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ある兵士の独白

本日二話目の投稿です

「……全員、整列しろ!」


シュレーさんの言葉が、木霊する。

今日、アンダーソン侯爵領を出て、渦中のアルメリア公爵家へと向かう。

その人員が、闘技場に集められていた。


……戦場に、向かうのだ。

そう肌で感じ取れるほど、ピリピリとした空気が場を支配している。


「……おい、聞いたか?今回の指揮、シュレーさんじゃないらしいぞ」


同僚からの言葉に、俺は首を傾げた。


「マジかよ?じゃあ、一体誰が……まさか、侯爵様か!?」


「それはありえねえだろう。いくらアルメリア公爵家とは縁続きだとはいえ、戦場に当主自ら援軍なんて……」


「……そこ!無駄口を叩くな!」


シュレーさんからの叱咤に、俺たちは口を噤んだ。


やがて、闘技場の壇上に一人の女性が現れる。


あ!あの人は……!と、彼女を見て内心俺は驚いた。

忘れもしない、いいや忘れたくても忘れることができない。

……彼女のことは。


よく、アンダーソン侯爵家の訓練に現れる彼女。

俺と同じぐらいの若い、それも女性ながら古参の先輩方がこぞって目をかけている存在。

それだけならば彼女の存在は面白くないものだが、それが納得できるほどの強さを持った人だ。


『シュレーさん、あの人一体何なんすか?俺、自信なくします……』


彼女のその強さを始めて見たその時は、思わずそうシュレーさんに笑われた。


『そりゃ、仕方ないな。彼女はガゼル将軍が、天賦の才があると認めた方だ。真似しろとは言わんが、よく勉強させてもらえ』


そう言われてから、俺は何度もあの人と訓練を共にした。

初めは、正直恥ずかしかった。悔しかった。

華奢な彼女に、負け続けることが。

先輩方に可愛がられるのは納得できても、自分が劣っていることが認められなかった。

だというのに、こっちが複数でも俺は彼女に叩き潰された。


俺って、才能ないのかな……。

そんなことを感じることもあった。

けれどもその度に、シュレーさんの言葉を思い出して、彼女の動きを見て、盗み取ろうと訓練に明け暮れた。

……そうしている内に、恥ずかしいという思いを感じることの方が恥ずかしいと思った。


彼女を目で追っていると、大の男が悲鳴をあげるほどの人一倍厳しい訓練をこなしていることに気がついたのだ。


『あれでも、あいつが幼い頃よりも抑えている方だけどな。あいつの幼い頃の訓練は、それこそ見ていてゾッとするようだった』


とは、後にシュレーさんから聞いた言葉。


それから俺は心を入れ替えて、彼女がこなす訓練をするようになった。


『貴方……剣を振るう時、僅かに重心がぶれている。そこを気をつけなさい』


そうしている内に、彼女は俺と模擬試合をする度に俺の動きに指摘をしてくれるようになった。

彼女の言う通りにすると、実際剣が振るい易くなった。


やがて俺は、彼女との模擬試合を率先してするようになった。

そうすることで、俺はもっと強くなれる……そう、思って。


ガゼル将軍のようだ……いつか、彼女のことをそう思うようになっていた。



……そんな訳で、彼女のことは決して忘れることができない存在なのだが……。

何故、彼女がここに?


俺以外も、疑問に思ったのだろう。

彼女が姿を現すと、ざわりと俄かに騒がしくなった。


……けれども、やがて自然とそれは静まる。

彼女が特別何かを言った訳ではない。

ただただ、彼女はその場に立っていただけだ。

けれどもその威風堂々とした姿に、雰囲気に、その場にいた誰もが呑まれていた。


「……この隊の指揮を任された、メルよ。初めましての人も、そうでない人もよろしくね」


ピンと糸を張ったような緊張感が場を包む中、彼女の声はその場に似つかわしくないほど柔らかで軽かった。


……けれども、次の瞬間。


「私たちが向かうのは、アルメリア公爵領。現在アルメリア公爵領は、正体不明の二個大隊に攻め入れられている状態。……これを迎え撃つのは、現在アルメリア公爵領警備隊のみ。数の上では、我々が加わっても圧倒的に不利」


彼女の声色は酷く厳かになり、その口調は重々しいものになった。


「けれども、私は皆と共にあれば奮迅の働きを以ってこれを覆すことができると信じている」


そう言いつつ、彼女は目の前に立つ護衛兵である俺たち一人一人と目を合わせる。


「……それは、盲信している訳でも過信している訳でもない。純然たる事実として、私はそう信じている」


ニコリと、彼女は笑った。

けれども、ゾワリ……と、心が震え上がる。


「ガゼル・ダズ・アンダーソンに牙を磨かれた猛者たちよ……恐ることはない。私が道を切り開いてみせよう。勝鬨をあげてみせよう。恐れずに私の後を、駆け抜けなさい。血の中で呼吸なさい。そして、死線の中の生を見出しなさい」


彼女は淡々と言葉を発していたけれども、その言葉には不思議な魔力が宿っているように皆が感じていた。

彼女の後ろに、まだ見ぬ戦場を見たような気さえする。

それは、俺だけでなかっただろう。


「……私たちは、決して倒れてはならない。私たちが倒れ、アルメリア公爵領が陥ちれば、次はアンダーソン侯爵領。皆の大切な者たちもまた、戦火の渦に巻き込まれるのだから」


生物としての本能……闘争心が、彼女のそれによって燃え上がる。

俺だけではなく、誰も彼もが彼女の色に、染まっていた。


「さあ……叩き潰し、心を折って見せよう。二度と我が国の地を荒らそうなどと、愚かな考えをしないように。恐れを以って、アンダーソン侯爵領の名を刻み込んでみせましょう」


思わず、俺は剣を掲げた。

俺だけでなく、その場にいた全員が、一斉に剣を掲げている。

それは、彼女が全員の心を掴み纏め上げた証左だった。


彼女は快心の笑みを浮かべ、その光景を見つめる。

けれども、それはほんの一瞬のことだった。

すぐさま彼女は皆に指示を出し、俺らを引き連れアルメリア公爵領へと馬に跨り駆け出した。

訓練を重ねた俺らですら追いつくのがやっとというほどの馬術を駆使し、彼女は猛然と駆け抜ける。


……やっぱり、ガゼル将軍のような人だな。

彼女の背を見ながら、そんなことを思った。







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[一言] 人を戰場に駆り立てる、間違いなく天賦の才だ
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