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祈り

本日二話目の投稿です

祈るような気持ちで、書類に向かい合う。

資金を調達し、それを元手に必要とされる物資を各地より調達させ、届けさせ、人員を配置し、分配させる。

文字にするとそれだけなのだが、それらがそれぞれしっかりと成されるためには、領地全体を見渡し、そこからあらゆる可能性を想定し、それに対する対策を構築しなければならない。

つまり何が言いたいかというと、またもや私も含めて領官たちは休む間も無く働き詰めという訳だ。


けれども、誰も弱音を吐くことはない。

私たちの働き如何によって、どれだけ友軍が動き易くなるのか変わる。

何より、領民の皆もそれぞれ自分のできることを活かして戦ってくれているのだ。

私たちこそが、弱音を吐くわけにいかないだろう。


……元より心配で心配で、とてもじゃないが休む気は起きないが。

前線で戦う彼らの安否。

街に残る住民たちのそれ。

戦いの、様子。

考えれば考えるほど、悪い方向に考えが転がってしまって。


心配は尽きず、不安ばかりが胸を占める。

溺れては、ならない。

そう心に誓った筈なのに、先の見えない道のりは暗く、酷く恐ろしい。

気を抜けばそうした負の感情に引き摺られて、沈んでしまいそうなほど。


頭では冷静に対処しなければならない事柄が思い浮かべては、どうそうするのかという道筋を考えている。


けれども一方で、心が付いていかない。

先の見えない暗い道のりと人の命に対する責任の重さに、先へと動くことに億劫になる。

このまま目を瞑って耳を閉ざして座り込んでしまえたら、どんなに楽なことかと。


けれどもそう思うたびに、振り返って今まで歩いてきた道のりを見る。

決して、平坦な道ではなかった。

楽しいことばかりではなかった。

止まって、悩んで、泣いて、怒って。

だからこそ、嬉しいと……幸せだと感じた時がより一層輝いていた。

ここで立ち止まってしまえば、その全てが泡となる。


そう思えばこそ、奮い立ち足を前へと進めようとするのだろう。

書類に向かい合いながら、時々祈るような気持ちで宙に視線を向けた。



どうか、皆、無事で。

どうか、平穏な日々を取り戻せますように。

誰に祈っているか、自分でも分からないけれども。

それでも、祈らずにはいられなかった。


「失礼致します! お嬢様……!」


珍しく飛び跳ねんばかりの勢いでターニャが入室してきた。


「どうしたの、ターニャ」


「彼らがやってくれました。見事、アカシア王国軍を撃破。第一王子を筆頭に、捕虜多数だそうです。同時にボルディックファミリーが、見事に役場を解放しました」


ターニャの報告に、私の頭の中は一瞬真っ白になって、気が抜けて倒れこみそうになった。


「お嬢様!」


さっとターニャが動いて私の身体を支えてくれる。

その腕の温かさと、身体に伝わる衝撃が、これが夢ではないのだということを教えてくれた。

肺に溜まっていた息を吐くと同時に、視界が歪む。


「良かった……本当に、良かったわ……」


「ええ、ええ……。お嬢様、本当にお疲れ様でございました」


ターニャの柔らかな笑みに、更に私の視界は歪んだ。


「ありがとう、ターニャ」


そっと机に手を添え、立ち上がる。


「私に付いてきてくれる貴女達に……そしてこの地に住む民たちに、私は感謝してもしきれないわ」


呟いた言葉に、ターニャは嬉しそうに顔をほころばせた。


「捕虜を収監する場所の確保をしないと。それから、諸々の事後処理も必要だわ」


必要になりそうなことをつらつら挙げて呟く。


「お嬢様、今日ぐらいはお休みされても……」


そんな私に、ターニャは困惑しとような表情を浮かべていた。


「何を言っているの、ターニャ。喜びは、皆で分かち合うものだわ。彼らが……我が領地の英雄たちが帰って来てから、共に喜び合いましょう。それから、散った命への悼みも共に」


けれどもそう素直な気持ちを伝えれば、彼女は納得したように頷きつつ笑みを浮かべていた。




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