発見
「……めでたし、めでたし。今日のお話はこれでお終いよ」
開いていた本を閉じ、皆に宣言すると子供たちは不満げな表情を浮かべた。
「えーもっともっと!」
「次、この絵本を読んで」
ああ、癒される。きっと今の私の表情、見るに耐えないような崩れた表情をしているのでしょうね。
言われるがままに、読んであげたいという衝動をぐっと堪えた。
「ごめんなさい。私、今日はもう帰らなきゃ行けないの。また今度、必ず来るから許してね」
「えー……」
「いつ来てくれる?」
寂しげな子供の声色に、できればずっといたいわなんて言える筈もなく……。
「いつかは分からないけれども、必ず来るわ。ね?約束するから」
「分かったよー」
「……また、今度来たら、絵本読んでね」
「ええ、勿論」
子供達に別れを告げ、ミナ先生に挨拶をしてから院を抜けた。
……はあ、帰りたくない。
将来引退したら孤児院で働こうかしら……と、最近本気で考えている。
結婚は…王家に婚約破棄をされた私には望めたものではないし、あんな事があって結婚への夢は私の中でも崩れているもの。
いずれ私も商会や領政から退く時がくる。その時がきたら、こうして子供達に囲まれながらひっそりと暮らしたい…というのが、私の想い。
本当に、癒されるのだ。…本格的に子育てしたことがないから、きっと大変なことは色々とあるでしょうけれども…けれども今のように、心が冷えることを感じる時があるという事はない筈。
利害関係、駆け引き……商会は勿論、特に領政はそういったものが常に付き纏う。国や他領とのやり取りは1番神経使うし。私は聖人君子ではないし、他のことに目を向けて大切なモノを守れないなんてことはしたくないから、時には何かを切り捨てなければならなくなったら心を鬼にして切り捨てるでしょうし、利用できるものはなんでも利用しなければならないと思っている。
私は、私の領地とそこに住む全ての民、そして私の大切な父母と祖父母、そして私と共に働いてくれている仲間を守らなければならないのだから。
けれども、私だって疲れるものは疲れる。体というより、心が。なんかの本で書いてあったっけ…王者とは、常に孤独だと。
私は王様ではないけれども、私の最終決定で何人もの人の未来が変わるのであれば…どのような形であれ、その責は私のもの。
そんなこと考えてたら、やっぱり重いわよね。
自分で引き受けると決めたのだし、やることやりきる…とは言え、私もやがては老いるのだから、ずっと続けることが不可能な以上、いずれ適当な人が私の後を引き継ぐでしょう。
その時が来たら、こうして子供達に囲まれて穏やかに暮らして…ってあら、気が早いかしら。
まあ、そんな穏やかな将来を手に入れる為にも今は働かなくちゃよね。
お祖父様がアルメニア公爵領から去られて、半年経った。ベルンや第二王子は無事学園を卒業し、ベルンは現在お父様に付いて執務の勉強中。他の取り巻きたちも、それぞれの親元で修業中。エド様も、城内にて執務の勉強中とのこと。まだユーリ様とは正式な結婚はされていない。いつするのか、まだ発表も出ていないけれども、近いうちにされるのでしょうね。
さて、家に帰るとすぐさま書斎に戻る。まずはざっと商会の内容に目を通し、次に領政へ。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
そのタイミングで、入って来たのはディーン。1回ぶっ倒れて以来、仕事に余裕があっても私とディーン2人共同時に外出することは止めた。休日はそれぞれ別の日にして、どっちかがいれば、何かあっても対応できるようにね。
「ただいま、ディーン。早速だけど、報告お願いね」
「はい。…やはり、関税の緩和を行ったことで輸出入が増えていますね。それぞれ商会も利益が上がっているようですし」
あれから、関税の緩和と人頭税から所得税への切り替えを施行した。導入期は多少混乱を見せたものの、少しずつ収まってきているところ。
さて、アルメニア公爵領についてのおさらいをもう一度ここですると、アルメニア公爵領は、王都の南東に位置する縦に細長い領。気候は常春…一部南は亜熱帯。東は海に面しており、幾つかの港も有している。
アルメニア公爵領って恵まれた位置にあると思うわ。気候は温暖だし、港町もあるし。他国と海を間に挟んで隣にあるというのは、戦争が起こった時を考えるとリスクだけど、今のところ利益の方が大きい。それに、これが王都北西だと、トワイル戦役で有名なトワイル国と陸続きで隣だから、それと比べると格段に良いというもの。
話を戻すと、我が領には港町があり、そのため、かつてよりそこそこ貿易はあったようだ。領主代行の地位についた時、東の税収が多いので視察行ったけれども、港町があるからというのが大きな理由だった。
現在、関税の緩和により他国との貿易も更に増えている。前の関税って物品を出す時と入れる時両方にかかっていたし、かつ、国や領地を跨ぐ時だけではなく、同じ領内の街から街でもかかっていた。それを今回輸出時の関税を撤廃、輸入時の税率引き下げを施行。今後も商品品目によって税率はその時々の情勢に合わせて見直しをしていく。
それは兎も角、関税の緩和を行ったところ、輸出入の量が他領・他国共に増えつつある。
商会も取り扱う商品が増え利益が増えつつあり、次回の商会の所得税…個人とは別枠なので商会税という名前にしたのだけれども…も楽しみなところ。
…一応、アズータ商会も国外で販売を開始して、少しずつ増やしている。
さて、流通量が増えて面白いものを発見した。それは絹。
もとの世界では、確かローマ時代にはヨーロッパに絹が入って来て、そこから上流階級に親しまれていたようだけれども…何故か、この世界・この国にはまだ絹は来ていなかった。主に麻や毛織り物、それから綿。綿が先に流通しているなんて面白いなと思いつつ、ならば絹は元々ないものなのかしら…なんて思ってたら、貿易量を増やしたところ、つい最近になって発見しました。
いずれは蚕の養殖からして、アルメニア領を産地にしたいものだけど…まあ絹が何から出来ているのかは知っていても、それがどう出来ているのかは正直分からないので、長いスパンが必要になるでしょうね。と言うわけで、いずれ税収が落ち着いてから領の庇護下に置いて試行錯誤してもらいましょう。