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兄妹

本日三話目の投稿です

普段は優美な姿を誇る王宮内も、今や随分騒がしいものとなっていた。

あちらこちらで人が駆け巡り、そして至る所から怒号が飛んでいる。



優雅さを最も尊ぶ王侯貴族の者であれば、その殺伐とした雰囲気と緊張感に、眉間に皺を寄せて訝しむはずだ。もしくは、身をすくませるか。


「あら……お兄様、こんなところにいらしたのですね」


王宮内の喧騒を聞きつつ、書類に没頭していたら、レティが入って来た。


「レティか。よくここにいると分かったな」


「お兄様がいらっしゃりそうなところを、虱潰しだだけですわ」


「そうか……」


どうだ!と言わんばかりの口ぶりに、苦笑いが浮かぶ。


「……随分と騒がしいことになりましたわね」


「ああ、そうだな。全く……あいつにはしてやられたよ」


「それで、いつ出陣なさるので?」


先ほどまでの朗らかで軽い口ぶりはどこへやら……一転、彼女は真剣な声色で問いかける。

そんな唐突な問いに、俺は驚いて一瞬反応が遅れた。


「……何故、分かった?」


誤魔化すには、その一瞬の間が致命的だ……と彼は諦め、肯定するように逆に問い返す。


「会議に出れずとも、予想はつきますわ。此度のことは、人心が離れた故に起きたこと。だからこそ王族が直接そこに向かい、民に王族はかの地を捨て置かないということをアピールするべきです。それに、お兄様は国軍と騎士団双方を引き連れることができる唯一の方。国軍はディーンとして関係を築き上げたが故に、そして騎士団はその職務故にお兄様と共に行くでしょう。戦力を少しでも多く欲する今、お兄様ほど適任の人物はおりません。お兄様の身の安全を考えるとリスクは高いですが……さりとて、王族として実績を積み上げる場と考えれば得るものは大きい。そう考えると、お兄様ならば出陣なさると思ったのです」


「その通りだ。……それで? まさか、答え合わせをしに来た訳ではないだろう?」


「その前に、お兄様。お兄様の方こそ、何故こちらに?」


「……先ほど、アルメリア公爵令嬢より手紙が届いた」


「まあ……!」


僅かにその名に、彼女の顔色には喜色が浮かんだ。

けれども次の瞬間には、落ち着きを取り戻していた。


「アルメリア公爵領でも様々なことが起こっている様子。……援軍を、求めると?」


「そうだ。だが……残念ながら、今この状況では出せない」


「北部の切迫を考えると、そうですわね。ですが、それではアルメリア公爵領が……」


「彼女は予めそれを予測し、アンダーソン侯爵家より協力を得ることについて許可するようにと併せて要請があった」


俺の言葉に、ほう……とレティは感嘆の息を吐く。


「流石でございますわね、アイリス様は」


「ああ」


「……にしては、浮かないご様子ですが?」


「それは、お前が気にすることではない」


ピシャリと、その問いに答えることをしなかった。

それは、確かな拒絶。


……彼女の指摘が、的を射ていたからこそだった。

彼女……アイリスはアルメリア公爵領領主代行として、国軍の援軍要請と、それが叶わないのであればアンダーソン侯爵家より護衛兵が派遣されることを容認して欲しいと、淡々と記していた。

