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戦 弐

本日五話目の投稿です

……その夜。

闇の帳が降りると共に、敵兵たちも戦いを休止して自陣に戻って行った。


「ディダさん! 食事です」


隊長から報告を聞いて隊員たちを休ませた後、俺は机に向かって地図と睨み合っていた。

ああでもない、こうでもないと悩んで、その地図に色々書き込んだり駒を置いたりして戦局を考えていたところだったんだ。


「ディダさん、食事ここに置いておきますね。冷めないうちに食べてください」


「冷めないうちにって……保存食に冷めるも何も……」


そう言って視線を上げた先には、盆に乗せられた温かそうな食事だった。

今回警備隊は、ハード・タックや瓶詰めされた保存食しか持って来ていない。


それらは、姫様が以前より備蓄確保の一環として発明させたものの一つだ。

労力の削減と手っ取り早さを取って、今回それらを連日食べていたのだけれども……。


「……一体誰が作ったんだぁ? かなりの量になるだろ」


「女性の有志団です」


「そっか……。食材は? ちゃんと金払ったか?」


「不要だとか。備蓄がなくなろうと、アイリス様なら後でどうにかしてくれるだろうと。あの方さえいれば飢えることなんてないだろうからと。それよりこれで力をつけて敵を追っ払って欲しいと言っていましたよ」


「違いねえ」


俺は、先ほどまで向き合っていた机に盆を置くと食べ始める。


「あー……胃に染みるな。これで酒でもあれば最高なんだけど」


「……無茶言わないでください」


食事を持って来た隊員が、困ったように笑っていた。


「姫様にお願いしてみるかあ……」


「え……ディダさん、それはちょっと……」


俺の呟きに、目に見えて狼狽える。

それか面白くて、つい、盛大に笑っちまった。


「冗談だ。……だが、真面目な話……そろそろ増援来てくんねえかねえ」


「……。我々だけで、後何日保つのでしょうか」


「さあな。どうにかするしかねえ」


俺の言葉は、随分投げやりなそれに聞こえるだろう。


「奴さんらは楽しんでいる。そのまま油断し続けることを願っておけ」


けれども、それは諦めたからという訳では勿論ない。

俺の中に溜まった憤りを、表に出さないようにしているだけだ。


「敵が楽しんでいるって……何を根拠に?」


「こんだけの戦力差だぞ? チマチマ攻撃せずに、一気に叩きに来れば良いだろう」


「それは、隊長が細道を利用しているから……」


「阿保。それにしたって少なさ過ぎる。奴らは、俺らが『無駄な足掻き』をしているのが楽しくて仕方ないのさ。それか……これから先、領都を責めるのに人員を温存しておきたいのか」


舐められている……つまり、そういうことだ。


だからこそ俺は、憤っていた。


いかに敵を出し抜いてやろうか……出し抜いて負かし、二度とアルメリア公爵領の地を踏まないようにしてやろうと、考えていたんだ。

……とはいえ、やはり戦力差は簡単に覆せるものじゃねえが。


「……そういえば、ディダさん。有志の方から頼まれたものができたと」


「お、マジ!?」


最後の一口を掻き込んで、俺は飛び出す。

木製の縦に長いバリケードと、幾つもの太い紐と多くの大きな石。

それらが、並んでいた。


「おー! よくこの短時間で作ってくれたな。本当にありがとう」


「いいってことよ。これを役立ててくれればそれで」


街の面々は、誇らしげな様子だ。


「……なあ。あんたら、本当に良いのかよ?ここから先、安全の保障なんてできねえぞ。勿論、街を守ることは全力でするが……何が起こるか分からない。流れ矢がくるかもしれねえし、どっかから敵が侵入することだってありえるんだぞ?」


「それでも、ここは俺たちの街だ」


胸を張って言う彼らに、益々混乱する。


「ここは、俺たちの誇りなんだ。俺たちの大切な場所なんだ。最近お嬢様が領主になってから更に住み易くなってなあ……離れるなんて考えられねえや」


「前に偽ボルディックファミリーが問題を起こした時には、お嬢様自らこの地に来て解決するために動いてくれてたって俺たちは知ってるんだ。そんなこの地を愛し慈しんでくれたお嬢様は、今この時もここを守ろうとあんたたちを派遣してくれだっていうのに、逃げたら顔向けできねえだろう?」


