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考察

本日三話目の投稿です

そうして、事後処理をして彼らの帰還を待つこと数日。

無事アカシア王国軍の撃退と役場を解放したとの報せが入って、緊張感でピリピリしていた館の雰囲気も和らいでいる。


……とはいえ、国はトワイル国との戦争中。

以前のような重苦しい雰囲気とまではいかないけれども、主だった領官たちは今尚緊張感をもって日々を過ごしている。


私も、同じ。

万が一にでもタスメリア王国が敗北するようなことになれば、目も当てられない。

そのような事態に陥れば、恐らくアカシア王国は再び動き出す。


「……それで、ターニャ。戦況は?」


「殿下が旧モンロー伯爵の地で指揮を取っております。民のタスメリア王国への不信感は根強く、苦戦している様子です」


その言葉に、私は思わず手を止める。


「知らなかったわ、ターニャ」


ついつい、恨みがましい口調で言ってしまった。


「申し訳ございません。対アカシア王国の方が優先されるべき事項と思いまして、私の方で留めてしまいました」


「……いいえ。こちらこそ、悪かったわ。……そうね、あの時に聞いていても耳半分になってしまっていたかもしれないわね。けれども、ターニャ。できれば北部のことは、どんなに忙しくしてても耳に入れておきたいことだわ」


感情的になってしまったことに、私も反省する。

全く、殿下という言葉に反応してしまうなんて、私もまだまだだ。


「それにしても、苦戦ね。……確かに、敵と戦って勝ってハイ終わりという訳にはいかないものね」


「ええ。民がトワイル国に靡いている以上、無理に戦えば更なる不信感を与えかねませんから」


まさか、彼が戦場に行くとは……。

無事なのだろうか……無事であって欲しい。

遠く離れていて、彼の今の状況がすぐに分からないことががもどかしい。


不安や焦燥感が胸を燻る。

そばにいたい。

助けになりたい。

そう、心の奥底で私が叫んでいた。


そんな衝動からくる声を、理性が諌める。

そしてその声を完全に自分から遠ざけるように、思考を無理矢理切り替えた。


「……アカシア王国を探らせている者たちからは、何か報告は?」


「国民には、今回のアルメリア公爵領襲撃の話は報せが入っていないようです。国軍も未だ大きな動きはないようです」


「そう。一体、あちらの王は何を考えているのかしら」


考えれば考えるほど、腹が立つ。

王からではなく王子からだったにせよ、求婚をしておいて、襲ってくるとはどういう了見だと。

右手で友好の握手を求めておきながら、左手で持つナイフで襲われたようなものだ。


「とはいえ、国軍が大きな動きをしていないことは良かったわ」


流石に、一国の軍相手に戦い続けることはできない。

人員も、物資も、何もかもが足りない。

それは、アルメリア公爵領にとってだけではなく、このタスメリア王国だとてそうだ。


「そうですね」


ターニャも、苦々しい表情を浮かべつつも同意した。


「……王族の関係について、何か調べはついた?」


「一夫多妻制のため妃が五人、王子が六人、姫が十人います。先だってお嬢様に求婚してきたのは、第三王子のカァディルです。かの国では現在王が高齢となったため、水面下で次期王は誰かという争いが起こっているようです。ただ、カァディルは国政には興味がないとの専らの噂で、全く動きを見せていません。病弱故に王位継承権を放棄した第二王子を除いて、第三王子ながら王位からは最も遠いと噂されているのだとか」


「どの国も、王位争いが勃発しているのね」


ついつい、皮肉めいた言葉が口から飛び出した。


「それにしても、彼が最も王位から遠い……ねえ。全くもってそんなことはないと思うけれども?」


「はて、それはどうしてでしょうか?」


「彼と会った感想よ」


「つまり、勘ということですか」


「……少し、違うわ。だって彼、この前アルメリア公爵領に来た時に、国の名を背負って来たじゃない。ターニャの話とその事実を考えれば、ね」


私のその言葉でターニャも気がついたのか、一瞬ハッと表情を変えた。


……国の使者ということは、その国の看板を背負うということ。

全く国政に携わっていない者を選抜することはない。


何故ならば、何かしでかしてしまえば国の名に傷がついてしまうからだ。

第三王子という身分を考えれば、使節団の箔をつけるためというのも考えられるけれども、あの時は団体でなければ、彼の側に彼の代わりに実務を行うような者もいなかった。


「国政に興味がない? 全く動きを見せていない? ……それは表立ってのことでしょう。表立っての評判がそれで、にも関わらず使者としての政務についているところを考えるに、彼は相当優秀な駒を手にしているのでしょうね。彼が動くために協力を惜しまず、彼が動いたことを表に出さないように上手く誤魔化すことができるような、そんな人材が」


