離別
本日六話目の投稿です
馬鹿な人……。
私は、彼を見て笑った。
何故彼はこんなに馬鹿と思うほど純粋なのか……まったく王家に似つかわしくない。
……だからこそ、私は王家に入り込むのに彼を標的にしたのだけれども。
それはともかく、少し考えれば分かることではないか。
既に、彼の王宮での地位は無い。
王になる道も潰えた。
そんな彼に近づいて来る者など、同じく地位を失った者しかいないだろう。
彼のその身に流れる血だけを目当てに。
第一王子の地盤は磐石だ。
よくぞここまで、あの状態から王宮を掌握することができたものだ……と、驚くほど。
そんな最中に王位の簒奪を考えるとは……可能性はゼロではないものの、限りなくゼロに近い希望に縋り付いているようなもの。
彼がその話に乗ったのも馬鹿だと思うが、彼が連れてきた老人たちも馬鹿だと私は思った。
……いいや、馬鹿なのは私も同じ。
きっと、ディヴァンは助けに来ない。
王宮内には第一王子の目が隅々まで行き渡り、トワイル国の間者が潜り込む余地がない。
既に、幾人ものそれが捕らえられているのだから。
そんな状況下で、彼が私のために人員を割くことはないだろう。
そんな無駄なことを、彼がするはずがない。
それでも彼が助けに来てくれる筈だ……と私は限りなくゼロに近い可能性に
私もまた、馬鹿な人間だ。
……ここで剣を向けられれば、死ぬしかない。
けれどもこのままここで死ぬのもまた、一興。
未練はない。いいえ、悔しく思うけど……それ以上に、疲れた。
……生きることに。
だというのに、彼が……エドワードが私を庇った。
自身の身の安全よりも、私を優先したのだ。
その彼の心の有り様は……私を揺さぶった。
誰も助けてくれなかった。
守ろうとしてくれる者などいなかった。
母は失った愛に嘆き、己の立場を恨み、私のことを見なかった。
父はいとも簡単に私と愛していた筈の私の母を切り捨て、利用できるとなった時にだけすり寄って来た。
ディヴァンは……私に生きる術としてあらゆる知識を与えたが、けれども彼もまた、私を利用せんと近づいた者の一人。
けれども、エドワードは……彼だけは、この期に及んでも私を切り捨てることをせず、守ろうと動いていたのだ。
一体、何故か。……それは、愚問だ。
彼は何度も、言っていた。『愛している』と。
だからこそ、『共に人生を歩き』たいと。そしてそのために彼女を『守る』のだと。
それらの言葉を聞くたびに、私は内心冷笑していた。
『どうせ、都合が悪くなったら捨てる』のだと。
けれども、違った。
彼は、真実命をかけてそうしたのだから。
それに気がついた瞬間、胸に温かな何かが流れ込んだ心地がした。
「馬鹿よ……貴方って、本当に馬鹿」
そう言って私は笑う。
けれども私の瞳からは、大粒の涙が一筋溢れ出ていた。
私は屈み、倒れていた彼の手を掴む。
「そう、だな」
彼は、息も絶え絶えにそう呟き、けれどもどこか嬉しそうに微笑み力……そして、力尽きた。
「……本当に、馬鹿」
私はずっしりと重くなった手を、ただただ握り締めながら呟く。
……そして、そのタイミングで突然、この場に似つかわしくない女が現れた。
扉も何もない、石の壁から突然現れたように見えた彼女に、騎士二人と初老の男性も驚きを露わにする。
「御機嫌よう、ユーリ・ノイヤー」
そんな彼らの存在を無視し、その女は私に声をかけた。
けれども私はそれを無視して、ずっと彼の手を握り締めながら視線すら向けない。
やがて諦めたのか、フウとその女は溜息を吐いた後、動いた気配がした。




