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閑話:第二王子と愉快でない仲間たち

僕の名前は、ベルン。ベルン・ターシ・アルメニア。アルメニア公爵家の嫡男にして、宰相であるルイ・ド・アルメニアの息子です。


「おはようございます、エドワード様。ユーリ様」


「ああ」


「おはようございます、ベルン」


前を歩いていた2人に声を掛けた。エド様は、第二王妃であるエルリア様の髪の色である鮮やかな紅色の髪の毛と漆黒の瞳が特徴的。少し目が釣りあがっているため、キツイ印象を与えがちだが、ユーリ様と共にいる時はその目尻が下がってお優しい表情になる。僕の姉であるアイリスがエド様の婚約者だった時は、このような表情を1度も見たことがない。本当に彼女のことが愛しくて愛しくて仕方がないんだろうなと、そう思う。


その横にいるユーリ様は、茶色のフワフワとした髪の毛を編み込んでいる。滅多に見ない髪型なので、とても印象的だ。大きな緑色の瞳は美しく、コロコロと変わる表情はとても愛らしい。まるで、陽だまりのような人だと僕は思う。


「おい、ベルン。また遅くまで勉強していたようじゃないか」


「ええ、まあ……」


「まあ、ベルンはまた無理をしているのですかー?」


「いえ、無理はしていません。少し勉強したいことがあるので、大丈夫ですよ」


心配げなユーリ様の表情に、僕の胸はホッと温かくなった気がした。僕が…恐れ多いことにだが…ユーリ様のことをお慕いするキッカケとなったのは、やはり勉強だった。


“ベルン様、凄いですー”初めて声を掛けられたのは確かそんな言葉だった。その時は、彼女に興味なんて全くなかったから、確か冷たくあしらった気がする。というか、何がスゴイのかが分からなかった。僕が1位を取ることは“当たり前”のことだったし、周りもそんな風に捉えていた。けれども、彼女は座学で1位を取り続けるのが如何に凄いことなのか、そして自分に勉強を教えて欲しいと懸命な様子で何度も伝えてきた。

何となくそれが心地良くて、気がつけば何時の間にか彼女に勉強を教えるようになっていた。教えていて、懸命なその姿と少しずつ僕の教えで成長する彼女を見て、何だか心が温まる心地がした。


“ベルン様、見て下さいー。ベルン様のおかげで、こんなに成績が上がりましたよー”元々中の中だった彼女の成績が、上位になった時は嬉しそうに僕にその成績表を見せてきた。それを見て、僕も自分のことのように嬉しく感じた。…何時の間にか彼女のその高い声に心地良さを感じて、側にいると癒された。

…何度かアプローチしたけれども、今までそんなことした事がなくて。結局上手くいかず、エド様と彼女は結ばれてしまったけれども。それでも、彼女が幸せならばそれで良いと……彼女の側で見守り続けたい…そう、思ってた。


それは兎も角、何時の間にか僕は、自分は凄いのだ…そう思い込んでいた。1位の座を譲ったこともなければ、大抵一度聞いたことは覚えることができる。だから、だった。

けれどもその考えは、この間見事に粉々に壊された。壊したのは、我が姉のアイリス。

彼女は、学園ではそんなに出来の良い生徒ではなかった筈だった。けれどもこの前領地に戻ってみれば…姉は今をときめく商会の会頭として舵取りをし、領主代行として領地を治めていて。

そのため山のように積まれた書類と格闘しているかと思えば、僕の分からない単語を交わしつつ会話をし、相談を受け、そしてまた書類と格闘して。僕のことを諭したと思えば、再び仕事をして…目まぐるしいほどに仕事に打ち込んでいた。

