離別 弐
本日七話目の投稿です
「……捕えられていたとはいえ、エドワードは未だ歴とした王族。王族に危害を及ぼしたお前たちの罪はこの上なく重いですわ。まさか、逃げる事ができるとは思ってませんわよね?」
ニコリとこの場に似つかわしくない笑みを、けれどもレティシア様は浮かべていた。
それに対し、三人の男たちは顔色を失くす。
「お、俺は単に依頼されただけだ……!」
「お、俺も……!」
騎士二人が、我先にとこの場を去ろうと走り出した。
けれども彼らが走った方角に、ルディウスが先回りして逃げ道を塞いでいた。
「どけ……!」
自分たちの道を塞ぐルディウスに、彼らは剣を向ける。
ルディウスもまた、静かに剣を抜いた。
「……レティシア様」
伺うように、けれども主語も何もない彼の言葉。
それでも、レティシア様は全て理解しているとでも言うかのように微笑みを浮かべつつ頷いた。
「畏まりました」
瞬間、ルディウスは彼らに向けて一歩踏み出す。
そして、彼らをそれぞれ一刀のもとに屠った。
……それは、呆気のない決着だった。
圧倒的な力の差を見せつけるかのような、そんな一幕。
レティシア様は表情を変えずに、それを見守っていた。
ユーリは、無関心の様子。
そしてこの場において、最も反応を示した人間……それは、先ほどまでエドワード様に付き従っていた初老の男だった。
彼はそうと分かるほど身体を震わせ、その場にヘタリ込む。
「な、何故……貴女様が……」
「あら、私は貴方が蟄居処分になった後に表に現れたというのに……貴方は私が誰だか分かるのね」
クスリ、悪戯っ子のような笑みを彼女は浮かべた。
「冗談よ。何故……そうね。私は今日、貴方がここに来ることを知っていたのですわ」
「なっ……!」
男は驚愕の色を顔に浮かべる。
「貴方たちの動きは早くから知っていましたわ。それを、あえて放置していただけですの」
「ならば、貴女様は……こうなることを予見していたということですか!?」
「まさか。この兄がユーリを庇うとまでは思っていませんでしたわ。まあ……手間が省けましたけれども。ルディ。この者をひっ捕らえ連れて行きなさい」
「……ですが……」
「私の護衛は大丈夫よ。今この場には私たちしかおりませんもの。牢に入れたら迎えにきてちょうだい」
「畏まりました」
ルディウスは淡々と崩れ落ちていた男を立たせると、そのまま塔から連れ出して行った。
残されたのは、事切れたエドワード様と彼に添うように座り込むユーリ。
そして困惑して事態を傍観しかできない私と、無表情でその場に佇むレティシア様だ。
「……さっき」
小さな声で、ユーリが呟く。
「さっき、貴女は手間が省けたと言っていたわね。まさか、元々エドを殺すつもりだった?」
「……あら。貴女は、この兄を利用するだけのどうでも良い存在だと思っていたのではなくて?」
「……っ!」
レティシア様の問い返しに、ユーリの顔が歪んだ。
「良いから、答えて……!」
「……私が手を下さずとも、遅かれ早かれ処刑されていたと思いますが? ですが……そうですね。私は、手っ取り早くあの者たちに罪を被せて、この兄をこの場で処断するつもりでしたわ」
レティシア様の冷酷な言葉に、ユーリが驚いたような表情を浮かべる。
「……どうしてっ! 彼は、貴女の兄でしょう?」
「一度も見たことも話したこともないですが……確かにそうですわね」
「なら、どうして……っ!」
「必要だからですわ」
激昂するユーリに対し、レティシア様は淡々と冷静に言葉を返す。
「この兄を生かしておけば、後々禍根が残りますもの。先ほどの男のように、この兄を担ごうとするものが現れますわ。……ですが、今この国は内乱に耐えうるだけの余力はありませんの。ユーリ。貴女はこの国など滅びて良いと思っていたのではなかったのですか?貴女だとて、どれだけ血が流れようともご自分の目的を達成させようとしていたではないですか」
「……貴女と私じゃ全然違うわ! 貴女は、自分と血が繋がった人まで犠牲にしたのよ」
「そうですわね。ですが……私はこの国の王族です。国を守るために必要ならば、時には心を鬼にしましょう」
「……っ!」
「レティシア様、お待たせいたしました」
ちょうどそのタイミングで、ルディウスが戻ってきた。
彼の後ろには、数人の騎士が控えている。
「あら、早いですわね」
「衛兵に引き渡して戻ってまいりました」
「……そう。貴方たちはユーリを牢に戻してちょうだい。それから、この兄を運んでちょうだい」
「畏まりました」
「……ベルン、ルディ。私は戻りますわ。御機嫌よう、ユーリ」
ユーリは、何かを叫んでいた。
けれどもレティシア様は、それを聞く前に彼女に背を向けてその場を後にする。
私とルディウスはその後をすぐに追いかけた。
