領地会議 弐
五話目です
……それから一週間後、ついに国から開戦の発表が正式にあった。
当初はこの地でも多少の混乱が見られたものの、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。
全員の眉間にきっかりと新たな皺が刻まれるほどに悩み悩み抜いたあの会議による事前の対策が功を奏したのか、それとも存外人というのは危機が目の前に差し迫らないと危機感を覚えないのか……。
ともあれ、表面上とはいえ街がいつも通りの姿を保っていることは喜ばしい。
コーヒーの入ったカップに手を伸ばす。
今のところコーヒーは単なる嗜好品として楽しんでいるが、そのうちまた眠らないようにとカフェインにお世話になる日がくるのだろうか。
健康上あまり良くない上、飲みすぎると効かなくなるので、避けることができるのであれば避けたいところだが。
そんな考えに苦笑いを浮かべつつ、届いたばかりのお母様からの手紙を開く。
手紙の中身は、お母様が知りうる限りの近況のことが書かれていた。
まずは、軍部の話。
お祖父様が正式に対トワイル国戦の総大将となって、前線に向かったとのこと。
進軍する隊の規模やら予定が事細かに書かれているけれど……アンダーソン侯爵家出身とはいえ、よくぞ一貴族の夫人がここまで情報を集めることができるものだと、お母様を畏怖した。
どこかで役に立つかもしれないので、ありがたく読ませていただくが。
それから家族の近況の話や、王宮内の話。
……どうやらベルンは先の会議の時のように、ディーンの側近として粉骨砕身の勢いで働いているそうだ。
あの会議で、彼が壇上に上がった瞬間。
我が弟ながら、彼の眼差しに……纏う雰囲気に、一瞬鳥肌が立った。
それほどの覚悟が、彼から感じられたのだ。
あの時の覚悟が変わらないのであれば、きっとベルンは良い働きをするだろう……そう素直に思う。
それに加え、貴族の動向についての話。
どうやら王都に残った方たちも一部いたようだけれども、領主は全員領地に戻って各地で戦に備えているようだ。
エド様が権勢を振るっていたときはともかく、今領地を蔑ろにすれば、即刻首を切られるだろう。
ディーンも仕事に関しては厳しいが、何よりベルンがそれを許さないはずだ。
最後に、王都の様子の話。
どうやら暴動こそ起こっていないが、度重なる騒動に民たちが動揺しているらしい。
この前会議で領官の一人も言っていたが……雰囲気は、伝播する。
そして、一度火がつけばあっという間に燃え上がるというのが集団心理というもの。
まさに薄氷の上を歩いているというのは変わらず……といったところか。
「できればもっと戦況を詳しく知りたいけれども……まあ、それは難しいわよね」
「お望みとあれば、すぐにでも報告させます」
後ろに控えていたターニャの何気ない言葉に、私は素直に驚きを出してしまった。
まさか幾らターニャでも……という思いと、もしかして彼女なら……という思いが鬩ぎ合う。
何と言っても、私が欲しているのは軍事情報だ。
国家の極秘情報を入手する困難がどれほどのものか……私には正確に分からないが、それでも押して然るべしである。
「……できるの?」
「お嬢様がお望みであれば。既に王宮には、幾人かの部下を紛れさせていますので。ただ、それでも流石に軍事行動の詳細までは分かりかねますので、もしも、お嬢様がそこまで把握されたいということであれば、即メッシー男爵領と旧モンロー伯爵領に部下を送り込みます。ツテはありますので、時間をいただければ可能かと」
何でもないことのように言うターニャに、私は内心唖然とする。
彼女の有能さには驚かされっぱなしで、一体どこを目指しているのやら……と思ったことも何度かあったけれども。
それでも、今日ほどの衝撃を受けたことはないだろう。
「……ならば、お願いするわ。可能な限り、迅速に」
「畏まりました。今、手配して参ります」
ターニャの背を見送ると、私は手紙を破棄し、再び仕事に没頭した。




