勃発
「今、込み入っているの。それは、火急の用件?」
「は、はい……!東部で、暴動が起きました!」
思いもよらなかった言葉に、今度こそ短くない間、頭の中が真っ白になった。
暴動……非現実的な、言葉だった。
単語としては知っていても、その意味を理解することができない。
まるで、他人事のように頭の中に響いてしまう。
何故、何故……。
頭の中で疑問が浮かび上がっては、ぐるぐると回る。
いくら考えても、その原因が思い当たらない。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ターニャが、心配げに私の顔を覗き込んできた。
彼女の顔色も、悪い。
そんな彼女を見ていると、僅かばかり残っていた理性が『落ち着け、落ち着け……!』と、私自身に命令するような勢いで叱咤した。
浅く息を繰り返していくうちに、チカチカとしていた視界が正常に戻り、徐々に周りの景色が見えるようになった。
「……大丈夫よ、ターニャ」
私が倒れ飲み込まれてしまえば、私の周りにいる者たちも溺れてしまうのだ。
こんなところで、躓く訳にはいかない。
そう、自分に言い聞かせる。
「……今すぐライルとセバスを呼んできてちょうだい! すぐに会議を始めるわ!」
「は、はい! 畏まりました」
ターニャが珍しく駆け足で、部屋を飛び出していく。
「貴方は場が整うまで、仔細の報告をしてちょうだい」
「は……はい!」
ライルとセバスはターニャからある程度話を聞いてきたのか、僅かに表情を強張らせていた。
「この場に呼んだ用件は、ターニャから聞いているわね?」
「はい……ですが、何が何やら事態がよく分かりませぬ……」
セバスが困惑げに言ったその言葉に、私は激しく同意する。
「それは、私もよ。仔細の詳細を確認したけれども、分かっているのは被害の規模のみ。敵の正体もその目的も分かっていないわ」
私はその言葉と共に、自身を落ち着かせるように溜息を吐いた。
「それで、お嬢様。被害の規模は?」
「警備隊への強襲と同時に、役場を強襲。現在役場を占拠しているそうよ。被害は分かっているだけで死者十余名。重軽傷者多数。領官・警備隊そして民からも出ていると」
唇を噛み締め、そして震える手を握り締める。
僅かに、口の中に鉄の味が広がっていた。
その痛みと味が、これが現実なのだと私にその事実を突きつける。
「お嬢様……」
俯いた私を慮ってか、セバスが悲痛そうな声色で私に声をかけた。
……けれども、私は嘆き悲しんで震えているのではない。
彼らに説明しているうちに混乱から抜け出して、表に現れた感情。
「本当に、巫山戯たことをしてくれるわよね……」
それは、怒りだった。
怒り故に、私の身体は震えている。
……仮に私の政策に不満があるというのであれば、私を狙えば良い。
何らか目的があるのであれば、それを声に出して言えば良い。
話し合いも何もなく、怒りに身を任せ、何ら罪もない民たちが被害に遭ったのだ。
それは即ち、私にとって敵以外の何者でもない。
私の怒りに飲まれたのか、三人は驚いたような表情を浮かべていた。
「敵の規模は?」
その中で一番に我に返ったらしいライルが、問いかけてくる。
「目撃情報によると、百名ほどらしいわ。……生き残った警備隊によると、随分と組織だって動いていたようなのよ。単なる暴徒とは思えないほど……と」
「確かに、警備隊の練度から言って烏合の衆に簡単にやられるとは思えません。元々計画を立てていたのか、それとも背後に何かがあるのか……」
「……そもそも、その百名はどのようにして集まっていたのでしょう?」
ふと思いついたように、ターニャが口を挟む。
私たちの視線を感じたのか、彼女は慌てたように更に口を開いた。
「も、申し訳ございません。ですが、少々気になりまして……。百名もの人間が組織だって動くとしたら、打ち合わせ等何度か集まる必要があった筈。それに、装備する武器を置いておく場所も必要かと思いまして」
