困惑
本日投稿五話目です
「……ん?」
朝早くから仕事をしていた最中、一つの書類が気になって手を止める。
「どうかされましたか?」
脇に控えていたターニャが、すぐさま反応した。
「工部の誰かに確認してきてちょうだい。どうしてこれらの物件が取り壊しできていないかを」
「はい、畏まりました」
疑問に思ったのは、東部の物件の取り壊しについて。
先の東部のボルディックファミリーの騒動の後、離反者たちが根城としていた拠点を領で接収し、取り壊すことになったのだ。
一応ボルディックファミリーにも確認したのだけれども、『迷惑料だ』とのことでグラウスが丸々幾つかのそれの権利を放棄した。
とはいえ、その地をどう活用しようか……と、そのまましばらく保留になっていた。
その後インフラ整備の計画を大幅に見直すことになった際に、その地にある建物を全て一旦取り壊して土地を活用する方向に決まったのだけれども。
今見たら、全くその工事が進んでなかった。
むしろ、着手すらされていない。
正直ここのところそれどころではなくて、ついつい後回しにしていた結果、今になって気づくという何とも情けない話だ。……今も全くインフラに手を回している余裕はないのだけれども。それでも、気づいたからには理由を確認しておきたいところ。
「……失礼致します。先ほどお嬢様がご質問された件で、参りました」
ターニャが呼んで来てくれた、工部の領官が入ってきた。
「ありがとう。……それで、ここの取り壊しが進んでいないのは何故かしら?」
「はい。それが……何やら、その地に人の出入りがあるとのことで、工事が滞っているとのことです」
「人の出入り?」
「はい。工事の者がどこの者か確認したところ、ボルディックファミリーだと名乗ったそうで……」
「そんな筈はないわ。あそこの土地は所有者なしということで、領が接収しているのだけれども?」
「とはいえ、工事の者たちにその確認はできないですし。むしろボルディックファミリーとことを構えたくないとのことでそのままにしていたようです」
「なるほど……」
後でグラウスに確認を取ってみようと、私は心の中で結論づける。
「分かったわ。ありがとう。追って、指示を出すわ」
工部の領官が去った後、私は溜息を吐いた。
……妙に、この件のことが気になる。
今の状況を考えれば、限りなく優先順位は低い。
だというのに、『このまま放置をしていてはいけない』と頭の中で警鐘が鳴っていた。
「ターニャ。ディダを呼んできてちょうだい」
「畏まりました」
彼女の背を見送りながら、私は考えに没頭する。
既に、ボルディックファミリーとは何ら関係ない場所に出入りをする、自称ボルディックファミリーの面々。仮にボルディックファミリーの者だとしたら、グラウスは一体何を考えているのやら……。
けれどもあの日あの時出会ったグラウスという男は、決して交わした約定を違わない者だという印象だった。自分の勘を信じるとして、ならばそれがグラウスの指示でないとするのならば、ボルディックファミリーからまたもや離反者が現れているということか。
そもそもで、ボルディックファミリーとは何ら関係の者たちだとすれば。一体、彼らは何が目的でそこに出入りをしているのだというのか。
……嫌な予感がする。
ただでさえ国内が緊迫しているというのに、更に領地内でのごたつきが起こるのは御免だ。
「失礼するぜ、姫様」
「忙しい中よく来てくれたわね、ディダ」
「姫様に呼ばれれば、そりゃあな。それで、どうしたよ?」
一瞬、彼に指示を出して本当に良いのか悩む。
彼は、優秀な人材だ。この状況下だからこそ、なるべくそばにいて欲しい。
けれども……もしもこれが何らかの予兆で、それを見逃していたために、大変な時に更なる問題ごとが発生することを防ぎたい。
「……ターニャの部下と共に東部に行って、この件を調べてきて欲しいのよ」
メリットデメリットをそれぞれ天秤にかけ、結局私は指示を出すことに決めた。
「……こんな状況下で、か?」
ディダが鋭い視線で私に問いかける。
やっぱりそう思うよなあ……と、内心苦笑いをした。
「ええ。頭の中で、警鐘が鳴っているの。早く、背後関係を調べた方が良いと」
「……だがよお、姫様。さっきも言った通り、今のこの状況下だぞ?姫様の護衛としちゃ、一刻も姫様から離れたくないんだが?」
いつも通りの軽口だけれども、目は全く笑っていない。私もまた、そんな彼に対して向ける視線を鋭くさせる。
「各拠点の調べはターニャの部下たちに行わせるから、それほど時間はかからないわ。ただ、グラウスと接触してその真意を確認するのに、貴方ほどの適任はいないのよ。だから、お願い。私の目となり口となって来てちょうだい。……それに、私の危機を未然に防ぐのも護衛の仕事でしょう?」
互いに、暫く無言で見つめあった。重い空気が、部屋を包む。
けれども、それはすぐに終わりを告げた。
彼が重く長いため息を吐き出したことが、キッカケで。
「……参った。そこまで言われちゃ、逆らえないな」
「ディダ……」
「だけど、俺で良いのか? 俺は、一度……」
先の東部の騒動のときに、敵に捕まったことを気にしているのだろうか。伏せ目がちの瞳には、僅かに陰りが映っていた。
まだ気にしていたのか……と、笑みがこぼれる。私は、彼のことについては心配なんて全くしていない。
何故なら……。
「同じ轍は踏まないでしょう?」
そう、私は信じているからだ。
私の問いかけに、『敵わないなあ』と呟いてディダもまた笑う。
「分かりました。今度こそキチッと仕事をやり遂げてみせますよ」
「ええ。よろしくね、ディダ」