それ自体は至極真っ当で、形式としても問題ない。


とやかく言う貴族は後で出てくるかもしれないが、アルメリア公爵領の現状を考えれば致し方ないことである。

俺自身、全面的にそれは了承することを心に決めていた。


……そこまでは、問題ない。

問題は、最後のところだった。

最後はアルメリア公爵領領主代行から王に対してではなく、領主代行からそこで働いていた『ディーン』に対するものであった。


……決して、『ディーン』は動くなと。

アルメリア公爵領の問題は領地の人間が解決するべきことであり、だからこそ、自身たちで解決してみせる。

幾ら縁があるとはいえ、家業が大変なときにまで手助けは不要だと。

そう、ディーンに対しての言葉が最後に綴られていたのだ。


何を馬鹿なことを……と読み飛ばすことは、決してできなかった。

事実、最後のその文面を読むまで、俺は自分が如何にして動くのかを考えていたのだから。

……それも『ディーン』として。


このような状況下だというのに、冷静に考えれば北部に行かねばならないと分かりきっているのに、それでもどうにかしてアルメリア公爵領に行くことはできないかと。

そう、考えてしまっていたのだ。


冷静な部分で、王としてすべき行動が思い浮かぶ。

けれども一方で、アイリスを救わんとする衝動が自身の心の奥底で蠢き、それが表に出ることを今か今かと狙っていた。

自身のその心の有り様に戸惑い、そしてもどかしい。


「……お答えいただかないのであれば、仕方ありませんわね。それで、お兄様を訪ねた理由でしたっけ」


レティの言葉が、俺を思考の渦の中から現実へと引き戻す。


「お兄様。私、クーデターを起こそうと思いまして。その相談で参りましたの」


「……は?」


突拍子も無いレティの言葉に唖然とした。

歴史を紐解けば……否、紐解かずともつい最近起こったことだが……王位継承権を巡って、兄弟間の血みどろな争いが起こってきた。

けれども一体どこの誰が、クーデターを起こすと、身一つで相手方に相談しただろうか。


「……一体、何の冗談だ?」


俺の問いかけは至極真っ当なものだろう。


「冗談ではありませんわ。ずっと、夢見てきたことですの」


にこやかに笑う姿は、酷く愛らしい。口から出ている言葉は、過激どころの話ではないのだか。


「私は、ずっとお兄様に守られて生きてきましたわ。私が今こうして健やかに有るのは、お兄様のおかげでしょう」


歌うように、レティは囁く。


「……だからこそ、お兄様。いつしか私は夢を見るようになりましたの。お兄様のお役に立ちたい、と。お兄様が背負ってきた重荷を、私が肩代わりしたいと」


その言葉と先ほどの言葉が、どうつながるのか……誰もが首を傾げるだろう。


「正直にお答えくださいまし。お兄様にとって、王位など重荷でしかなく、本当はどうでも良いのではないのですか?」


「馬鹿なことを。ならば何故、私は今こうしてここに座っているんだ」


「だって、お兄様。お兄様と私が生き残るには、王位に就くしかなかったでしょう? あの兄が……いいえ、それ以上にエルリアが、お兄様に王位を譲らせて臣籍降下させるだけで満足するはずがないですもの」


それは、奇しくも俺の考えと一致していた。

だからこそ、一瞬俺は口を閉ざす。


「………だとしても。私は、ここに座る未来しか、描いてこなかった」


「嘘ですわ」


クスクス、とレティは笑って断言をした。


「お兄様の望みとは異なるでしょう? だって、お兄様……アルメリア公爵領でお仕事をなさっていた時は、随分楽しそうになさっていましたよ?今だとて、お兄様は次期王としての立場と自身の望みを天秤にかけていらっしゃるのでは?」


そう言った後、レティの表情がにこやかなものから、真剣なものへと変わる。


「お兄様。お兄様はこのまま王位についても優秀な王となるでしょう。国を動かす歯車として、良い働きをするかと。……ですが、適格と最適は異なります」


「……私は、最良の働きができないと?」


「ええ。彼女を失って、心を凍らせるのであれば」


彼女の言葉に、俺はつい冷笑した。


「……心だと? それが、王にとって最も求められる資質だと言うのか?」


彼の問いかけに、彼女は応えない。

ただただ、ジッと見つめ返すだけであった。


「父を、忘れたのか? 母を亡くし、全てを投げやった父を」


「私は物心ついてから、お会いしたことがないので話だけですが」


そう答えたレティに、俺は苦笑する。


「何も心が全てとは申しませんわ。時に冷徹に判断を下す必要だとてあることも、重々承知しております。ですが、心……それは人が人に付き従う一つのファクターです。人が人に付き従うのに、最後にモノを言うのは人間性だと思いますの。優秀さを出せば出すほど、それが上手くいかなくなったときに人心はあっという間に離れていくでしょうし……逆に上手くいき過ぎても、人は隔絶されたように感じて恐れを抱くものです。既に今、この国は大きな鉈でこれまでの体制を切り裂き構築し始めました。力を、存分に見せています。ここから先は、いかに人心を纏めるか……お兄様の構想が実現するには、そこにかかってくるかと」


「……なるほど、な。参考にさせてもらおう」


話は終わりだと言わんばかりに、俺はそう言って立ち上がろうとする。


「お兄様……! 最後まで話を聞いてくださいまし!」


「私とて兄の矜持がある。お前に独り重荷を背負い進ませるようなことを許すと思ったのか?」


「……独りじゃありませんわ」


「何?」


「あ、いえ……。まだ、そうなれば良いなぐらいですが」


照れを隠すように狼狽している彼女に、俺は伺うように彼女を見つめる。


「それはともかく、私は王になりたい。例え独りであろうと、進む先が荊の道であろうと……私は、私の理想のために」


ちょうどそのタイミングで、ノック音が扉から聞こえてきた。

入れ、という言葉で入室したのは、ベルンだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] やはりディーンは妹に冠を譲って臣籍降下するのか、アイリスと結ばれるにはなんとなくそれが一番だろうと思ってた。
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