告白紛いなスカウト
さて、弟はそれから数日滞在して帰って行った。お母様への説得は諦めて。
…まあ、お母様や王太后様が出席しなくても、パーティは予定通り開催されて何事もなく終わったみたい。……2人が出ないことで、盛況とは言い難かったみたいだったけれど。
これで、名実共に男爵令嬢はエド様の婚約者となったワケだ。
王都では第一王子は相変わらず表舞台に出てこない。
そして、第二王子は今年で卒業。
姿を見せない第一王子よりも、派手に動き回っている第二王子の方が話はよく此方に入ってくる。
それに、第二王子側の陣営って見事に貴族の中でも貴族という輩…まあ要するに血筋は良く、かつ茶会・夜会への出席が多いという人達が多いから余計かも。因みに、
第二王子の陣営に入っている大半の家の家計は火の車。消費多いし、自領でこれと言った産業発展させてないし。これは我がアズータ商会から得た情報だ。
つまり、有り体に言えば血筋だけの家が多いという何とも微妙な陣営。
対して第一王子側の陣営は、己の功績で家を興した新興貴族や地方にて領地経営に専念している貴族が多い。
という訳で、王城でもド派手な第二王子側の陣営が幅を利かせているみたい。
お父様、胃に穴が開いてないか心配だわ。お父様と言えば、お母様も婚約パーティが終わって暫くしてから王都に戻られた。お祖父様は相変わらず我が家に残っていらっしゃるけれども。
私はといえば、これと言った変化もなく日々忙殺されている。
「だからね、ディーン。私のモノにならない?」
私が切り出した何度目になるか分からない言葉に、ディーンは眉ひとつ変えずに微笑む。
「ありがたい言葉ですが…」
これで同じく何度目になるか分からないけれども、撃沈。ああ、悔しい。
さてこの会話だけを切り取ってみれば、まるで告白…否、女主人が若い男を誑かしているような少々危ない会話に聞こえるだろう。しかも、ディーンは金髪にエメラルドグリーンの瞳が美しい見事な美形。体型も鍛えているらしく、それはもう見栄えが良い。そんな美形を懸命に口説いているようにしか見えないが……まあ、ある意味口説いているのか。
「はあぁぁ…分かったわ。でも、諦めないわよ。とりあえず、今週1週間もお願いね」
「勿論です」
何を1週間かと言えば、私の補佐として領政への参加。
……事の始まりは、お母様が帰られる前のことだった。偶に商業ギルドの人材派遣の機能を利用して、特に忙しく人手がいる時に人材を短期契約で迎え入れている。ディーンも、それで契約したうちの1人だった。初めは、失礼ながらそんな末端の末端の人まで全員把握し覚えることなんてできないので、彼の存在なんて知らなかった。
ところが、彼の有能さは現場でとても評判となり私の耳まで入ってきた。
ならば…と仕事を個別に与え、それも見事に彼は熟し、次にもう少し重い内容の仕事を与え…と繰り返している内に、ついに私の補佐をするようになった。
お母様もディーンに会ったことがあるのだけれども、「この人なら安心して任せられる気がするわー」なんて言ってた。お母様の人を見抜く力に私は全幅の信頼を置いているので、有能さは勿論なんだけど安心して補佐に抜擢したという次第。
……兎に角、楽なのだ。私が指示したことに対して、その目的を察し、自ら方法を考えて実行してくれる。全てを説明する手間が省ける分、私は他の業務に時間を捌ける。正に1を聞いて10を知るとはこの事だと彼を見ていて思うぐらいだ。
さて話を戻すと、私がさっき告白紛いなことを口にしたのは所謂スカウトだ。……私としては正式に領官として雇い日々業務に当たって欲しいのだけれども…彼は、短期契約しか応じてくれない。
何でも、実家の手伝いもあるからだとか。なので1週間此方で働き2週間から3週間ぐらい実家に戻るという生活をしている。
そんな彼だが、有能過ぎて手放すのが惜しく私も彼が来る度に契約を交わしつつこうしてスカウトしているのだ。