カツリ、カツリと塔の階段を降りる音が響く。
行きの時と違い、誰も言葉を発しない。
「……レティシア様」
意を決して、私は彼女に声をかける。
「何でしょうか、ベルン」
「アルフレッド王子はこうなることが分かっていて、今回の件を貴女様に全て託されていたのですか?」
「はいであり、いいえですわ」
レティシア様の答えに、私は内心首を傾げる。
「お兄様は、彼らの炙り出しを望んでいましたわ。ご自分が帰って来たら、処断するつもりで。彼らを捕らえること以上を、お兄様は望んでいませんでしたの。あの兄を処断したのは、私の独断。お兄様が戦場にある今、万が一の時のためにリスクは減らしておきたいと」
「何故ですか?」
私の問いに、困ったように彼女は微笑んだ。
「貴方も、何故と問うのですか。……私が、恐ろしいのですか?」
階段を降りきり、塔の外へと出た。
先ほどまでの陰鬱な雰囲気とは裏腹に、外は眩しいほどの晴れ晴れとした陽気だった。
けれども、私たちの雰囲気は塔の中のそれのままだ。
「私は、単に知りたいのです。そのような……血が滴るほど手を握り締めてまで決断した理由を」
私の言葉に、彼女は立ち止まって驚いたように自分の手を見る。
……自分でも、気がついていなかったようだ。
彼女の手の平から、血がポタポタと滴り落ちていたことを。
ルディウスが驚きの表情を浮かべつつ、慌ててサッシュを切ると止血するようにその布で彼女の手を縛る。
「そのような辛い思いをしてまで、何故ですか?」
私の問いに、彼女は固く口を結ぶ。
けれどもやがて自嘲とともに、震える唇を開いた。
「……辛いなんて、許されませんわ」
ポツリ彼女が呟いた言葉は、その場に響いた。
「私が、そう決めて行動かしたのですもの。全ては、私の責。私が負うべきもの。……辛いなどと思うこと自体、それは背負うべき責と咎から目を背けることと同じ」
「……。貴女様は、それでも選ばれたのですか。そして、これからも選び続けるのですか」
「ええ。最早、立ち止まることは許されない。荊の道を進みましょう。ですが……」
一瞬、彼女は再び口を結んだ。
「……できることならば、これを最後にしたいですわ。どうしようもない、それしかないという状況になるのは。後悔はしていませんけれども」
そして、哀しそうに微笑みながら言った。
「……ルディ。あの兄のことは、丁重に葬ってちょうだい」
「宜しいのですか?」
「晒す必要はないでしょう。あの男の証言で、確かに兄は死んだと知らしめることができるのですから。……単なる自己満足ですが」
「いいえ。……もしもこれ以上エドワード様に厳しい処断を行っていた場合、皆貴女様のことを恐れたでしょう。ですから、それが宜しいのでしょう。甘いかもしれませんが、私は貴女様がそう指示されて安堵しております」
「そう。……では、お願いしますわ」
「畏まりました」
レティシア様の私室部到着すると、ルディウスはすぐに彼女の指示を実行するべくその場を離れた。
彼女は疲れたように、椅子に座る。
「何か、持って来させましょうか?」
そんな彼女を気遣って、私はそう言った。
「いいえ、今はいらないですわ」
けれどもそれを否定すると、ふうと彼女は重い息を吐く。
「……貴方にとっては、答え難い質問をするわよ。答えたくなかったら、そう言ってくれて結構。貴方は、あの兄の死をどう思いましたか?」
「色々、思うことはあります。長い……今思えば短いようにも思えますが、時を共に過ごしたのですから」
言葉を濁さず、自らの思いを口にする。
「先ほど貴女様は仰いました。それしかない状況になるのは、最後にしたいと。本来、それは私が言うべき言葉でしょう。あの頃……何か違えば、変えることができたのであれば、今の状況は異なっていたのでしょうから」
そう言いつつ、私は思わず自嘲した。
「私とあの方は道を違えました。けれどもそれは、私が選び取ったからではなく……私が幸運だったらです。家族が……周りにいた方々が私に広い世界を見せてくれたおかげです。でなければ、私だとてあの立場だったでしょう」
「……そうですわね」
「同情は、します。後悔も、しています。ですが、私もまた立ち止まることは私自身が許しません。幸運をただ享受することは、私自身が私の罪から目を背けることですから。私の存在意義は、この国に尽くすことしかありませんから」
目を瞑り、真剣に私の言葉に耳を傾けていた彼女が口を開く。
「あえて、もう一度聞きましょう。私と貴方は、同じ道を行けるのではなくて?」
「あえて、もう一度答えさせていただきます。貴女様が真実、この国のための道を進まれるのであれば」
その答えに、彼女は薄く笑った。
「そうですわね。……さあ、まずは政務に戻りましょうか」




