謀 弐
本日投稿二話目です。
「そういえば、ついに秘密のベールに包まれていたアルフレッド第一王子が現れましたな」
「そうだな。もう少し下の王子らが荒らしてくれるかと思いきや……なんともまあ、お粗末な結果であったな。すぐに死なぬようにと、せっかく第二王子らにそれとなく護衛と監視をつけていたというのに……」
「それだけ、第一王子が良き御人なのやもしれせんなあ」
「全てが終わったら、一度会ってみるのも一興か」
サイドテーブルに置いた杯に、爺はコーヒーを注ぐ。そこから、香ばしい香りが辺りに広がっていた。
「しかし、解せませぬ。先日アルメリア公爵領を出るときにはどちらに転ぶか分からぬと仰っていたと爺めは記憶しておりますが……」
「タスメリア王国がトワイル国に敗北したら、幾らあいつらでも勝つだろう。一公爵家が二国家を相手には流石に持ち堪えられんだろう。とはいえ、良いか、爺。俺は今回の戦は勝とうが負けようが正直どちらでも良い。ただ俺の望みを叶えるためには、奴らが邪魔なのだ。そして奴らと同じく、この国の未来に残しておけぬ者たちも俺は行かせるよう仕向けた」
ついつい楽しくなって、笑みが浮かぶ。
「奴らがこの国にいない時が長ければ長いほど、事は上手く運ぶ。私が国を手中に収めるための、な」
「ですが負けてしまえば、資金的に損害を被るのでは?」
「いや、『侵略行為を行なった者たち』にその責を負って貰えば良かろう。欲深いあいつらは、随分溜め込んでいるらしいからな」
「左様ですか」
「だが、奴らだけでは簡単に負けてしまうだろう。あまり早く決着がついて、生き残った奴らが早々に戻って来られてもこまる。だから、少しだけ小細工をさせてもらったんだ」
「ほう……カァディル様の小細工ですか。それはまた……」
仔細を聞く前から、爺は既に苦笑いを浮かべていた。
不快とまでは言わないが、爺のその反応は無言で咎められているような心地がして居心地が悪い。
「なんだ、爺」
「いえいえ。今後のアイリス様の苦労を偲んでおったのです」
「……何を言う。我が未来の愛しの妻は、このようなことで潰れるほど柔ではないであろう」
俺の言葉に、一瞬爺は唖然としていた。
俺からすれば、その爺の反応こそが意外なのだが。
「愛しいと、思われているのですか?」
「でなければ求婚なんぞ、せぬわ。なんだ、爺。まさか、冗談だと?」
「いえいえ。……てっきり、単なる政略的なものを見据えてかと。愛しい女性を、わざんざ窮地に追い立てることなど普通しないでしょう」
「さっきも言ったが、彼女はこの程度のことで潰されるほど柔ではない。政略的……ふむ、確かにその面はあるぞ。だが、それだけならばもっと他に結ぶべき先はあるであろう。わざわざ海を隔てた地の公爵令嬢に求婚なんぞ、しに行かぬわ」
「それは確かにそうでございますが。僭越ながら、カァディル様。一体、アルメリア公爵令嬢のどこに惹かれたのでございますか?」
俺が真実彼女に対面したのは、ただの一度だけ。
アルメリア公爵領に内密に視察に行ったあの時だけのことだ。
あとは数度、国の視察団に紛れてタスメリア王国に赴いた際に見かけたぐらいか。
「アルメリア公爵領との交易が活発になった時、かの地のことを調べさせた。そうして、彼女の存在を知った。始めは何の冗談か……随分誇張された内容だと思ったものだったが……実際かの地に行ってそれが真実だと知った。実に、得難い存在ではないか。聡明で、慈悲深く……王の隣に立てる女人。更に、見目麗しいのだぞ。是非とも欲しいと思うことは、自然なことではないか」
「はあ……」
納得しているのかしていないのか、曖昧な反応であった。
「……そういえば、爺。アルメリア公爵領では、絹の独自生産を行なっておるぞ」
けれども続けた言葉に、爺にしては珍しく表情を変える。
「何ですと!?」
それだけ、俺が告げた内容が爺にとって衝撃的なものだったということだ。
「アレの製造方法は秘中の秘。一体どのようにして……」
「さあな。真実は知らん。彼女自身が発見したのか、それともどうにか情報を手に入れたのか、有能な部下が発見したのか……分からぬ。だが、情報を得るにせよ、部下に発見させたにせよ……それほど有能な者たちが彼女の下についているということだぞ?それはすなわち、それだけの有能な者たちが認めるほどの人材であるということではないか?」
「確かにそうですな。私の認識を改めなければ」
爺のその言葉に満足し、再び俺は杯を傾けた。
「会ったのは、僅かな時。だが、それで十分だ。彼女のこれまで歩んできた道は決して嘘でもなく誇張でもないと、知ることができたのだから」
「……なるほど。ですが、それならば尚更宜しいのでしょうか?」
「爺、忘れたのか? 此度の件は、既に動き出している。トワイル国の提案に乗った当初、幾ら私が反対しようとも父上は止まらなかった。すでにどうすることもできないし、その時間もない。それに、先にも言った通り……平坦ではない道を歩み続けた彼女ならば潰れることはなかろう。惜しむべきは、彼女の意思の強いあの瞳が曇る様を真近で見ることができないことだろう」
俺の言葉の最後の方で、何故か一瞬爺は顔を引きつらせたものの、すぐに何事も聞かなかったように柔和な笑みを浮かべた。
「ならば、是非ともタスメリア王国には頑張っていただきたいものですな。アルメリア公爵令嬢が幾ら個人奮闘したとしても、タスメリア王国自体が敗戦してしまえば、敗戦国の貴族のため、船の上でカァディル様が仰いていた通り、正妃にするのが難しくなりますから」
「そうだな……」
「して、カァディル様。カァディル様がなさったイタズラとは、どのようなものなのですか?」
「ん? 単に、再利用しただけだ」
「……再利用?」
「ほら、昔にあのトワイル国の女狐がアルメリア公爵領にちょっかいをかけていただろう? そのとき残ったものを、勿体無いから再利用させてもらったのさ。頭を潰して少しばかり混乱して貰って、のろまなあいつらが無事戦えるようにな」
言いつつ楽しくなった俺は、その気持ちのまま笑みを浮かべた。




