街での収穫
男の1人が手を伸ばした瞬間、私を庇うようにターニャが間に入った。その様子が、私の目にはまるでスローモーションのように映る。
「……それ以上、近づくな」
いつの間に出したのか、ターニャの手には小型のナイフがあった。そのナイフは男の首元に添えられている。薄皮一枚のところで止まっているらしく、男の首元からはツウと紅い血が垂れていた。
「な、何だよお前は……」
突然の事態に、男たちは若干驚いたようだった。けれどもやがて立ち直ったのか、雇い主は鼻で笑う。
「おや、暴力は良くないと言いながら、貴方達は暴力で訴えるのですか」
「貴方達が強硬な態度だからですわ。暴力には暴力で応える。それだけのことです」
いや、本当はそんなこと全く思ってなかった…ようは、咄嗟の言い訳だ。ターニャ、我慢できなかったのね。けれども助かったのだから、感謝。
さて、どうしたものか。ここで身分を明かして、始末させるのは簡単。でも欲を言うのなら警備隊に捕まえて欲しいのだけれども。治安維持の為に働いている、機能しているという良いアピールになる。今後同じような輩が出ないよう、彼らという存在ができれば抑止力になって欲しいもの。あくまで、ウチの護衛ではなくて市民を守る為の警備隊がその抑止力になることに、意味があるし。
「大丈夫かー?」
絶妙なタイミングで、お祖父様登場。新手に…しかもお祖父様という腕っ節の強そうな男の登場に、男たちのムードが段々諦めムードになってきた。
「……っ。行くぞ」
ついに雇い主は決意すると、2人の男を引き連れて去って行った。
「……お嬢様!!何故、あんな危ない真似をなさったのですか!」
「あらあら、ターニャ。お嬢様って呼ばないでって」
「そんなこと言ってる場合ではないでしょう!私、肝が冷えましたよ。ガゼル様がお止めにならなければ、すぐにでも出て行きましたものを…」
「だって貴方、私がここに出る前から怒ってたでしょう?」
「お嬢様を危険な目に合わせたのです。当たり前でしょう」
「そんな怒って…冷静に話し合いなんてできなかったでしょうが。お祖父様は出ただけで威圧感ありますから、余計に話が抉れそうだったし…そうしたら、あの場で出て行くのは私が1番適任だったかなって」
「……ですが……っ」
「私の掲げた目標は、初めに会議で話した通りよ。ここの子供達も、私の守るべき民達。ならば、私は動くことを厭わない」
強くそう言ったら、納得はしていない様子だったけれども、ターニャはようやく黙った。
「ここのことは、帰ってから議題に挙げるわ。個人的ではなく、領として行っていくべきことだもの。……さ、そろそろ帰りましょう」
それから、大変恐縮していたミナと元気を取り戻した子供達に別れを告げて再び歩き始めた。
「……アリス」
メインストリートまで、もう少しといったところでお祖父様が突然名前を呼んだ。
「どうしましたか?お祖父様」
「走れ。…ターニャ、分かっているな」
「勿論です」
するとターニャは委細承知と言わんばかりに、私の手を握り動き出した。
「ちょ、ターニャ!!」
「アリス様、黙って走ってください」
ターニャに連れられてメインストリートに出ると、そのまま街の警備隊の詰所に行った。
「助けてください!」
事態がよく分からない私は、頭の上にハテナマークを飛ばしながらターニャのやり取りを見守る。
「どうされましたか?」
「あっちで、男たちに襲われて……たまたま通りがかった人に助けられたんですけど……でも、多勢に無勢であのおじさんが大丈夫か心配でして……」
普段からあんまり表情に変化のないターニャだけど、それが今は余程怖かったんだなって思わせる効果がある。……っていうか、男たちに襲われてってまさかお祖父様……。
「それは大変だ!すぐに行こう」
警備隊の人たちは3人出てくれて、私たちについて来てくれる。……とはいえ、3人揃っててもお祖父様の方が断然強そうな気がする…とは思いつつ共に行った。ターニャと私も付いていく。ターニャは案内として必要だし、私は離さないと無言の圧力を繋いだ手から感じるしね。……詰所なら1人でいても大丈夫だと思うんだけどなあ。
そして、先ほどのところに戻ってみたら……十数人の男たちが倒れていた。一瞬死んでいるのかと思ったけど、単純に気絶しているみたい。
お祖父様は、その倒れている男たちの真ん中でのんびり手持ち無沙汰そうに立っていた。…っていうか、この数をあんな一瞬でって…お祖父様、流石です。
「あ、貴方は……お疲れ様です」
見事な敬礼。そういや、昨日と今朝で領都にいる警備隊全員に訓練を施しているから、お祖父様の顔は分かるか。
「うむ。今日1日知り合いの嬢ちゃん達の護衛を頼まれていてなあ。まあ何でか分からんが突然襲われて、ちとやっちまったわ」
なるほど…私たちはあくまで他人で通すのね。確かにお祖父様は顔を出しているけれども、私が領主代行にして公爵令嬢って知っているのはアズータ商会の開発部と一部の領官のみだものね。
「ご協力、感謝致します。こいつらは、私どもが引き取らせていただきますので」
「では儂は退散させてもらおうか。嬢ちゃん達を送るからな」
「畏まりました」
…そこからは、特に何事もなく公爵家に戻った。因みに襲ってきたのは、やっぱりあの雇い主の一派だった。あの場で退散したのはただ仲間を呼ぶ為だけだったみたい。人身売買に手を染めていたということで、即刻逮捕。人身売買はウチの領では禁止されているからね。これは私が提案した訳でもなく、昔からウチの領にあった決まりなので、特に詮議はなし。
それより、家に帰ってからライルとディダにそれはもう怒られたわ。お祖父様は後ろで笑ってたし。…けれども、今後も定期的に街には出ようと思う。楽しいし、何より沢山収穫があったもの。その1つとして、絵本の商売を始めてみた。あとは、子供向けの童話とかね。院にも、商品をプレゼント。そしてその収益で新しく領主体で院を設立。今後も絵本の商売で得た収益は院への寄付を行うこととした。…勿論、私の仕事が増えたのは言うまでもないが、今まで以上に自分の目的が確りしたので充実感を感じる。
私のやっている事には、正解も不正解もない。…けれども、私には力がある。あの小さな子供達を守る助けができる。否、もっと沢山の人達の手助けができる。ならば、私は信じて進むだけだのだ。そう思ったら、迷いも吹っ切れた気がして仕事に精が出る。…さて、今日も仕事を頑張りますか。




