コミュニケーション
今日の予定は全て消化し、後は書類の整理と確認のみとなった。夕ご飯を弟と食べる気はしなかったし、今日は仕事が立て込んでいた為軽食をターニャに持ってきて貰った。お母様もターニャも何も言わない辺り、気持ちを汲み取ってくれているのでしょう。
外はすっかりと暗くなって、部屋もランプの光でぼんやりと照らされている。……そろそろ本当に眼鏡を掛けようかしら。普段細かな字ばかり見ているものだから、目が悪くなるのもしょうがないかも。
コンコン、と部屋にノック音が響く。どうぞ、と声を掛けて入って来たのは、ベルンだった。
「何か用かしら」
「……まだ、仕事をされているのですか」
「そうね。見ての通りよ」
「……いつも、こんなスケジュールなのですか」
「お母様とお祖父様が来てからは、少し抑えている方よ。最初の頃は、それこそ1日中仕事をしていたから」
……こんな風に弟と話すのって本当に久しぶりかも。2年近く離れていた訳だし、学園にいた頃は何時の間にか弟は取り巻きになっていたからコミュニケーションのコの字もなかったもの。
「……そうですか……」
「私からも1つ聞いて良いかしら」
「何でしょうか」
「……何故、あの時貴方は第二王子に加担したの?」
「……何故……?それは、姉様がユーリを……」
「非難したから、有る事無い事流言したから…なのね。その結果起こることを予測し、覚悟をして行った?」
「……」
「もし、今後お父様の後を継ぎ宰相となりたいのであれば、考えなさい。自分がする行為の結果を、それに対する影響を。……私は、王都での貴方の行動を詳しくは知らないわ。聞きたくもない。けれども、評判が良くないのは知っている。今の貴方には領主を引き継がせたくはないし、宰相なんて夢のまた夢でしょう」
「……王族の方の願いを叶えるのは、臣下の務めでしょう」
「宰相の役目は、王のご意志に沿い国を動かすこと。だけど、王が誤っている時は身を以て諌めるのも務め。……それに、王族の方の願いを叶えると言ったけれども、他の感情はない?」
宰相の役目云々は、お祖父様が仰られていたことだ。“ルイ殿は見事に熟しておる…だが、ベルンはなあ…”とも漏らしていた。
「……感情を持つことと、感情のままに動くことは違うわ。私は、醜い嫉妬に駆られて感情のままに動いた結果があのザマ。味方を減らし、学園から追放された。貴方はあの時糾弾する側に立っていたというのに、今、同じ穴の狢になろうとしてはいないかしら」
脈々と続いた我が家の宰相としての地位を、ここで途切れさせるのは惜しい。まだまだ中央での力は欲しいし。そう考えたら、何とか弟の軌道修正をしたいのだけれども……。
「私からの話は以上よ。まだ何か、貴方に聞きたいことはある?」
「……いえ……」
「そう。ならば、退出して。私もまだ仕事があるから、これ以上貴方の相手はできないわ」
ベルンが退出すると、私は深く溜息を吐いた。何だか、疲れたわ……。あの子がいると、その後ろにエド様やその他取り巻きたちの影がチラついて必要以上に気を張ってしまう。
コンコン、と再び扉がノックされた。今度は誰かしら?
「……失礼致します」
「あら、セバス。どうかした?」
「部屋に明かりが灯っているのが目に入りまして。お嬢様、そろそろお眠りになられてください」
「もう少し、待って。高等部の成果報告に目を通しておきたいの。セバスが昼間言っていた、農耕科の成果を。…凄いわね、皆。確り研究して、成果を出してくれているのだもの…見ていて楽しいわ」
「やはりそれまで独自で行っていたものを持ち寄り、話し合い、実験するという場が与えられたことが大きいのでしょう。私めも今後の発展が楽しみでなりません」
「そうね。私が知らなかったこと、思いつかなかったこと…こうして見ると、本当に驚かせられてばかりだわ」
「……お嬢様にも、知らない事があるのですね」
「あら、セバス。それは当たり前でしょう。会計科の内容は兎も角、農耕・医療はてんでダメよ。だから専門家の人たちに任せるべく、高等部という研究の場を作ったのよ」
私1人じゃ、限界がある。その道はその道のプロに盛り立てて貰うのが1番。
「……そちらは……」
「財務の報告書よ。もう、目は通したわ。もう少し、話を詰めないとダメね」
その性質状、長期的なスパンでそれが齎す影響を考えなければならない。見ていて、少し頭がこんがらがってきてしまった。…頭の整理の為にも、誰かしら相談役というか議論を交わす人材が欲しいというのが現在の本音。
「そうですね」
「……ところで、セバス。ベルンはどうだった?」
「与えられた仕事は見事に熟していましたよ」
「そう……」
「……これは独り言ですが……財務に行く間に、お嬢様のことを聞かれました。姉は、いつもあんなに仕事をしているのか。何故、あの姉があそこまで仕事をしているのか」
「……何だか失礼な質問ね」
「それだけ驚いたのでしょう。学園でベルン様は秀才の名を欲しいままにしていました。なのに、ここではそれは一切通用しない。それに、書類に囲まれてお嬢様が仕事されるのを見て衝撃を受けていられるようでしたし」
「よくベルンの想いが分かるわね」
「幼い頃から見守らせていただいておりますし、何よりベルン様の表情は分かり易いですよ」
まあ、確かに。セバスは私たちが生まれる前からウチに仕えてくれていて、私たちの成長をずっと見てくれていたのだ。ある意味、親と同じだものね。
「……それに、お嬢様も気づいた筈ですよ。ベルン様にじっと見られて、視線を感じたでしょう」
「まあ、そうね」
おかげで仕事をしていて、いつも以上に疲れたもの。
「あれは、お嬢様のことをずっと観察されていたのですよ。部屋から出る時には、衝撃が強過ぎてフラフラでしたが」
「まあ。少しは身になったかしらね?」
そこで衝撃を受けたのならば、是非お父様に教えを受けて貰いたい。切実に。
「そうだと思いますよ」
……お母様、これを狙ったのかしら?あの子プライド高いし、分かりやすいものね。後は王都に戻った後、第二王子やその他のメンバーに接触してまた頭の中がお花畑にならないか心配だけれども……弟はまだ学園がある以上、王都に戻るしかないし。
「……楽しい話をありがとう。少し、希望が持てそうよ。さて、セバスの言う通り、そろそろ寝ましょうか」