわ。立場も何も、私は臣下としての役割を果たしただけにございます」
「なっ……!お祖母様が…?」
エド様は、驚いたように目を見開かれている。さっき私が王太后様にご挨拶をしたところ、見てなかったのかしら?
「いや、まさかな…。お前のような不道な輩に、お祖母様から招待状が届くわけがなかろう。嘘をつくなら、もう少しマシなのをつけ」
1人納得されているけれども…元婚約者に向かってその言い方はないでしょう…と、ムッとなって言い返そうとした時、私よりも先にユーリ様が言葉を発せられた。
「……あのー。お2人が何を話されているのか、イマイチよく分からないんですけれどもー……」
「……は……」
ユーリ様の言葉に、その怒りが削がれて呆気に取られる。よく分からない?そもそも貴方が始めた会話でしょうに。
「私が聞きたかったことはですねー……どうして此方に来られたのか……もしかしてアイリス様、今日はそのドレスの宣伝にいらっしゃったのかなーって思ったから聞いたんですー」
「……宣伝?」
「はいー。だって、アイリス様、アルメニア公爵家の方でしょう?アルメニア公爵領といえば、アズータ商会です。もしかして、アズータ商会の方に頼まれて、そのドレスの宣伝にいらっしゃったのでは、というのを聞きたかったんです」
頼まれたも何も、私がアズータ商会の会頭しているけれどもね。やっぱり、彼処の会頭を私がしているなんて知らなかったのか…と、かつて目の前の2人がアズータ商会の会員になりたいと騒いだ時にセイと話したことを思い出しつつ思った。
「いえ…宣伝という程ではございませんが…新しい商品であるこのドレスの生地のお披露目ではあります」
「まあ、やっぱりー!美しいですね。私もこの生地で仕立たドレスが欲しいです。何処で買えるのですか?」
最早エド様は置いてきぼりにして、私とユーリ様の会話が進む。
「まだ数が揃えられていないので、販売はしておりません。いずれ数が揃い、生産ラインが整えば販売されるでしょう」
「あら、そうだったんですかー。とっても素敵だったんで、私も是非欲しいなあ…なんて思ったんです。どうにかなりません?」
「お言葉は非常に嬉しいのですが…何分、まだ時間が必要ですので、ご容赦くださいませ」
何せ輸出国から、結構な値段をふっかけられているのよ。絹だから仕方ないかなーとも思うんだけど、輸送費などのコストを考えると赤字。というわけで、商会で大々的に販売するのはまだまだ先になりそう…。布地だけ高値で販売するにしても、まだ数が揃ってない上に今回使っちゃったからドレス作れる分ないと思うし。
「えー…でも…」
「そ、そうだぞ。次期王族のユーリが望むのだ。栄誉なことと、即対応するのが商会の務めであろうが」
「そう仰られても、無理なモノは無理なのです」
「ぶ、無礼な……!」
エド様は顔を真っ赤にされて仰る。幸い他の方々は、楽団が演奏している音楽と、それぞれ会話に夢中になられていたおかげで聞こえてなかったみたいだけれども…それでも、やはり近くにいた人たちは何事かと此方を見ているわ。ああ、面倒。
「……騒がしいですわね。どうされたの?」
ふと、後ろから私の母がやって来た。
「あ、アルメニア公爵夫人。お久しぶりですー」
「………」
ユーリ様の会話を華麗にスルーされて、私のところにやって来た。
「大丈夫かしら?」
「ええ…大丈夫ですわ、お母様。お騒がせしてしまいまして、誠に申し訳ございません」
「アルメニア公爵夫人!」
先ほどと同じ声色で、エド様がお母様を呼ぶ。あ、お母様の眉間に僅かにシワが寄っているわ。
「あら、殿下。パーティーの最中にそんな大きな声を出されて、どうされたのですか?」
「どうしたもこうしたも…何故、今貴方はユーリを無視したのだ!事と次第では、不敬罪であるぞ」
「まあぁ、殿下。お戯れを。……よもや、宮中の作法を忘れた訳ではございませんよね?」
お母様は、お持ちになられていた扇子で口元を隠される。きっと扇子の向こうでは、大きな溜息を吐いていらっしゃるのでしょう。
「身分の下の者が気軽に上の者に話しかけるなど、周りの者に品位を疑われますわ。もし、ユーリ様が貴方の妃となるのであれば…いえ、だからこそ、そうした作法に明るくなくてはならないでしょう」
じっと、お母様はエド様とユーリ様をご覧になられる。
「だが、ユーリは私の婚約者であるぞ」
「ええ、そうですわね。婚約者は未だ正式に婚姻されていない…つまり、嫁ぐ家の者ではございませんわ。ですから、それまでと同じ身分。…婚姻する前に、何があるか分からないですしね」
チラリと、私の方をお母様はご覧になった。ええ、そうですね。現に私、婚約破棄をされましたし。
「身分とか、関係ないと思います。挨拶されたら、挨拶を返す。これが当たり前のことなんじゃないんですかー?」
「………」
お母様も私も…否、この周りにいる人たち皆が唖然。いや、エド様とヴァン様は唖然としていないけれども。
当たり前のこと…ね。貴族の世界って確かに格式張っていて、無駄に作法が多くて大変よ。でも、それは王をトップとして、その下にピラミッド状に存在する貴族の秩序を保つ為でもあるのに。
日本だったら、挨拶をしたら挨拶を返すのが礼儀。でも、その挨拶の仕方や返し方に様々な作法があるのと同じように、こっちの世界もそれが作法があるのだ。
「ユーリ様。王家の者となるのであれば、それらしい振る舞いが求められますわ」
「メルリスの言う通りです」
また新しく人が来たかと思えば、まさかの王太后様だった。
「お祖母様…!?」
「王太后様、彼方の席にいらっしゃらなくて宜しいのですか?」
エド様が殊更驚いたようにするのに対し、お母様はのほほんとそう聞いた。
「良いのですよ。挨拶は大体済みましたし。と言うわけで、アイリス。彼方でゆっくり最近の貴方の話を聞かせてちょうだいな。メルリスも来ますか?」
「ええ、行きますわ」
「そう。アルメニア公爵、彼方でアンダーソン侯爵も貴方の事を待ってます。お話し相手になってちょうだい」
「畏まりました」
「1人残すと言うのもアレですし、ベルンもアルメニア公爵に付いてなさいな」
「はい」
話が纏まりかけたところで、再びエド様の言葉がそれに待ったをかける。
「お祖母様……!」
「何ですか、騒々しい。…このパーティーには、他国の方々もいらっしゃるというのにその体たらくは。貴方達は、下がって頭を冷やしなさい。その様では、我が国そのものの品位が疑われます」
けれども王太后様は冷たくあしらうと、そのまま私達4人の先頭に立ち、歩き始めた。すれ違いさま、エド様たちの表情をチラリと見てみたけれども…エド様とユーリ様は呆然とした表情を浮かべてらした。
それから、王太后様は再び王族の席に戻られる。周りには他国からの賓客の中でも特に地位や役職が高い方々や、お祖父様を始めとしたこの国の武官最高の地位にいる方々、そして宮中の中でも重職に就いている面々等、にこやかに笑っていながらもどこか迫力のある錚々たる顔ぶれが揃っていた。
パーティー自体に出席するにしても、王太后様のお近くにこれだけのメンバーが揃うということは、それだけ王太后様のお力が今尚健在だということを示している。
私、来て良かったのかしら…なんて思いつつ、あの場にいたくもなかったので、大人しく王太后様のお話し相手を務めた。




