お祖父様への感謝
「……もう、あの子も卒業なのね…」
「……アイリス様、どうかなされましたか?」
ふと漏らした言葉に、ターニャが反応する。
「うーん…ベルンももう卒業なのか、と思って」
私があの学園を離れて2年が過ぎた。あのメンバーももう学園を卒業かと思うと、感慨深いものがある。
ここでゲームの説明をすると、入学してから1年で主人公は攻略対象者の誰かを攻略するとハッピーエンド。エド様ルートだと私を糾弾して学園から追い出し、その後末長く幸せに暮らしましたとさ…みたいな感じだった。勿論、誰も攻略しなければノーマルエンドで、今現実に起こっているようなハーレムエンドはゲームに用意されていなかった…筈。とは言え、私は攻略本とかサイトを見ずに自力派というスタンスだった上に、第二王子のみしか攻略していないので、そこのところはどうなのかは分からないが。まあ…知っていたところで記憶を取り戻したのはゲームで言うエンディングの時だったから何の役にも立たなかった訳だけれども。
因みに今更だが、私とベルンは年子。私が早生まれで、ベルンが遅生まれなので私と同学年…つまり、エド様たちもベルンと同じタイミングで卒業という訳だ。
「……お嬢様、学園がお懐かしいですか?」
「懐かしいと言えば懐かしいけれども…まあ、それだけね。追い出されてからの日々が濃くて、あんまり思い出す事もなかったし」
「左様でございますか…」
「彼らが卒業することは、吉と出るか凶と出るか……。ベルンを彼らから引き離すことができるという点では、まあウチにとっては良いわよね」
「別にあの者のことを、お嬢様が心配する必要はありません」
ターニャ、ベルンは一応ウチの跡取りなのだけれども……。見事に言い捨てたわね。
「だって、国が存続するのならば領にとって中央とのパイプは欲しいもの。お父様が宰相を退くのは、何もなければまだ先でしょうけれども…将来の事を考えると、ベルンには宰相を継ぐ準備だけはして欲しいわね」
「……お嬢様のお言葉ですと、この国が滅ぶようですけれども?」
「先の事は分からないもの。第二王子が卒業したら本格的に争いは始まりそうだから、余計ねえ…」
ゲームのハッピーエンドのように、彼らは末長く幸せに暮らしました…で終わるだろうか。何せ、本当に第一王子と第二王子が争いを始めて激化してしまえば、国はかなり疲弊するだろうし。
「そういえば、旦那様から手紙が来ていましたね。如何でしたか?」
「うん?…何だか、感謝されたわ。ベルンがお父様のところに行くようになったんですって。私は特に何にもしたつもりはないから、感謝するならその機会を与えたお母様にと返信したけれどもね」
正直なところ、ベルンのことは本当にどうでも良い。有り体言えば、使えそうなら使いたい駒…ぐらいの想いだ。
「けれどもお嬢様、差し出がましいようですが…それにしては、あの手紙を読んだ時に随分と沈んでいらっしゃったようですが…」
「ええ、まあ……ちょっとエド様とかの話も書いてあったから」
本当に、ビックリしたわよ。何がビックリしたかって、まずはベルンがエド様たちがどんな話をされているのか学園での話をお父様にするようになった事よ。でも、それ以上に驚いたのが、その内容。
何でも、国庫の負担になるとベルンが…あのベルンが!と思ったけれども…言ったら、まさかの軍を無くせば?という発言。
お祖父様もお父様から聞いたらしく、ブチ切れてたわよ。「軍は無駄な予算など貰ってない。減らすなら、騎士団を減らせば良かろうに」とのこと。まあ、確かに国内はまだ今のところ安定しているし、お祖父様が戦功を立てた隣国トワイルとの戦い以降、他国との戦もないけれども…トワイル国とは正式な停戦ではなく、あくまで休戦だから安心できないし。その話の流れで少し軍が心配とのことで、お祖父様も王都に戻った。
「……本当に、忌々しい」
ポツリ漏らしたターニャの言葉に、我に返る。無表情でそんなこと言うから、本気で怖かった。
「ターニャ、別にエド様のことを思い出してだとかエド様のことを想って沈んだ訳じゃないのよ。ただちょっと、書いてあった内容に驚いただけ」
「ですが、お嬢様に心労を与えるなど言語道断です」
「心配してくれて、ありがとうターニャ」
気持ちはありがたいので、素直にお礼を言っておく。
「……さて、仕事に戻りますか」
お茶タイムを終わりにし、書斎に戻る。お祖父様が帰られて、何だかこの屋敷が広くなった気がした。…お祖父様って、存在感あるしね。
「あら…ライル、ディダ。どうしたの?」
廊下を歩いて、バッタリ書斎の前で遭遇。
「私は、ご報告に」
「俺は手持ち無沙汰だったんだ」
「……だからお前は…お嬢様に何て口の聞き方だっ」
飄々と答えるディダに、ライルの睨みがいく。にしても、このやり取り何度目かしらね。そんな事を思いつつ、椅子に座った。
「良いのよ、ライル。それで、警備隊の方はどう?」
「中々良いですよ。ガゼル様がいらっしゃる間、毎日訓練を見ていただいてましたから」
うーん、辛口なライルがそう言うんだから、結構な出来なのかな。
「そうそ。俺らと剣を合わせても、まあ保つようになったし」
「まあ…それは素晴らしいですね」
珍しく、ターニャが手放しで褒める。うん、ライルとディダと剣を合わせることができるようになったなんて、相当腕が上がったわね。前にチラリと訓練をお忍びで見た時は、ライルとディダ、訓練相手に剣を抜きすらしてなかったし。
…というかライルとディダ、どれだけ強いのよ。お祖父様が帰られる少し前に、“あの2人に負けたわ!儂も年か”とか言ってたことがあったもの。…お祖父様、今まで負け知らずだったから少し悔しかったみたい。でも、それ以上に楽しいと子供のように目を煌めかせながら、帰るまでそれこそ毎日ライルとディダと模擬戦をしに行ってたのが印象的だったわ。
「お嬢様…2人と剣を合わせることができるということは、少なくとも騎士団や軍の中でも実力者と呼ばれるレベルです」
「それは、確かに素晴らしいわね。引き続き頑張ってちょうだい」
……お祖父様、ありがとうございます。と、内心お祖父様に感謝した。お祖父様がウチの警備隊をどうしたいのか少し疑問だが。…まあ、今後国に何かあった時も含めて我が領を守る為にも彼らに力を付けてもらうことは重要な事だしね。