その様を見て、衝撃を受けたと同時に…ショックだった。自分は凄いのだと驕っていたけれども…それは一体、何を以ってしてなのか。知識もなければ、経験もない。

彼女に比べれば…僕はただの頭の廻るガキ。否…彼女だけではなく、本当はもっといるのかもしれない。僕が見ようとしなかっただけで。

だから最近、僕は父のもとに通い教えを乞うようになった。このままじゃいけない、そう思って。何より、悔しくて。

父のもとに行くと確り扱かれて、そしてその上どっさり課題を渡さる。それをこなすために、結果夜遅くまで起きているのだ。


ふと前を見れば、校舎の入り口にドルッセンがいた。相変わらず筋肉質な身体と短髪はよく目立つ。


「……おはようございます」


「おお、ドルッセン。おはよう」


「おはようございます、ドルッセン。何だか疲れているようだけれども……大丈夫?」


「はい。少し昨日訓練で揉まれただけですので。自分は、平気です」


いつも寡黙で無表情な彼だけれども、そう言われてみれば確かに今日は僅かに疲れているような表情だ。本当に言われてみれば、なのでいつもと差異はないが。


「そう……あまり無理しないようにね」


「ありがとうございます」


確かドルッセンは、最近妙に騎士団の訓練で扱かれている。キッカケは、ドルッセンの父・ドルーナ様が“性根を鍛え直す”とか言って強制的に参加させたことだったと思う。……お母様がドルッセンの家…カタベリア家の茶会どころか催し物を悉く欠席した上、公式行事ではそれはそれは冷たくあしらったから…というのがドルーナ様がドルッセンを引っ張り出した理由。つまり簡単に言えば、お母様の報復のせい。

…このキッカケも裏話も、お父様のところに向かうようになって始めて知ったことだったのだが。その時はお姉様の“影響を考えなさい”という言葉を、妙に思い出したものだった。


教室につくと、皆が此方を向いて挨拶をする。…まあ、第二王子とその婚約者がいるのだ…身分を考えて挨拶するのは当然か。


僕たちが席に着いて、そろそろ始業のチャイムが鳴るかといった時に、再び扉が開いた。


「……おはよー」


「おお、おはよう。ヴァン」


遅刻ギリギリで教室に入ってきたのは、ヴァン・ルターシャ。ダリル教教皇の子息だ。ダリル教は国教のため、代々その教皇を務める家系ともなると扱いは貴族。そのため、子息であるヴァンも、この貴族のみの学園に在籍している。


「ヴァン、相変わらず遅いですよー。遅刻ギリギリじゃないですかー」


「僕としては随分早くなった方だと思うけどね。それより、ユーリ様の髪美しくなりましたね」


「ありがとうございますー。なんて、ヴァンに褒められても、あまり褒められた気はしませんけど」


ヴァンの髪は、金髪の長髪。その髪は、女でも中々ないようなサラサラで艶やかな長髪だ。細長い瞳が特徴の中性的な顔立ちだ。


「そんなことないよ。本当に、綺麗だ」


「あ、ありがとうございますー。きっと、アズータ商会の美容品のおかげですね」


「ああ、あそこの」


「はいー。そういえば、やっと会員になれたのですよー」


「高々一商会が俺の婚約者を待たせるなんてな…」


忌々しげに、エド様は舌打ちをされつつ仰られた。


「エド様、そんなことを言ってはいけませんよー。皆さん待っているのですから、平等に私も待たないと」


「ユーリは優しいな」


けれどもユーリ様に諭されて、コロリと表情を変える。


…というか、ユーリ様会員になれたんだ…と内心驚く。あんな事があったのだ。お2人が会員になれなくても全く驚かない…というか、その方が納得できる。けれども“あの”お姉様のことだから、王族と揉めるのは商会の運営上宜しくないと感情を押し殺して了承したのだろうな…。きっと、お姉様を慕っている使用人達にとっては、煮え湯を飲まされるような想いだったろう。


「あそこの商会、本当に人気がスゴいよねー。僕もまだ待っている状態」


「そうですねー。きっと、その会頭さんが凄い方なんでしょうね。私、尊敬します。一度お会いしてみたいですー」


「ユーリがそう言うのであれば、今度王城に登城させようか。きっと、向こうも栄誉なことだと喜ぶに違いないぞ」


「それは良い考えですねー」


……絶対、来ないと思う。そもそも、我がアルメニア領の者は、現在第二王子に対してかなり怒りが溜まっていた。僕が行った時、お母様だけでなく…お姉様から離れた途端使用人達からは総無視を喰らい、最早針の筵状態だったから。きっとお姉様ではない他の人…例えばセイやセバス辺りが会頭でも行かなかったと思う。


