出立
「……んじゃ、後はヨロシクな」
ライルへ全ての引き継ぎを完了させ、俺は屋敷を出ようと出入り口に近づく。
姫様から指示があってから、僅か一刻ほどで全てを恙無く整えていた。
「ああ。お嬢様のことは任せろ」
ライルが力強く頷きながら応えた。その反応とその言葉……何より相手がライルだということで、安心する。
「ライルなら、安心だ。……じゃ、またな」
彼の進む道の先には、使用人が普段使用する、表のそれよりこじんまりとした門があった。
そこへ近づいていくうちに、ふと、門前に人が一人立っていることに気がつく。
……そこにいたのは、ターニャだった。
「何だあ? わざわざ見送りに来てくれたのか?」
茶化すように言った言葉に、けれども彼女は応えない。
ただただ、ジッと彼を観察するかのように真剣な眼差しで見てくるばかりだ。
彼は彼女の反応に溜息を一つこぼすと、足を動かし始めた。
「……行ってくる」
気持ちを切り替えて真面目な声色で、彼女に伝える。
「……待ちなさい」
すれ違いざま、彼女は俺を引き止めた。
「私の部下たちは、既に先んじて東部に向かったわ」
「ああ、聞いているよ」
彼女にしては珍しく言い難そうに、一瞬顔を顰める。
「……。今回の件、お嬢様も随分気にかけていらっしゃっていたけれども……正直、私もきな臭く感じる」
「……へえ」
本当に、珍しい。
ターニャが確証もなく、そのように言うことは。
けれども、きな臭いと感じることについては同意だ。
姫様に対して随分渋ったが、俺だとてあの後冷静に考えてみればおかしいと感じていたのだ。
「お前が感じるっことは、何かが起こる前兆なのか?」
「確かなことは、分からない。でも、貴方も違和感を感じるでしょう?」
「そりゃあなあ。場所が場所なだけに」
「……貴方とは別行動だけれども、一応これは持って行って。私の部下たちと接触できる場所と、接触のためのキィ・ワード。彼らには、貴方のことを伝えてある。有事には、指揮下に入るようにとも」
彼女は俺の前に、紙切れを差し出した。
「恩にきる。貰っとくよ」
「べ、別に……貴方のためじゃないから。お嬢様の期待に沿うためよ。……貴方も、ちゃんと帰ってきなさい」
突き放したような、言葉。けれども、俺は笑った。
『帰ってくる』……彼女のその言葉に込められた、様々な意味を読み取って。
「ああ。せいぜい、気張っていくよ」
そうして俺は屋敷を出て行った。




