領地で 弐
三話目です
「失礼致します。報告に参りました」
文部の領官がノック音と共に入ってきたので、考えを一旦中断。
頭を切り替える。
「忙しいところ呼び出してしまってごめんなさいね。……移民の受け入れについて、現場の確認を。まず、戸籍の作成の進捗具合は?」
「はい、八割がた作成が完了しています」
「そう……。職の斡旋についてはどう?」
「各人の希望を聞き、なるべくそれに合致したものを順次紹介しています。戸籍作成時の面談時に同時に確認を取っていたので、同じく八割がた完了しています。……彼らも早く生活の基盤を整えたいようですから、意欲は高いです」
「それは良かったわ」
施しを行うのではなく、あくまでこの領地に馴染んでもらい、自立して生活を営んでもらう……それが前提の施策。
受け手側がそれに対して意欲的に応えてくれているというのであれば、是非もない。
「特に問題はないわね。早急に、進めてちょうだい。けれども、くれぐれも個々人との対話を疎かにしないようにね」
「勿論です。随分案件が進んで人員に余裕が出てきましたので、合わせて住居についても着手していこうかと思っていますが、いかがでしょうか? 仮住居がある上、仕事が決まってからの方が良いだろうということで、今のところ手持ち資金での購入希望者以外はそのまま手付かずという状態ですので」
「確かに、仕事が決まってからでないと進めることができないものね……」
アルメリア公爵領は各地域によって気候・地理的要因が随分異なる。
例えば東部であれば港を有すため漁業が盛んだし、最近では貿易が活発化している。
逆に西部では山岳地帯のため林業が盛んで、最近では温泉など観光業にも力を入れている。
職によっては特定の地域にしかないものもあるので、やはり仕事適正を考えを提案をしてから住居という流れが一番良いだろう。
「そういえば、手持ち資金で購入することを希望したのは何割ぐらい?」
「一割強……二割に若干届かないぐらいです」
「あら、思ったよりもいるのね」
手持ち資金での購入が可能ということは、直接的な表現をしてしまうのであれば、それだけの蓄えがあり、また災害発生時にそれを持ち出す余裕があったということだ。
つまり有り体に言ってしまえば、彼らが移住を希望したのは領主の有り様とそれが打ち出し作り上げてきた体制に我慢できなくなったというのが大きいのだろう。
……勿論災害による混乱から逃げるため、というのが前提ではあるが。
「既に領地の概略について説明会は行っているのよね?」
移住希望者に向けて開催した、オリエンテーション。
この地の施策や制度、各地の特徴について説明する会だ。
「ええ。何せ、この地は他領とは異なる点が多いですから。我々にとっては既に当たり前のことになっているのですがね」
例えば紙幣や銀行制度、教育制度、それから税制。
他領とは異なる独自に稼働している施策があり、始めはそれによって随分戸惑いや混乱が見受けられたようだ。
この地の領民は段階的に導入されていったそれに、徐々に慣れていってもらったようなもの。
仮に一気にそれを導入させていたら、領民たちも移住希望者たちと同じような反応を示していたことだろう。
……尤も、一気に導入することができるほどこちら側に人員がいないため、ありえない仮定ではあるが。
「それはともかく、説明会を実施しているのであれば、大凡でも地域性というのは理解してくれているでしょう。あとは個別に相談してもらえればそれで良しとして……手元資金での住宅購入について、こちら側がこれ以上とやかく手を出す必要はないでしょう。……それで、食糧支援についてはどうなっているのかしら?」
「既に配給済みです。今後の分については農部と調整してからですね」
農部とは、私が王都に赴く前に設立させた新たな部署だ。
財部・民部・建部から引き抜いた幾人かの領官と、高等学園の農業科で優秀な成績を収めた人たちで構成されている。
職務内容はその名の如く、食糧という我が領地の財産の一つを管理することに特化させた。
更に細かく言うと、備蓄分を管理することは勿論のこと、各食材の生産高を予測しそれを管理し、問題があれば各部署と連携することによって対処することが求められている。
エド様の嫌がらせの一件で、その部署の必要性がよく分かったが故に設立させたのだ。
「なるほど。農部にも後で直接確認したいわ。他に調整しなければならないこともでてきたし……」
「アイリス様ならそう仰られるかと思いまして、既に声をかけています。もう少ししたら来るかと」
彼をはじめ領官たちが随分成長しているな……と、素直に感動する。
今だとて、そうだ。
私の考えそうなことを事前に予測し、先んじて行動していてくれたのだから。
本当に彼らの成長は喜ばしく、そしてここまでの道のりを考えると感謝の念に堪えない。
思えば……私が領主代行に就いてから、彼らには随分苦労をかけた。
改革を推し進めるために、私が彼らに求めたのは機械的に作業をこなすのではなく創意工夫。
既存の考えに囚われず自ら考え行動し、最良の結果を叩き出す……それを求めてきた。
それがどんなに難しいことか……何せ轢かれたレールのない道を走るようなもの。
暗闇の中を模索しながら、それでも走り続けてくれと私は願ったのだ。
そして彼らはそれに応えてくれ、何とか一歩一歩進んでそれが機能するようになったかと思えば、私が騒動を持ち込む。
……勿論、私だって望んで騒動の中心にいた訳ではなかったのだけれども。
それはともかく、その影響が領政にまで波及し、その対応に追われて。
少ない人員で、最上の結果を求めるような形になってしまっていた。
……私が部下だったら、どこかで匙を投げ出していると思う。
それでも、彼らは食らいついてきてくれた。
今となっては、彼らは歴戦の猛者だ。
王宮内だとて、彼らに並び立つ官僚はいないだろうと私は胸を張って言える。
本当に、私には過ぎたる部下たちだ。
「……お嬢様?」
心配げに問いかけてきた彼に、私は首を振りつつ微笑む。
「最後に、領民と移住希望者の間に軋轢やらその兆候が見られていないかというのを教えて欲しいの。……警備隊の報告は一通り見ているのだけれども、視点は多ければ多いほど良いから」
混乱している状況下では、どんな小さなことでも大きな諍いに発展するということはままある。
「特にそのようなことは見受けられませんでした。……むしろ、積極的な受け入れ姿勢を見せています」
「まあ……」
正直、少し意外だった。
多少なりともそれが見られても仕方がないとも思っていたのだけれども。
人は、ときに驚くほど残酷な一面を見せる。
助けを求めている人たちがいたとして、けれども多くは自分に火の粉がかかることを恐れて何も見ないふり。もしそれが否応なしに近づいたとしたら、むしろ攻撃対象にすらなり得てしまう。
私はそれを一番に懸念し、危惧していたのだけれども……。
「言い方は悪いですが、この地の民も貧窮し絶望しかないような状況下であればどうなっていたか分かりません。けれども、この領地には明日を信じられるだけの食糧、政治体制……何よりトップにいる貴女がいる……そう、領民も思ってくれているということです」
「……その期待に応えるだけの成果を出さなければね」