「…登城と言えば、この前お話しした件どうでしたかー?」


「ああ、あの教会での炊き出しな。勿論、承認は得ているぞ。なあ、ヴァン」


「はい。ダリル教も喜んでお手伝い致しますよ」


「それは良かったですー。皆さん喜んでくれると良いですね」


「ああ。勿論、ユーリがやるなら皆が喜んでくれるさ」


……ユーリ様は、お優しい方だ。こうして民の為に炊き出しを行おうとエド様に進言され、エド様も精力的に動いていらっしゃる。


けれども。…度重なるその行為に、予算の方が圧迫されているのはご存知だろうか。

それは、当たり前のことだった。王族の方の暮らしはそれまでと同じ…というか、支出が増えている。というのも、エルリア様はご自身の為に、エド様はユーリ様へのプレゼントだとかなり散財されているとのこと。なのに、税収は変わらない。

“民への施しをするのであれば、自分の生活を見つめ直して貰いたいものだ…あの婚約者殿も、エド様のプレゼントを喜ぶのであればそれを売り払うなりして勝手に施しを行えば良い。その上彼女はプレゼントを強請るのだから質が悪い”とお父様はいたく憤慨されていた。


施しも、1度や2度であれば問題がなかろうが、度重なるその行為に国庫の方が圧迫されつつある。

お父様を始めとした臣下は反対しているのに、エルリア様とエド様が強行させる為、備蓄や人件費が徐々に削られるほど。

しかも、炊き出しが行われるのは王都。…本当に助けが必要な人々には行き渡らない、ただの人気取りだとお父様はボヤいていらっしゃった。


人件費が削られるということは、民達の生活する為の収入が減る。結果、それまで中間層にいた筈の民達までもが困窮する。


今までユーリ様は何てお優しいのだ…と思っていたけれども、僕は何も見えていなかったのかもしれない。


「……現在施しを複数回行うのは、国庫への負担になります。今回は、見送られた方が良いかと思いますが?」


「どーしてベルンはそんな事言うの?民達の生活を助けることが、最優先じゃないの?皆が喜んでくれるんだもの、良い事に決まってるのに…」


「良い事ですが、度が過ぎれば良くありません。ユーリ様、あまりエド様には無茶を言わないよう…」


「エド様は、この国の王子様よ。王子様は何だってできるでしょう?国の予算が足りないなら、税金で取れば良いじゃないー。あ、それか軍を無くせば?うん、それは良い考えねー。この国は平和なんだもん、軍なんていらないわよー。ね、エド様?」


ユーリ様は妙案だと言わんばかりに、笑みを浮かべられた。僕はその言葉に、驚きを隠せない。

まるで、小さな子供のようだと思った。子供のように無邪気で……残酷。少し考えれば、国防の面から言っても治安の面から言ってもそれはできないことだし、何よりそれで職を失った人達にどうしろと言うのか。…炊き出しに並ぶ未来に一直線だ。


「ああ、ユーリは賢いな。……ベルン。お前は頭が固いな。どっかの臣下みたいだぞ」


「……差し出がましい口、失礼致しました」


エド様に睨まれ、口を噤む。……ああ、またお父様は怒りを爆発させるだろうな。否、もうされているか。僕も止められなかったということで、怒られるのであろう。





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― 新着の感想 ―
傾国の美女を通り越して、国家凋落を狙う工作員じみた行動してませんかね?()
[一言] 本来なら目立つ首都に限定して賑々しく施しを行うのは、少ない費用でパフォーマンス効果を上げる愚民政策として悪くない案だと思うのですが たかが数回〜数十回の食料配布や一人二人のファッション費用程…
[一言] くっ…こらえるんだ自分!
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