貴族
本日五話目の投稿です
ふと、俺は彼の様子と先ほどからの彼の言葉に違和感を感じる。
「……待て。お前の今までの言葉は、真意の全てではないな?」
俺の問いに、けれども彼は全く動揺を見せない。
「一体何のことでしょうか? 私はレティシア様より、姉の婚約についての見解を問われ、答えたのみです」
ただただ、冷静に言葉を返すだけだった。
そんな反応が面白く、笑う。
……変われば変わるものだ、と。
かつての彼……ユーリの取り巻きと化していた時を遠くから見ていたからこそ、余計に。
「俺は悲しいぞ?ベルン。以前、俺たちは腹を割って話した中ではないか。腹心の部下にはぐらかされるようでは、俺はまだまだ主人として認められていないということか?」
俺とベルンは互いに互いをじっと見つめる。
その瞳の奥にある真意を読み取るように。
……やがて、折れたのはベルンの方だった。
「これは、あくまで私の私見です。戯言として、お聞き流しください」
その前置きに、俺は頷く。
彼のその反応を見てから、再びベルンは口を開いた。
「殿下。私は以前、貴方様にお伝えしました。『地獄を見てきた』と」
「ああ、そうだったな」
「その光景を創り出したのは、他ならぬ貴族です。殿下。かつての貴族は、民を纏め、そして守り、その責務を全うしたからこそ『貴族』足り得たのです。それが、時代の遷移と共に忘れられ、いつしか民たちを虐げる傲慢な重石に成り果てた結果なのです。殿下」
「そんなこと、分かっている。だからこそ、今回の件でそれらの貴族に対し苛烈な処罰を決したのではないか。以後、同じような貴族が出ぬようにと」
その問いに、ベルンは弱々しく微笑んだ。
「……私は先ほど申し上げました。貴族としての矜持は、時代の遷移と共に忘れられた、と。今回の件も、同じではないでしょうか?」
「……そうだな。お前の言う通りだ、ベルン。だからこそ、新たな体制を整えることが急務なのだ。この傷を忘れぬ内に、さらなる改革を以って」
「左様でございます。……ですが、殿下。『人の意識が変わらねば、結局のところ何も変わらない』とも、私は思うのです」
「……どういうことだ?」
「お答えする前に、殿下。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「貴族と民の違いは、何でしょうか?」
「随分と曖昧な問いだな。……表面的なところを言えば、財力権力と言ったところか。そしてそれに伴う生活の基盤の違いや価値観の違いか?」
「私も同意でございます。……そして、私はこうも思うのです。突き詰めて考えれば、それだけしかないのだと」
「……どういうことだ?」
「所詮、生まれ落ちた場所・環境による差異でしかないのです。本人の気質や才には何の関係もない。男と女についても、それは同じ。性別が異なるだけであって、本人のそれらとは関連性がない」
ベルンは、淡々と言葉を発していた。
まるで、自分と向き合い、自分の考えを改めて纏めているかのように。
「身分や性別の違いによって、生まれながらにレールが轢かれている……一見これは、効率的です。何せ、将来のことが生まれながらに決まっているのですから。当人は、その将来に向けて精進すれば良いだけのこと。ですが、決して才は生まれながらに与えられたものではないのです。領主の息子が、必ずしも領主としての資質がある訳ではない。商人の息子が必ずしも商才に恵まれているとは限らない。それでもその才を努力という力で埋めれば良いのですが……約束された未来を前に、一体どれだけの者がそうするのでしょうか? 勿論、努力をする者が全くいない、と申しはしませんが……」
ベルンの言葉に、俺は目を見開く。
彼の言葉の真意を、理解して。
それは、酷い暴論であった。
けれども、決して無視はできないもの。
「将来が始めから定められていては、成長の余地は少なく、また、本来得ていたかもしれない才ある有能な人材を知らず識らずに取りこぼしているのに他ならないのだと思います。どのような政のシステムを構築しようとも、閉ざされ限られた環境の中ではやがていつかは行き詰まるかと」
「……つまり、お前は身分制度……特に貴族という存在にすら疑念を抱いているということか?」
「あの地獄を作り上げたのは、貴族です。定められた将来に胡座をかいた者たちが多くなったが為に、起こったことなのだと私は思っています」
既存の身分制度を否定するような彼の言葉。
国を根底から覆すような、暴論だ。
「だが、ベルン。仮にお前の言う、『生まれや性別など関係なく本人の気質や才によって将来を定める』……簡潔に言えば、実力主義社会か……となったとしたら、今度は同じ道を目指す者たち同士による足の引っ張り合いが始まるのではないか?」
「ええ、仰る通りです。……その前に、私は貴族制度の全てを否定する訳ではありません。物事には良い面もあれば悪い面もあります。予め後継者が定まっていれば、無用な争いがないということや円滑な相続ができるという良い面があるのは事実です」
