慟哭 弐
本日三話目の投稿です
「……ターニャ。アイリスちゃんは……」
奥様の問いかけに、私は首を横に振った。
私のその返答に、奥様の表情が陰る。
「そう……」
「見ていられません。あんなに苦しそうに、泣き叫んで……。今はお眠りになられていますが、それは単に気絶しているだけのこと。食事もあまり取られていませんし、これ以上この状態が続けば、お嬢様は倒れてしまいます」
「そうね。そっとして置こうと思ったけれども……これ以上は不味いわね」
「私の責任です。ディーンが死んだとの情報は、伝えるべきではなかった……悔やんでも悔やみきれません」
今尚、あの時のことを私は悔いる。
……報告しなければ、良かった。
それが例え、来たるべき時を先延ばししているだけでも。
あんなお嬢様、見たことがない。
エドワードという男に婚約破棄をされたときも、教会の破門騒動のときも。
どんな時もお嬢様は、悩んで、苦しんで……そして決断して。
涙を流して、それでも前を見据えて走り続けていた。
……けれども、今は……。
まるで、抜け殻のようだった。
涙を流し、その度にお嬢様のそういった気高さだとか強さが流れ出ているような。
そんな、気がした。
でも、私には何もできない。
それが、酷くもどかしい。
……お嬢様をお守りするどころか、こんな風に見ていることしかできないなんて……!
けれども奥様は、私の言葉に静かに首を横に振った。
「いずれは知ることになったでしょう。……何せ、彼はこの国の第一王子なのだから」
ふう、と奥様は息を吐く。
「ですが……もっとタイミングを見るべきでした。お疲れのところに、親しんだ人物が亡くなったという報せを持ち込んでしまって。その上お嬢様があのような状態だというのに、私はお慰めすることもできない……」
「苦しいでしょうね。私でも想像がつかなくて、どう慰めて良いか分からないわ。愛した人を失うということは」
「……愛?」
聞き慣れない……思いがけない言葉に、思わず私は驚いたように目を見開き、問いかけてしまった。
その反応に、一瞬逆に奥様は驚いたような表情を浮かべ……けれども次の瞬間、悲しげな笑みを浮かべる。
「あら、気づいていなかったの?アイリスちゃんのあの反応を見れば、私はそうとしか思えないのだけれども」
「……そうですか。いえ、そうですね」
「ターニャ。貴女は、休みなさい」
奥様の言葉に、私は力一杯かぶりを振る。
「いいえ……!お嬢様があのような状態だというのに、休む訳にはいきません……!」
「だからこそ、よ。ターニャ。貴女まで倒れたら、アイリスちゃんが正気に返ったときに益々気に病むでしょう?」
「ですが……」
「貴女こそ、今にも倒れそうよ。これは命令です。休みなさい」
ピシャリと言い放たれた言葉に、流石に私は不承不承といった程で頷く。
「……今ね、孤児院の子どもたちが訪れて来たの」
そんな私に、奥様は殊更優しい声色で告げてくださった。
「孤児院というと、ミナさんたちですか」
「ええ、そう……流石にあんな状態だからお引き取り願ったけれども。でも、あの子のことを案じ、その快復を待っている人たちはたくさんいるわ。……貴女も含めてね」
ふふふ……と笑う奥様に、私もぎこちなくではあったけれども笑みを返すことができた。
「次、あの子が目を覚ましたら話してみるわ。もうそろそろ悲しみに暮れる時間に幕を引かせなければね」
その言葉に、私は安心して……はホッと息を吐いた。




