死
本日五話目の投稿です
「王宮には、いたるところに様々な仕掛けがございますの。これも、その一つ。今回は必要ですので明かしますが、他言は無用でしてよ」
レティシア様の言葉に、私たちは頷く。
それを見てから彼女は一冊の本を引き、その後ろに隠されていた出っ張った部分を押した。
すると、本棚の一箇所がまるで扉の前ように開く。
「さあ、行きましょうか」
レティシア様は迷いのない足取りで、地下へと繋がる暗い階段を降りて行く。
「長い歴史の中で、後ろ暗いことをした王族の者など沢山おりますわ。彼らは人目を避けるためにこの仕掛けを用いて、人が近寄らぬ場所に行きましたの。私たちが向かう場所は、まさしくそこですわ」
通路に出て、更に真っ直ぐ先へと進んだ。
そして長くないその道の終わりには、再び上へと繋がる階段があった。
「右から三つめの大きな石を、上に向けて押してくださいませ」
階段を登りきり、けれどもそこは行き止まりだった。
ルディウスがレティシア様と場所を代わり、指示通りに押すと開く。
途端、上から光が差し込んだ。
ルディウスがその扉から地上に出ると、そこは石造りの狭い空間だった。
その場にあるのは、頑丈そうな地上の扉と細長い螺旋状の階段のみ。
「さあ、もう少し階段を登りますわよ」
レティシア様が再び先導し、その階段を登り始める。
「まさか……ここは、塔ですか?」
中腹に到り、私は口を開いた。
「ええ、そうですわ。ここは、身分の高い者が何らかの罪を犯した時に幽閉するための塔ですの。……本来の用途から考えると、入り口以外の扉があるのはどうかと思いますが……まあ、先にもお伝えした通り、本来のそれ以外の目的で何らか人目のつかないことを行うために先ほどの仕掛けを作ったのでしょうね」
苦笑いを浮かべつつ、レティシア様はそう言った。
彼女の顔色は、長い階段を登っているためか僅かに疲労が見て取れる。
階段を登りきると、そこは小さな空間だった。
レティシア様の指示で壁の一部の石を取ると、壁の向こう側を見ることができる。
私たち三人は身を寄せ合い、そこから景色を覗き込んだ。
壁の向こう側にあるのは、鉄格子に囲まれた部屋。
そしてその陰鬱な雰囲気が漂うそこに、ユーリ・ノイヤーがいた。
「……レティシア様、これは……」
戸惑いを隠せず小声で問いかけたルディウスに、レティシア様は『シッ』と立てた人差し指を口にあてる。
暫くそのまま無言で私たち三人がその空間を眺めていると、俄かに騒がしくなった。
そして、その騒音と共に現れたのは、別の場所に幽閉されているはずのエドワード様だった。
「ユーリ! 助けに来たぞ」
愛おしむような声と共に鉄格子に近づく彼を、ぼんやりと彼女は見つめる。
「……どうやって、ここに?」
対してユーリは、淡々と彼に問いかけた。
「この者が、私を解き放ってくれたのだ。……待っていろ、今すぐお前を自由の身にするからな」
エドワード様の後ろに控えるようにして、一人の身なりの良い男が立っていた。
見覚えのあるその男に、私とルディウスが目を見開く。
彼は第二王子派であったものの贋金事件に関与はしていなかったため、当主交代の上蟄居処分という比較的軽い処罰を受けた者だった。
そしてその後ろには、塔の入り口の警護をしているはずの騎士が二人。
「……やめて」
鉄格子を開けるために屈んだエドワード様を、彼女は見下ろし冷たい声色でそう言った。
既に扉を開いたエドワード様は、驚いたように彼女を見上げる。
「どうした? ユーリ。何も恐ることはないぞ。ここから逃げた後は、こいつとこいつの同志が匿ってくれる手筈となっている。暫く身を潜め、時が来た時に正当な王位継承者として返り咲くんだ」
にこやかに言った彼に対し、彼女の顔色は晴れない。
むしろ呆れたように彼女は鼻で笑った。
「あなた、分からないの? 彼はね、私を助ける気なんてこれっぽっちもないの」
「すぐには信じられないかもしれないが、ユーリ。まずはここを出て……」