「あの方がいれば大丈夫だって、信じてついていけば良いんだって……そう思っちまうんだ。だから、今すべきことはここを守るよう力を尽くすことだろう?」


彼らの言葉に、俺は笑った。

かつて……姫様にこの身を助けて貰うまで、この街に俺は住んでいた。


それから、幾年。

姫様が領主代行に就いて、領地は……この街は随分変わった。

街並みも、制度も。

けれども、どうやらそれだけではなかったらしい。

人……人の思いの形というのも、変わったようだった。


「そうかよ……ちなみにお嬢様は領主じゃねえぞ? あくまで代行だ、代行」


「え……本当かよ」


「じゃあ、いつかは上からいなくなっちまうのか?」


俺のツッコミに、皆が不安やら不満を口にする。

その様に、心の底から笑った。

……随分好かれたもんだ、と。


「うっし……悪いが皆に頼んで良いか? この高い盾はそれぞれの前線の一番前に置いてくれ。それから、石は各隊に配置」


「この紐は?」


俺の依頼に、有志の面々は頷きつつ、その内の一人が疑問を口にした。


「紐は石とセットだよ。敵に投げるのに使う」


「へえ……」


「それじゃ、頼んだぞ」


「「「おう」」」


「あ……あと、この中に、あそことあそこに住んでいる奴っているか?」


「家じゃないんですけど、使っているのは俺らですが?」


「そんじゃあさあ……お願いがあるんだけど」


名乗り出た彼らに、小声でそのお願いを口にする。


「べ、別に良いですけど……」


当惑しつつ了承する彼らに、俺は笑みを浮かべた。


「ありがとよ。傷つくかもしれねえが、そこはキチッと俺がお嬢様に頼んで修理代出してもらうからよ」


それから暫く彼らの働きを見守った後、俺は席に戻る。


「どう、戦うんですか?」


その道すがら様子を見ていた、食事を運んでくれた奴が問いかけた。


「……嫌がらせをしてやるのさ。盛大に」


俺の笑みを見て、隊員が少しばかり後ずさる。

そんなに闘志を剝きだしちまってたか……?

疑問に思ったけれども、そう問いかける前にそいつは挨拶するとさっさと去って行ってしまった。



……そしてその翌日、日が昇る前から各隊の隊長を呼び出していた。


「昨日有志の皆に作って貰った木製の盾を各地に配置してある」


「は、はあ……。ですが木製の盾で、一体どうするのですか?」


木製の盾など、すぐに剣で叩き壊されてしまうだろう……。

そんな疑念を、声に出した者もそうでない者も表情に浮かべていた。


「それは置いておくだけだ。……まず、敵を近づけさせない」


「近づけさせない?」


「そうだ。あの家とあの家の上階に、一隊を待機させる。そんで、窓から弓を遠慮なくぶっぱなして貰うぞ」


「ああ、なるほど……」


俺が指差した家は、港に面した家屋だ。

三階建の建物には、港に面して幾つもの窓があった。


「俺たちは騎士じゃねえ。騎士道に則って正々堂々だなんて、糞食らえだ。……俺たちは、守るモン守れればそれで良い。……そうだろう?」


俺の問いかけに、誰も口を開かない

けれども皆、決意をその瞳に映していた。


「その為の、策だ。これから先、増援が来るまでの間は、なるべく直接剣を交えさせず、できるだけ敵戦力を削ぐことにだけ注力する」


「「「はい」」」


日が昇ると、敵兵たちに動きがあった。

彼らは昨日までと同じく、いくつかの隊に別れて街中に侵入しようと試みている。


その隊を、建物内に控えていた隊員が射る。

上から射った矢は、重力に従って加速し落ちていった。

幾つもの矢が落ち、敵兵を容赦なく攻め立てる。


「弓矢か! 敵はどこだ!」


「あ、あそこに!」


「上だ! 盾で身を守れ!」


盾を持ち上げ、それでも進軍してくる彼らに向け、後方より投石機で石を投げつける。

矢と同じく重力が加算された重い石を支え切れず、いくつかの敵兵が吹っ飛んだ。


それと同時に、上に盾を持ち上げている彼らに向け、矢を地上からも射る。

二方向からの弓矢そして石に、敵の隊列が乱れた。


「いいぞ。じゃんじゃんやれ。……だが、皆に前に出ないように徹底させておけよ」


「了解致しました」


各隊からの報告を受け、それぞれの状況を頭の中に思い浮かべる。

そして都度、修正が必要であれば追加で指示を出していった。


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