「……ならば、お前は何が言いたい?」
「『人の意識が変わらねば、結局のところ何も変わらない』ということです。殿下、先ほど私が申したことは暴論でしょう。……論ずることすら、されない。それが、問題なのです」
「どういうことだ」
「可能性すら、今の環境にはないのです。『そうあるべき』という考えに固執し、選択肢すらないのです。何故民は全く国政に携われないのでしょう? 何故、女性が社会進出することを阻まれるのでしょう? 姉も、同じです。彼女が男であれば、国は決して手放すことはしないでしょう。女だとて……彼女の力が有能なのは既にアルメリア公爵領を見れば分かること。海を隔てた国との婚姻による利益は計り知れませんが……それと比べても、姉をこの国から喪う損失の方大きいと個人的には思っているのです。けれどもこの国の者の常識が、それを許さない。女は家を守る『べき』、女は結婚し子を育てる方が良い『だろう』、『どうせ』誰かと婚姻を結ぶのであれば良い相手だ……そういう考えが前提としてあるからこそ、誰も異を唱えない。常識という枷に囚われて、国への損失は見なかったことにしているのです」
「……耳が痛いな。常識という枷に囚われている、か……」
「話は逸れましたが、レティシア様。先ほどの貴女様にの悔しくないかという問いの答えは、まさしくそれです。悔しいという感情すら、私には違和感を感じるのです。姉が長子であり、能力が優っているのは事実。姉よりも能力が劣っている現状には悔しさを感じますが、姉が女だからどうこうという感情は今の私にはありません。私の考えがそうである以上、私は姉に国内にアルメリア公爵領領主として残って欲しい」
レティシアは、ベルンの言葉に満面の笑みを浮かべた。
「お兄様。私がお伝えしたいことは、先にベルンが言った言葉通りですわ」
「……何?」
「まあ、お兄様。お忘れですか? 私は、王になりたいとお伝えしに来たのですよ」
その言葉に、ベルンが驚愕したように目を丸く見開いた。
「……この国の半分は、女性なのです。ですが、国政に携わる者は男ばかり……これでは政策は、一方的な視点にばかり偏ってしまいますわ。お祖母様が女王に就いていた頃ですら、結局のところお父様が継ぐまでのつなぎのような扱いだったようですし。だからこそ、私が女性初の王となって、新たな視点からの政策を取り入れさせていきたいのですわ。そしてこの国の民に可能性を得る機会を生み出し、新たな価値観を創出させてみせましょう」
レティは、ハッキリとした口調でディーンに告げる。
「先ほどもお伝えした通り、お兄様は既に大きな鉈で国の統治機構を滅多斬りにしましたわ。一度、壊した状態です。これより先は創り育てること。私が、それを行います。既に実務については、お兄様の仕事を肩代わりするだけでなく、各所にも手を回しております。私の実務能力は他でもない、お兄様がご存知でしょう?」
言い切った言葉に、俺は思いっきり笑った。
「ハハハッ……! まさか、お前の望みがそれだとは。全く気づかなかったぞ」
「ふふふ……上手くいった、というところでしょうか」
二人で、笑い合う。
「なるほど、なるほど。既に実務経験は呆けていた大臣よりもよほどあり、能力についても問題なし。後ろ盾兼相談役としてお祖母様がいらっしゃる。全くの夢物語ではないな。あとはアルフレッド王子とエドワード王子の身に何かあれば貴族たちもとやかく言えんだろう」
「そうですわね。ですから、クーデターですの。お兄様」
俺とレティの言葉に、不幸にもこの場にいることになってしまったベルンは改めて困惑したような表情を浮かべる。
「まさしく、そうだな。だが、レティ。お前の今の頭にあるそれは、所詮夢物語だぞ? やがて現実に直面し、否定され、それでもお前はその思いを現実社会に生み出し育て上げようというのか?」
「お兄様。理想が無いということは、それは目的地がなく彷徨うも同じです。王となれたのであれば、私は、どんなに否定されようとも、思うようにいかずとも、私だけは夢を見続けましょう。先を見据え続けましょう。荊の道のりなど、とっくに覚悟をして申しております」
その目は、真剣そのもの。覚悟の宿ったそれであった。
「……そこまで言うなら、レティ。俺があいつにしかけた最後の一手は分かるか?」
「ええ、勿論」
レティは、俺の耳元で二言三言、呟いた。
それに、俺は頷いて応える。
「というわけで、お兄様は安心して戦争に行って来てくださいまし。後始末はしておきますので」
「……妹に、そこまでは望んでないぞ。まあ……そこまで分かっているのなら、安心して北部に行けるとは思うが」
「ええ。何かございましても、すぐに対応いたしますので。お兄様は戦争に集中して下さい。……王都よりお兄様の武運をお祈り申し上げておりますわ」
鐘が鳴った。荘厳で重々しい、その音色。
それを聞いて、俺は立ち上がった。
「行ってくる」
「行ってらっしゃいまし」
「ご武運を、お祈り申し上げます」
そしてレティシアとベルンの視線を感じつつ、俺は部屋を後にした。