全く何処かの誰かさんにそっくりだと私は内心苦笑する。

彼もまた一時期表立って動かずに、着々と地盤固めをしていた。


我が国のその誰かさんは、母親の身分故に。

そして恐らくカァディル様は、第三王子であるが故に。

出る杭は打たれる……そうならないように、隠し持った牙を磨いているということだろう。


「というわけで、彼が王位を狙っている可能性は高いと私は思うわ」


ふと、そこまで考えて思考が逸れる。

彼にとって私との婚姻はメリットが少ないのではないか、と。


何せ、自国の有力な家の者を迎えた方が地盤固めになるのだから。

逆に私との間に子が生まれたら、タスメリア国の血を引く者が王位継承権を持つことになるのだ……有力な家からは反発が出てきてもおかしくない。


それとも私を名ばかりの妃にして、子は別の妃との間にもうけるつもりなのか。

そこまで考えて、ハタと、そんなこと今考えても仕方がないかと、内心苦笑いする。


「……今後の彼の動きには注視させるように」


「畏まりました」


ちょうどそのタイミングで、扉からノック音が聞こえ、セバスが入って来た。


「お嬢様。東部に行っていたライルとディダが帰還いたしました」


「良かったわ。……疲れているところ申し訳ないけれども、報告だけしてもらえるようお願いできるかしら?」


「警備隊に事後処理の指示を伝え次第、こちらに来るとのことでした」


「そう。分かったわ、ありがとう」


それから十数分後、再びノック音がした。

入室を許可すると、入って来たのはライルとディダそしてお母様だった。


「お母様!?」


「久しぶりね、アイリスちゃん」


まさかの人物に、私はつい声を大にしてしまった。

まあ、この場には私たちしかいないのだから問題ないといえば問題ないのだけれども。


「何故、こちらに?」


……そういえば、と今更ながら思い返す。

お母様が、アンダーソン侯爵家護衛兵を引き連れて来たのは十数日前。

その後のお母様の動向を、私は全く知らない。

そこまで考えが及ばなかった、という表現が適切か。


「もしかして、お母様……アンダーソン侯爵家護衛兵の方々と共に東部に?」


我ながら突拍子も無い質問だと思う。

けれども、ふと思い出したのはお母様の言葉。

必ず母を呼ぶのですよ、と仰っていたけれども……。


「共にではないわ。私が引き連れて、東部に行ったのだから」


やっぱり、そうだったのか……!と、内心狼狽える。

まさか、まさかお母様が戦場に直接赴くとは、誰が想像できるものか。


「け、怪我は……? それより、何故お母様が……」


私の慌てぶりに、ディダが爆笑した。

横では、ライルやターニャまでもが笑っている。

何故このタイミングで笑われるのか、私には皆目見当がつかなかった。


「姫様、奥様の剣の腕前は凄いんだぞー。俺たちよりも遥かに強えんだから」


「……は?」


「悔しいながら、そうですね。ついでに、兵の統率能力も素晴らしいものですよ」


何の冗談かとディダの言葉に思った。

けれども続けてライルに言われた言葉に、一瞬思考が停止する。


「昔取った杵柄よ。ほら、前にアイリスちゃんには言ったでしょう? 私、軍人を目指していたって。だからお父様のところで軍人と共に訓練したこともあれば、ちょっと戦場に顔を出した経験もあるというだけよ」