彼女の言葉に、頭を鈍器で殴られたような心地がした。
「……それだわ」
「は……?」
唐突な私の言葉に、三人は一様に疑問符を頭の上に乗せていた。
「あの拠点に集まっていた者たちよ。工部が報告してきた、不法占拠者たち。彼らはこの日のために、あの場を使っていたのだわ。……幾つかの拠点には、地下の下水道に簡単に行き着く道もある。それを利用すれば、どこにでも簡単に姿を現わすことができるもの……」
私のそれは、憶測の域を出ない。
無理矢理点と点を繋ぎ合わせたようなものだ。
けれども、辻褄は合う。
ずっと、違和感が纏わりついていた。
あのグラウスがトップにいるボルディックファミリーが、あの地を不法占拠する必要はない。
接収するまでの経緯を考えると、それは尚更だ。
ならば、ボルディックファミリーでまたもや内部分裂したのか。
可能性としてはなくはないが、考え難い。
よしんばそうだとして、あの地を不法占拠すれば事が露呈する可能性が高まるだけなのだから。
「……話を聞いている限り、ますます単なる暴徒には思えませんね」
「私もそう思うわ。随分長いこと計画をしていて、まるでこの時を狙っていたかのよう……」
旧モンロー伯爵領の防衛陣を突破されたこの瞬間を狙っていたとしか思えない、この絶妙なタイミング。
そして、役場と警備隊を抑える鮮やかな手口。
ふと、この屋敷内にしては珍しくパタパタと走る足音が聞こえたかと思ったら、扉が開いて見覚えのない女性が現れる。
「ターニャさん、申し訳ございません。報告がございまして」
「一体どうしたのですか? 今は大切な会議の途中ですよ」
「重々承知しています。ですが……」
コソコソ、と彼女はターニャの耳元に口を寄せると何やら話し始めた。
「……何ですって?」
「確認いたしました。併せて部下からの報告ですが……」
ターニャが彼女と話し込んでいる間、私は各地にいる警備隊の人員構成を確認していた。
それから、彼らが東部に赴き到着するまでの日数を計算する。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「話は終わったのかしら?」
「申し訳ございません。ディダからの報告がございました」
「そう。それで……?」
「グラウスに確認をとったところ、やはりその不法占拠をしている者たちは彼の預かり知らぬ者たちだそうです。念のため、ボルティックファミリーに留まり暫く彼らの動きを確認するとのことですが……ボルディックファミリーも先の内紛によって逆に統制が強まったとのことで、裏切り者が出た可能性も少ないかと」
「なるほどね……。じゃあ、彼らは一体何者なのかしら」
「それと部下たちからの報告です。現地の者たちの判断で、不法占拠者たちを調べるために役場に潜入し調査に当たったそうです」
「良い判断ね。……それで、何か分かった?」
「敵の人員配置等は、後ほどライルにこの者から伝えさせます」
「よろしく頼む」
ライルの言葉に、後から入って来た女性は力強く頷く。
「それと、お嬢様の先ほどの推測と同じく調査に当たった部下たちも、不法占拠をしていた者たちと、現在役場にいる者たちは同一の集団だと結論づけています」
「その、根拠は?」
「彼らは、時折タスメリア王国の言語以外の言葉を喋るようです。また、タスメリア語も独特の訛りがあるのだとか。偶然の一致にしては出来過ぎかと」
ターニャの言葉に、僅かに私たちの顔が強張る。
背後に何かあるのだと仮定していたが……他国の手引きというのが濃厚ということか。
「……その、言語とは?」
「……アカシア王国のものです」
一瞬、この場に重い沈黙の帳が下りた。
何か言葉を口にしようにも、その事実に誰もが口を開かない。
口は硬直しているのに対し、身体は彼女の言葉に僅かに震えていた。




