戦場
本日五話目の投稿です
……その翌日から、私は仕事に復帰した。
ターニャには涙ながらに心配したと言われたし、メリダもそれは同じだった。
他の側近の皆は詳しい話は知らないながらも、私が倒れたのは心労が重なったことによるものだと同じく心配して気遣ってくれた。
そして領官たちは、私の復帰に涙ながらに喜んでくれた。
申し訳なさやら居たたまれなさを感じつつも、私は私のすべきことをこなす毎日。
心の傷は癒えず、彼の存在を忘れることはない。
それはどんなに業務に埋もれていたとしても……否、だからこそ。
この屋敷で、共に時間を過ごした。
仕事に埋もれながら、それでも未来の夢を語り合った。
新たな案ができた時には、二人で喜び合った。
壁にぶち当たった時には、二人で頭を抱えた。
……彼のことを過去のものだと割り切るには、この屋敷は彼との思い出が多過ぎる。
だから、仕方のないことなのだろう。
そして、どうしようもないことなのだろう。
だって、今尚……愛おしいと思っているのだから。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、私は溜まった仕事を処理していった。
そうして日々が過ぎていき、徐々に倒れる前に培っていた勘を取り戻した頃。
私にとって大仕事である、アカシア王国との話し合いの日がやってきた。
私の後ろにはターニャが立ち、横にはお母様。
二人とも傍目には普段と同じ格好なのだが、バッチリと武装しているらしい。
何かあった時にはすぐに動くと言われている。
ライルやディダは二人が側にいるということで今回は室内の警護ではなく、屋敷の警護をお願いした。
和平交渉だというのに、あからさまな護衛を側におくのもどうかと思っての配慮だった。
そろそろかしら……と思ったタイミングで、ターニャがそっと私に近づいて来た。
「……お嬢様、いらっしゃったようです」
ターニャの言葉に、私は改めて気を引き締める。
「ようこそいらっしゃいました、カァディル様」
入って来た男に対し、私は微笑みで迎える。
アカシア王国の正装を着ているカァディル様もまた、柔らかな笑みを浮かべていた。
……我ながら胡散臭い笑みだと思うが、カァディル様も同じようなものだろう。
「貴女にお会いできたこと、心から喜び申し上げる」
そう言ってカァディルは、私の手を取り唇を落とした。
芝居掛かったその仕草に、私は苦笑いを浮かべる。
「初めまして、カァディル様」
私のその言葉に、カァディル様もまた苦い笑みを浮かべた。
……初戦は貴方の思惑に乗ったのだから、この後は少しばかり譲歩してくれるわよね?という私の思いが伝わったようだ。
彼としては、前回ハーフィズとしてここに来たことはなかったことにしておきたいことだろう。
その思いを汲んで、私の方から『初めて会う』ということを強調してあげたわけだ。
「どうぞ、カァディル様。あちらにお掛けになってくださいな」
彼に席を勧め、私もまたその正面の席に着く。
じっと彼を見つめた。
……不敵な笑み。端正なその顔も相まって、上品でいて厳かな雰囲気を漂わせていた。
王者とはかくあるべし、というその印象そのままのような貫禄すら感じられた。
「……ここは良い領地だ。民も豊かで、政治不安もない」
「まあ……ありがとうございます」
白々しい、と心の中に怒りの感情が過った。
勿論、それを表に出すことはしないけれども。
「けれどもつい最近まで、この領地は恐ろしい事態に見舞われましたの」
節目がちにしつつ、あえて悲しげな声色を出す。
「ほう……」
ギラリと、彼の目が光った気がした。
「他国の者たちが、我が領地を襲いまして」
「それはそれは……残念なことだ」
「ええ、とても残念ですわ。まさか、婚姻を求められた国より襲われるとは」
一瞬の静寂が訪れた。
私は私で彼の出方を伺っていたし、彼もまた次にどのように話を切り出すのか伺っているのだろう。
「弁明させていただくのであれば……あれは、前王がトワイル国と密約を交わしたことに起因する。私の意思ではない」
素直に認めることにしたか、と私は息を吐く。
「貴方様の意思ではない……左様でございますか。とはいえ、アカシア王国が我が領地を襲ったことは紛れも無い事実。貴国としては、どのように責任をとると?」
彼は、笑った。……この責任を追及されている場面で。
そのことに、私は一瞬鳥肌が立った。
「……失礼。弁明したのは個人的な感情だ……貴女に嫌われたくないという、な。確かに私の意思であろうがなかろうが、国王としてまずは国の見解を述べさせていただく必要があったな。……今回のことは、前国王と一部の者たちの暴走によるものだ。国としても貴公の領地を襲う意思はなかった」
「まあ……言い回しが変わっただけで、先ほどと内容は変わりませんのね」
「これはこれは、辛辣ですな」
カァディル様はそう言いつつ苦笑いを浮かべた。
「どうやら気が立っているようですわ……私の大切な領民が襲われましたので」
「……怖いな」
「まあ……。私、そんなに恐ろしい顔をしていましたか?」
「いいや、違う。表情に出ていないからこそ、恐ろしいのだ。貴女は感情に流されない。そういう手合いの者は、気を抜けばあっという間に持っていかれてしまうからな」
その言葉に私は何の反応もしなかったものの、内心舌打をした。
全く、やりにくい……と。
「さて、我が国としては此度の騒動の償いとして被害に遭った方々のために相応の見舞金を準備した。内容は、その親書に載っている……あとは貴女がそこにサインをするだけだ」
カァディル様の後ろに控えていた初老の男性から、恭しく書類を差し出された。
私はそれを手に取って中身を見る。
「……足りませんわね」
ざっとそれを読んで、私は呟いた。
「……ほう?」
カァディル様が目を細めつつ私を睨んだ。
その雰囲気と合わさって、今までのどの会談よりも緊張を強いられる。
「カァディル様……実は我々の元には貴国の第一王子であるジャラール様が保護を求められて滞在しておりますの」
その言葉に、益々彼の威圧感が高まった。