コロリと笑いながら言われたお母様の言葉は、むしろ私にとってはトドメに近かった。

ちょっと戦場に顔を出すだなんて、一体どんな状況なんだか。


次々と疑問が浮かんでは、そのまま考えがまとまらず、頭の中は混乱しきっていた。

けれどもお母様の笑顔を見ているうちに、思い浮かんでいたそれらがどうでも良いような気がして来て、落ち着きを取り戻し始める。


「……左様でございますか。お母様とアンダーソン侯爵家の皆様、此度はアルメリア公爵領の領民の守護にご助力くださいまして、真にありがとうございました」


「アイリスちゃん。私にお礼はいらないわ。だって私も、アルメリア公爵家の一員だもの。……でも、そうね。その言葉、しかとアンダーソン侯爵家の皆に伝えておくわ」


「よろしくお願い致します」


お母様に再び頭を下げた後、視線をライルとディダに向ける。


「二人にも、それから警備隊として東部に赴いた皆にも、感謝を。無事に帰って来てくれて、本当に……本当に良かったわ」


勝利を収めたことも、彼らが無事だということも報せで知っていた。

けれども、実際この目で見ればそれが尚実感できて、思わず目が潤む。


「貴方たちがいてくれて、本当に良かった……。私の側で私を支えてくれていること、本当に感謝してもしきれない」


伝えたい気持ちが胸の奥底からどんどん溢れ出てくるのに、言葉にならない。

上手く伝えられないことに、私はもどかしさすら感じてしまう。


「勿体無いお言葉です」


ライルがそんな私に、柔らかな笑みでそう言ってくれた。


「姫様のその言葉が、俺たちにとって何よりもご褒美だよ」


ディダの軽口に、思わず私も笑う。


「ありがとう。……積もる話はあるけれども、報告を聞きたいわ」


それから敵の捕虜の数、そして負傷した味方の人数等々を報告してもらう。

聞きながら、事前に早馬で報告を受けて準備した施設や物資がそれで間に合うのかを考えつつ彼らの報告に耳を傾けていた。


「……それから、お嬢様。今回の件の敵方のトップを、捕虜として捕らえました」


「そのトップというのが、アカシア王国の第一王子だったのよ」


お母様の言葉に、私の心の中で衝撃が走る。


「まさか……第一王子が最前線に?」


まさか……という思いが正直大きい。

お母様の言葉を疑うような形だけれども、今まで培ってきた常識というのがそれをすぐに肯定させてくれなかった。


何故他国を責める先遣隊に王族の、それも第一王子が混じっているのかと。

けれども、ふと、口にしながらある考えが浮かんだ。


「ああ……もしかして」


「……何か気がついたのかしら?」 


私の呟きに、お母様が反応した。


「少し、思いついたことがございまして」


「教えてちょうだい、アイリスちゃん。少しでも今回の件に関わることは、意見を出し合って共有させた方が良いでしょう」


「そうですね。……私に婚姻を申し入れしたカァディル様は、第三王子です。そして現在アカシア王国では少し前の我が国と同じく、水面下で王位争いをしているそうなので、まさしく彼もその争いの真っ只中にいます」


「よくアカシア王国の内情を調べているわね? それで、それが何か?」


「第ニ王子は身体が弱いとのことで王位継承権を放棄するのだとか。……つまりですね、第一王子に何かあれば王位継承権一位に彼はなるのです」


「お嬢様。つまり、今回の件はカァディルが仕組んだと?」


ターニャの問いかけに、私は首を横に振った。


「そこまでは分からないわ。真実トワイル国と共謀したのが現王なのか、それともカァディル様なのか。ですが、これだけはハッキリしているわ。彼は今回の件でアカシア王国の次期……またはすぐにでも王の座を取りに行くのだと」


「第一王子の話では、現王がトワイル国と共謀したみたいよ」


すかさず、お母様がそう言った。


「なるほど。逆にあの方が王位を奪ってくれた方が、話し合いの余地があるかもしれませんね」


「……ですが、お嬢様。お嬢様に婚姻を申し出たことと言い、余程彼はこの地を欲していたということではないでしょうか。そうであれば、次期王の座を獲得した暁には国軍を引き連れて再度攻め入るという可能性も……」


「現王はともかく、私がカァディル様の立場だったら、いらないと思うわね」


「……何故でしょう?」


「タスメリア王国が勝つにしろ、トワイル国が勝つにしろ……アルメリア公爵領を手に入れたところで、統治の維持が難しい。周り中を敵国ないし他国に囲まれることになるのだもの。トワイル国とは何らかの密約を交わしているのでしょうけど、地理的要因を考えればいずれは破られるでしょうね。……アカシア王国は海を隔てた位置に存在しているのよ?他国が攻めてきたらすぐに対処できない上、資源や人材を送り込むのにコストがかかり過ぎる。それで得るものは僅か。むしろ他国として良い商売相手でいてくれた方が利がある……と、私は思うのだけどね」


「なるほどね。彼がそう考えているかどうかは別として、確かにアイリスちゃんの考えは尤もな話だわ。残念ながら現王はトワイル国の話に乗ってしまったけれども、カァディルという男の考えは逆に分からない。けれども、こうまでして用意周到に王位を手に入れようとする男ならば、利さえ提示できれば交渉の余地あり、というところかしら」


「そうですね、お母様」


「なるほど。……とりあえず、私とアンダーソン侯爵家より引き連れた警備兵たちは、暫くこちらに滞在するわ。彼らの負傷を癒さないとだし、少しばかり様子見ね。何かあったら動くから、遠慮なく声をかけてちょうだい」


お母様からの提案に、私は即座に頷く。

正直お母様と彼らの存在は、とても心強い。


「……ターニャ。第一王子への尋問の手配を」


「畏まりました」




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― 新着の感想 ―
第一王子に「とにかく拷問だ、拷問にかけろ!」
[気になる点] 誤字報告に似ていますが >「第ニ王子は身体が弱いとのことで王位継承権を放棄するのだとか。 漢数字の「二」でなくカタカナの「ニ」になってますね。
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