妹
本日六話目の投稿です
「……あの、良かったのでしょうか?」
殿下が室内からいなくなった後、私はレティシア様に声をかける。
「良かったとは、何かしら?」
「私がこの場にいて、です。どう考えても、私のような立ち位置の者に聞かせて良い話ではないでしょう」
私の問いに、レティシア様は苦笑いを浮かべた。
「確かに、そうね。でも、どうしても聴きたかったのですわ。あの離宮で初めて会ったときから、貴方の考えを。とても、興味深かったので」
彼女の答えに、内心私は首を傾げていた。
その様に、レティシア様はクスクスと吹き出すのを堪えるかのように笑う。
「先ほどの話、私が思っていた以上でしたわ。ありがとう、ベルン」
「礼は不要です。私は、ただ思っていたことを口にしただけですから。ですが……一つだけ、お聞きしてよろしいでしょうか?」
「何かしら」
「貴女様は本当に『王になりたい』から、王位を目指すのでしょうか?それともあの日離宮で言っていた通り『兄の重荷を代わりに背負いたい、肩を並べたい』から王位を目指すのでしょうか?」
その問いにレティシア様は、笑みを深めた。
「……兄の重荷を代わりに背負いたい、その思いがあることは事実ですわ。今まで私は兄に負んぶに抱っこで、苦労をかけましたから。守られてばかりというのは、私の矜持が許しませんの。ですが、ベルン。あの日あの時の貴方の言葉が、私に発破をかけたのですわよ?」
彼女の言葉に、私は驚いたようにほんの一瞬目を見開く。
「ずっと幼い頃よりモヤモヤと私の頭にあった国政やこの国の在り方に対する疑問や考えが、貴方の言葉で明確化されたのですわ。そしてそれを、私は絶体に変えたいとも。あの時、私は本当の意味で王位を目指す覚悟が定まったのです。だから、ベルン。私は私の意思と願いで王位を望んでいるのだわ」
「左様でございますか……」
「……だからね、ベルン。できれば貴方には共に歩んで欲しいのよ。貴方の考えは、私の考えている理想に近いのですから」
「私は、殿下の部下ですよ?」
「知っていますわよ。貴方とお兄様の始めのやり取りも」
レティシア様の言葉に、私はつい、バツの悪そうな顔を浮かべてしまう。
そして頭の中で、殿下と出会った日のことを思い浮かべていた。
……あの惨状を見た日、王宮で殿下に私は初めて会った。
『お前、エドワードのところに行かなくて良いのか?』
開口一番に、楽しげに問いかけた殿下。
『私は今の惨状を変えるために、ここに参りました。民の為、身を粉にして働く所存です』
それに対し、私は淡々と答えた。
殿下とエドワード様の兄弟の争いになど興味がないと言わんばかりに。
その意を、殿下は気づいたのだろう。
私のその答えに、大いに殿下は笑ったのだ。
『ほう、つまりはどちらでも良かったということか。お前はお前の理想のために、私を利用する……と』
その挙句、楽しげに呟く。
『良いだろう。存分に利用しろ。ただし、お前が使い者にならなくなったら、速攻首にする。……それだけの大口を叩いて見せたのだ。できぬとは言わせん。その代わり、お前も俺を監視し続けろ。私が民を蔑ろにしたら、速攻で見切ってくれて構わん』
『……お言葉、確と承りました。殿下が国と民のために在り続ける限り、私は殿下と同じ道を歩み続けましょう』
そんなやり取りがあって、私と殿下の主従関係は成立した。
「今もあの時の言葉を忘れたことはありません。あれは自分自身への誓いの言葉でした。だからこそ、私はここまで遮二無二やって来れたのです。……それはともかく、今のところ私には殿下の下を離れる理由はありません」
「先ほどの話、聞いていましたかしら? 私が王位を継いだのであれば、お兄様は自然と国政の第一線を離れますわ。その時、貴方には私と共に歩んで欲しいのですわ」
「……真実私にお伝えすることができるのは、例えどのような状態になったとしても、私の定めた軸は変わらないということです」
私の言葉に、けれどもレティシア様はニコリと笑った。
「そう。今はそれを聞けただけでも良しとしましょう。さて、ベルン。お兄様より既に指示は出ているかと思いますけれども……これより兄の代わりに私が中のことを取り仕切りますわ。まずは確認したいことが何点かありますので、私の書斎に来てくださいまし」
そうして、私たちもまたその場を離れていったのだった。