「ここを出たら、私は人知れず殺されるわ。そいつと、そいつのお仲間に」
「ユーリ、そんなことない! こいつらは私たちに協力してくれる者たちだ。とにかく、出よう。私を信じてくれ」
「彼らにとってね、貴方は必要なの。だって、貴方は利用できるわ。自分たちが権勢を取り戻すためには、貴方を神輿として担ぎ上げるしかないもの。でもね、私はそうじゃないわ。むしろ、彼らにとっても私は邪魔なの。『未だ表に出ていない自分たちとトワイル国との関係性が、ユーリという女から漏れたらどうしようか』と、懸念しているから。それにもしも貴方が王位につくことができた時、私が側にいれば娘を正妃として送り込むことができなくなるから」
「ユーリ。それは矛盾しているぞ。万が一……億が一、お前を邪魔に思っているのであれば、今危険を侵してまで助ける必要はないじゃないか」
「今しかタイミングはないじゃない。アルフレッド王子の手の者に何か喋られる不安の芽を摘みたいのと、貴方が王位に就く前に消したいのだから。彼らを頼って身を隠している間が一番の絶好のタイミングじゃない?」
ユーリは冷笑しつつ、迷いのない口調で言った。
「……そもそも、終わりの近づいているこの国の人間に助けて貰う必要なんて、私にはないの。ちゃーんと、私を助けてくれるナイトは他にいるんだから」
ニッコリと笑いながら言った言葉に、エドワード様の後ろに付き従っていた男は笑い声をあげる。
「お聞きになりましたか? エドワード王子。私は真実、貴方様の最愛の方をお助けしたいと思っておりましたが……やはり彼女は、トワイル国と繋がっている様子。貴方様に相応しくない」
「そんなことはない! ……そうだ、彼女はこんなところにいて、情緒が不安定になっているだけなんだ。ユーリ、私がお前のナイトだろう? 約束したではないか、私がどんなことがあっても何者からもお前を守ると」
エドワード様の問いかけに、ユーリは何も応えない。
ただただ、冷めた視線を向けるだけだった。
「エドワード様! 貴方様は騙されているのです。本来貴方様はこのような事態に陥ることなく玉座に座ることができたというのに、全てはこの者が謀ったがためにこのようなことになったのです。今、貴方様の目を覚ましてさしあげましょう」
そう言った瞬間、後ろの騎士の一人が剣を抜き彼女に差し迫った。
もう一人の騎士はエドワード様が彼女を庇うことがないようにと、彼を抑え付けている。
その光景を、彼女はぼんやりと冷めた目でただただ眺めていた。
「やめろ!」
その剣が彼女に届く瞬間……エドワード様は騎士の抑えを振り切って、剣と彼女の間に割って入る。
……それは、一瞬のことだった。
鈍い音と共に、エドワード様がその剣に貫かれた。
まるで時が止まったかのように、静寂が場を支配する。
剣を手にしていた騎士はそうと分かるほど動揺を露わにし、やがて震える手は剣を手放した。
カラン、と剣が落ちる音がその場に響く。
そして同時に、紅に塗れたエドワード様がその場に崩れ堕ちた。
驚いたように自らの身体から流れる紅を見た彼は、けれども次の瞬間には微笑みを浮かべてユーリを見上げる。
「……ユーリ……」
倒れたエドワード様は、けれども彼女の側にあろうと手を伸ばした。
その光景に、先ほどまでどこかぼんやりとしていた彼女の瞳に光が戻る。
「どうして……どうして、私を庇ったの?」
彼女は、叫ぶように問いかける。
「貴方にとっても、もう私はお荷物以外の何物でもなくて! 彼らのように、邪魔者は消す……それが貴族なのでしょう? なのに、どうして!」
その問いに、彼は口から血を吐きながら笑った。
「……約束、しただろう?」
『どんなことがあっても、何者からも守る』……その言葉通り、彼は身を呈して彼女を庇ったのだ。
そもそもで、エドワード様が彼らと共に来なければこのような事態には陥らなかったのだが……それでも。
それでも彼は、彼だけは本当に彼女を守ろうとしていたのだ。




