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別の戦場

本日七話目の投稿です

「薬品が足りないと現場から上がって来ているわ。備蓄をありったけ出して!それから、商会からもかき集めるように」


領都のアルメリア公爵領はいつもよりも断然騒がしく、また、忙しない日々を送っていた。


……私には、責任がある。

東部に住む民を、守る責任が。そしてそれと同時に、ライルやディダそして警備隊の者たちを戦いに向かわせた責任が。


けれども私には直接戦って守る術は、ない。

だからこそ、私は私にしかできないであろうことを力を尽くして行わなければならない。


本音をいえば、未だに現場に駆けつけたいと思う、焦燥感にも似た思いがある。

指示ができる立場の私が、何故こんな安全な後方にいるのか。

現場にいれば、より早く情報を手に入れて、人を動かすことができるというのに……!と。


けれども、逆に上に立つ立場だからこそ、罷り間違っても倒れる訳にもいかないのだ。

それはつまり、非力な私がいったところで護衛対象として人員を割かなければならない……現場の仕事を増やすだけということ。


それぐらい、分かっている。

分かっていても、心がざわついて仕方がない。

刻一刻と動く状況、そしてそれの対処。

上がってくる負傷者の数を見て感傷に浸る時すら、今は惜しい。


手元の資料を眺める。

併せて机の上にはアルメリア公爵領の地図と、幾つかの駒。


「警備隊の配置の見直しについて、状況は動いているのかしら?」


現場のことは、ライルとディダに任せるより他ない。

電話のような情報伝達が一瞬でできるものがない以上、ここから私が口を出して余計な混乱を招くのは愚策。

勿論、定期的に報告はしてもらってはいるけれども。


それはともかく、その現場にいることで彼らは特にそこを注視をしてくれているのだから、私に求められていることは、全体を見て人や物を動かすことだ。


アルメリア公爵領警備隊の中でも公爵領北にいる者たち以外は、必要最低限の人数を残して東部に向かわせている。


「は、はい。北部を残し西部・南部より順次人を動かしています。あと数日内に東部に到着するかと」


ライルやディダたちのことを……彼らの力を、私は信じている。

けれどもその一方で、万が一彼らが後退を余儀なくされてしまった時のことも考えなければならない。


敵は、どのように侵攻してくるのか。

後続があった場合、どのように対応するのか。

民の避難経路。

そして、警備隊をどのように配置するのか。

それらを視野に入れつつ、頭の中で考えをまとめる。


「結構。それから住民の避難状況は? 先の報告から、どれぐらい進捗したのかしら?それから、避難先での食料の供給は間に合っているのかしら?」


次々と上がってくる報告を聞いては、領官たちに指示を出す。

彼らもまた関係各所に伝達し、それを実行させるために駆け回っていた。


「報告致します。避難状況の進捗は、先の報告より変化はないと」


「どういうこと……? 何か問題でもあったのかしら?」


「いえ、それが……」


一瞬、報告にやって来た領官が言い淀む。

一体何なんだ、と思いつつ目を細めつつ彼を凝視すれば、彼は厳かに口を開いた。


「『自分たちの街なのだから、自分たちも守るために働きたい』と。『守ってもらうばかりではなく、少しでもお嬢様のお力になりたい』と……残った面々は、そう言って現地で働いています。若い男たちは警備隊の雑務や運搬を行い、女たちは備品の炊き出しを行なって警備隊に振舞っていると……」


その言葉に、私は言いようのない衝撃を受けた。


「う、そ……」


思わずそう呟いた言葉は、自分で思っていた以上にか細く聞き取りづらいそれだった。

感動している場合ではないというのに……けれども、心が歓喜に震える。


「事実です……っ」


見れば、彼の口元も震えていた。

そうか、先ほど言い淀んでいたのは……彼もまた、感情が爆発しそうになっていたからなのか。


……今の私のように。

きっと、彼も私も思うことは同じだろう。

民は、守られるべき立場。

権力や暴力……そういった力に対抗する術が、彼らにはないのだから。


先の災害が、良い例だ。

彼らは降りかかった災いに、何かをするのではなく逃げた。……我が領地へと。

それは責められることではなく、弱さ故の、手持ちの札がない状態で身を守る為の最善の選択を取ったということに過ぎない。


……だというのに。

今回、あの街に住む民は戦う道を選んだのか。

諦め逃げるのではなく、力に唯々諾々と従うのではなく、戦う道を。


あの街を、この領地を……大切だと、そう思っていてくれているのか。

私たちが今まで歩んで来た道のりを、肯定してくれているのか。

その決意に、その思いに……心が震える。


「失礼致します、お嬢様」


暫く無言となったその場に、ターニャが登場した。


「一つ、報告を宜しいでしょうか?」


「……え、ええ」


胸から熱いものがこみ上げていて、私は一瞬言葉に詰まってしまった。


「ディダからの報告ですが。……役場奪還のために、ボルディックファミリーが協力することになったとのことです」


そう、彼女は私の耳元で他の面々に聞こえないように囁く。


「……ど、どういうこと?」


「名を騙られたケジメをつけるのだとか。それと、先の件でのお嬢様へのご恩をお返しするため、と。一体、どちらが建前だというのか……」


そう言って、ターニャは微笑む。

先ほどの衝撃か冷めやらないうちに、新たなそれを与えられたような心地だった。


かつて会った、グラウスのことを思い浮かべる。

流石……と笑い出したいような、そんな気持ちになった。


恐ろしい眼光を持つ男だった。

けれども話してみれば、気っぷの良い兄貴分のような彼。


街を愛し、街の者たちからも愛されている彼らだからこその行動だろう。

もう二度と道が交わることはないと思っていたけれども、まさかこんな形で彼と再び共同戦線を張るようになるとは。


「失礼致します。先ほどの医薬品の件ですが、商業ギルドが援助をしてくださるとのこでした。こちらがその件の親書です」


「医療ギルドより、有志の医者が続々と集まり東部に向けて出発しているとの報せが入りました。受け入れ体制の構築を頼むと」


ターニャの後に続くように、次々と報せが入ってきた。

その一つ一つが、私の胸を打つ。


『領主の仕事とは、誇りを持たせること。民を守り、慈しみ、そして豊かに発展させる。民の生活を保障することで、領への帰属意識を持たせ、領民たちを統治する……それが、領主の役割だと私は思っています』


いつか領官たちの前で言った言葉が、私の中で思い出される。

私の歩んできた、道。……いつも、間違いはないか、間違っているのではないか、改革自体必要ないのではないか、悩んで歩いてきた。

答えがないから、進むしかないからと、自分を納得させてきた。


けれども今こうして、民が……皆が、その答えを教えてくれている。

私と直接関わった者たちだけではなく、民の一人一人が。


その感動に、ジワリ涙が溢れて……けれども、決してそれを流さないように瞳に力を込めた。

感動に浸る時では、ない。


「……すぐに、医薬品と医者の受け入れ体制を! 治療場所はもう少し広いところが必要になるでしょうから、候補地を幾つか挙げてちょうだい。それから、警備隊を付け、領官数名を現地に派遣するわ! すぐさま、志願者を募って。東部の街に留まる方たちは仕事を当番制にするように指示をして。決して、無理はさせないように」


さっきの領官たちの報告に対し、すぐさま指示をどんどん出す。


「民が、応えてくれたのよ。……私たちはこの領地と、この地に住む民を守るよう、ここで職務を全うしましょう!」


その呼びかけに、領官たちは「はい!」と気合の入った声で返してくれた。


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