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決意

本日投稿四話目です。

「タスメリア王国は、メッシー男爵及びガゼル将軍が奮闘している模様。ですが、どうやらあちらの数が多いのだとか……」


「お祖父様は確か、速度を重視して少数で行ったのよね。後から第二陣が出陣すると聞いているけれども?」


「その通りでございます。奥様に伺ったのですか?」


「ええ」


「左様でございますか。既に、第二陣は出立致しました。速度を勘案すると、あと一・二日で到着するかと」


「それは良かったわ。いくらお祖父様がお強いとはいえ、数の優位性は無視できないもの」


「……これは、内々の話ですが。どうやらトワイル国はこの度兵士だけではなく一般の者まで戦線に参加しているのだとか」


「……一般の民が?でも、訓練もされていないような方たちが戦場に立ったところで何もできないと思うけれども?」


「ええ、仰る通りです。事実、こちら側が数で劣勢に立っているものの、戦局は一進一退のようですから。ただ、彼らの戦意は非常に高いようで……この均衡が、いつまで保つか……」


「……民の戦意が、高い?」


てっきり無理矢理徴収されたのかと思いきや……けれどもそれでは、戦意が高いことはおかしい。


「ええ。昨年、トワイル国では飢饉が起きたようでして」


「……そういえば、そんな話があったわね。なるほど、なるほど……。さしずめ背水の陣というところかしら」


食糧が無く、先がろくに見えぬまま諸共に衰弱して死ぬか。

大切な人に豊かな地を奪ってでも得るために……希望を遺すために戦争に参加して死ぬか。

引いても地獄、進んでも地獄。

そんな選択を強いられたのではないか。


「考えすぎでしょうけど……ディヴァンが偶発的に起きた飢饉を最大限に利用した形なのかもしれないわね」


そんな気がしてならない。

いずれにせよ残されているものが死という選択なのであれば、人は僅かな希望に縋るもの。または、意義を見出そうとするもの。


「まさか、それは……」


「あくまで、私の想像よ」


「ですが、アイリス様。わざわざ自ら退路を断って、より困難な状況に貶めるなど……」


「……果たして、そうかしら?ねえ、ターニャ。貴女は切迫詰まった状況下で、人の理性はどこまで保つと思う?」


「は……」


私の唐突な問いに、ターニャは言葉を詰まらせる。


「痩せた大地、先の戦争の負債による財政の圧迫。地道に開墾してその結果が実るのは、果たしてどれほど先になることか……。貧困、飢餓、それらによって巻き起こる治安の悪化。不満と不安が蔓延る中で、どれだけ人は耐え忍ぶことができるのかしら……と」


すぐ隣には、甘い果実ならぬ豊かな土地が広がるタスメリア王国。

『何故自分たちの国は……』だとか、『何故、こんなに不平等なのか……』と嫉妬し、更なる不安と不満が蓄積されてもおかしくない。


「そういった不満ぶつける矛先を、自分たちから逸らすために、かの国の上層部は戦争を利用したのかもしれないわね」


「……つまり、民が争いを望んだ結果だと?」


「世の流れというのは、大河と同じ。水滴一つ一つ異なる方向を行こうとしても、大きな流れに逆らうことはできない。それと、同じ。戦争を忌避する心があろうとも、世論という大きな流れに抗うことはできず、いつの間にか同じ方向を向き、『それしかない』『その方法しかない』と、それまでの考えが塗り替えられたのではないかしら」


前世の世界で、それは証明されているではないか。

不満が渦巻く中では、人々は現状を打破しようとするモノに熱狂すると。

数多の場所で、数多の時、そのような事象が起きたではないか。


「特に、それを利用しようと煽った者たちがいるのであれば……。煽られ、煽られ、決壊した河のように濁流となって、行きつく先まで行くしかない。早々に煽った者たちもコントロールすることができなくなるかもしれないわね」


不満をぶつける矛先を変えるべく動いたのか、それとも純粋に先の戦の雪辱を果たそうとしたのか。

煽った者たちが、どちらを起点として動き出したのかは今となっては分からない。

それは、私が敵方だからというだけでなく、最早彼らにとってもそうではないのだろうか。

いつの間にか手段が目的となり、ただただ勝つことだけに妄執して。

それ以外の道を全て塞いだ状態なのではないだろうか。


「……話は逸れてしまったけれども。お祖父様がたもやり難いでしょうね。職業軍人ならばともかく、相手が民だとは」


「ええ。ですが、師匠たちならばすぐにでも割り切るでしょう。戦うしかないと」


「そう、ね。……ターニャ、報告ありがとう。引き続き、何かあったらすぐに私に知らせてちょうだい」


「畏まりました」


私はターニャが去った後、再び窓辺に近づく。

今度は座らずに、立ったまま景色と自らの掌を交互に見つめた。


……始まった。戦争が。

強大で凶悪な濁流は、果たしてどこまで行くのだろうか。

そして、行きつく先はどこだろうか。


私は外の景色と自身の掌を交互に眺める。

……決して、流されてはならない。

決して、呑み込まれてはならない。

私が折れた時、道を踏み外した時、溺れるのは私だけではないのだから。

私は自身の覚悟を改めて見つめるように、暫くじっとその場に佇んでいた。

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