怪しいと疑うべきなのかなあと思う事もあるが、領政はあまり情報の秘匿をしていないし、問題ないかなっとの結論。 …お母様のお言葉も大きいが。
「はい、此方各学園の収支報告書と来年度の予算申請書です」
「……あら、書式が整っているわね」
「少し修正はしてあります」
「ありがとう。初等部は全地域に開校済…次は職業訓練として中等部を開校させたいと私は思っているのだけれども」
「現段階の予算では難しいですね」
「まあ、そうよね。やっぱり、安定した税収入へと切り替えないとねー……」
「とは言え、消費税は時期尚早かと。税の基本は公平・簡素・平等。現在まだ教育は初等部が開校され徐々に識字率が上がっている段階。民の理解が得られないでしょう。大きな商店は兎も角、小さな店などではまだまだ難しいでしょう」
「そこよね…」
「とは言え、斬新な考えかとは思います。もう少し識字率が上がり、かつ、算術の普及がされた後には是非とも導入したいものですね」
「うーん………やはり、此方から進めるべきかしら?」
パラパラとめくったのは、所得税の草案だった。
「人頭税を廃止し、所得税への移行ですか……。私としては、それも疑問なのですが。先ほども伝えた通り、税の基本は公平・簡素・平等。人頭税は全ての民に領に参加していることを意識づける上でも良いものかと」
「平等過ぎて問題でしょう。支払い能力がない子供にまで税を課すなんて。働き手を欲している民達にとっては枷でしかないわ」
そう、人頭税って税の上では理想的だと思うのよ。
簡単だし、平等だし。でも平等過ぎて公平に成り得ていないと思うのよ。それに、実際問題支払い能力がない者にまで課されているせいで、徴収できない上に重荷になってしまっている。
「……確かに、そういう見方もありますね」
「現在出ている草案では、個人の所得に対して税を課すのだけれども…まあ、農家とかは所得からの計算が難しいでしょうから、暫定的に持っている土地で“みなし収穫”を役所の方で計算し、そこから税を徴収する方法」
「その為に民部で土地の権利関係を明確化させる作業を積極的に行わせていたのですか?」
「そうよ。…勿論、それだけではないけれども」
「なるほど。そうであれば、各年ごとの気候等による収穫の変動も勘案する方が宜しいかと」
「ううーん、確かに」
「それから、その計算を行う役所の人員は確保できるのですか?」
「現在財務に在籍している者には、交代で高等部の会計コースに参加させているわ。財務の人員は勿論、そこの卒業生を使うつもり。いずれ民達の学力が向上され、彼らに自ら税の申告をして貰えるようになるのが理想なのだけれども」
「……それは長い時がかかるでしょうね」
「まあ、すぐには期待していないわ。いずれ、ね。それから、個人に対してだけではなく、商会に関する税も整備しなければ。今のところ、商会と会頭さんの収益がごっちゃになって税を計算している…なんていうのもあるみたいだから、商会から会頭も給与として受け取っていた場合と、商会と個人収入が同一として取り扱われる場合で分けさせること、そこから更に商会は商会専用の税率で適用させましょうか」
「……商会からの反発はどうしますか?」
「関税の緩和を同時期にさせるのは?現在領内であっても、何を輸出・輸入するにもそれぞれの都市に入ったり出たりする度に支払わさせられている。それを今後は他領・国外からの輸入時と輸出時のみとし、かつ税率も引き下げさせる。……そうすれば、物流も増えるでしょう」
「確かに、それとセットであれば幾分か反発は和らげられそうですね。各商会は現在会計コースで複式簿記を学ばせているため、各自で計算し提出してくれる。……此方側の負担もそこまで大きくならないでしょう」
「そういうこと。今の話を詰めて、順番・時期等をもう一度財務の人間達と話し合いましょう」