お嬢様、街に行く
さあやって来ました、お祖父様との約束の日です。
この日は打ち合わせをして、朝ごはんをさっさと食べると支度を開始。今日は街中歩くから、やっぱりそれらしい格好にしなきゃねってことで、いつもよりも少し質素な格好。…とはいえ、最近機能性を重視していたから、そんなに変わらない気もする。
玄関でお祖父様を待とうと向かったら、何故か同じく変装をしたターニャが待っていた。
「ターニャ…あえて聞くけれども、その格好はどうしたの?」
「私もご一緒させていただきます」
「でも、ターニャ。私は今日、あんまり人を連れて歩きたくないのだけれども」
「2人も3人も変わらないでしょう」
いや、そうかもしれないけれどさ…。
「お嬢様。もっと御身を大切になさってください。ガゼル様のお力は確かなものです。ですが、万が一の時…お嬢様をお守りしながらでは戦い辛いでしょう。ですから、せめて私1人でもお連れください」
「けど…」
「良いではないか、アイリス」
「お祖父様……」
「ターニャも心配しているんだ。その気持ちを汲み取るのも、主の役目というものよ」
……確かに、私に万が一のことがあったとしたら色々大変よね。折角少しずつ商会も領政も体制が整い始めているんだもの。あんまり我が儘は言えないわ。
「分かりました。じゃあ、お祖父様。ターニャ。行きましょう。それとお2人とも、街中では私のことをアリスと呼んでくださいね」
念押しをしてから裏門の方から出て、ゆっくりと街道を歩く。うーん、天気が良くて気持ち良い。常春の我が領は、歩いていて寒すぎず暑すぎず丁度良い。
街の中心に行けば行くほど、往来の人の姿が増えていく。茶色い煉瓦造りの建物が並び、日本とはまた違った趣があった。活気付くメインストリートを歩きながら、お店をチラホラ眺める。そういえば、ウィンドウショッピングって何時ぶりだっけ……。
「わあ、可愛い。おばさーん。この花は何の花ですか?」
店先に並んだ苗鉢が気になって、足を止める。紫の花弁が可愛らしい花だった。
「アジュガの花だよ。この時期に咲く花なんだ。割と育てるのは簡単な方な花だね」
「へー……これ、いくらですか?」
「咲いているのは1000ベルだよ。種からなら1袋500ベルだ」
「じゃあ、種の方を下さい」
「あいよ。ありがとうね」
お金を払って、袋を受け取る。やっぱり自分で買い物って楽しいわね。
「そちら、どうされるんですか?」
「書斎の窓際で育てようかなって。何だか重苦しい感じがするでしょう?あの部屋」
「はっはっは…やっぱり女の子は細かいところで気配りができて良いのう」
暫く歩いたところでお腹が減った気がして、私たちは少し道を外したところにある食堂に入った。勘で入ったお店は中々の人気店だったらしく、もう少しで満席というところだった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、空いてる席にお座り下さい」
木でできた椅子に腰掛け、壁に掛けられたメニューを眺める。色々品揃えは豊富のようだ。
「じゃ、儂は肉焼き定食で」
「えーっと、私はシチューとパンのセットで」
「私も同じものでお願いします」
店員さんが私たちのところから離れて行くと、また店の中を見渡す。人の出入りが激しく、雑多な雰囲気が賑やかで楽しい。
「はい、お待ちどー。先にシチューの方から。お嬢ちゃん達、見ない顔だな」
さっきの店員さんとはまた別の人が届けてくれた。
「王都から来たの。引っ越してから少し経つんだけど、バタバタしちゃってずっと街に顔を出せなかったからね」
「そうかー。王都の方からかい」
「この街の様子はどうですか?」
「ん?そうさな、王都に負けず劣らずの良い領だぜー。特に最近、俺らが暮らし易いようにと少しずつ色々変わってきてな」
「それは良かった」
おじさんの感想に、私は嬉しくなった。私のしていることが、無駄じゃないんだって思って。時々、怖くなるのだもの。…私のしていることは、正しいのかなって。勿論、正解も不正解もないんだけどさ……いや、ないからこそ欲しくなる。明確な“正しさ”というのが。
それはさて置き、食べた料理はとても美味しかった。やっぱり、こういうのも良いわよねー…普段固っ苦しいし。お祖父様の気持ち、分からなくもないわ。
美味しく食事をいただいて、店を出て再び歩く。そろそろ、帰ろうかしら?そんな風に思っていたら、小さな子供が1人座り込み、1人がキョロキョロとしていた。
「どうしたの?具合、悪いの?」
服は清潔さを保っているものの、着古している感がある。そして、その身は全体的に痩せていた。
「……迷子になっちゃったの」
キョロキョロと辺りを見回していた女の子が、涙目になってそう言った。
「まあ、それは大変ね。お父さんとお母さんとはぐれちゃったのかしら?」
「ううん。先生達と住んでるの」
何処から来てたか分かってたのなら、迷子になんてならないし…さて、困ったな。
「おじょう……アリス様。この子達は、もしかして院に住んでいるのでは?」
今…ターニャ、お嬢様と呼びそうになってたでしょ。…と、そんなことよりこの子たちのことね。
「院、とは?」
「親を失った子供達を引き取って育てる下町の施設です」
「まあ、なんて素敵な活動なのかしら。とりあえず、この子たちをそこに連れて行ってみましょう」
座り込んでいた女の子はお祖父様が抱き上げ、もう1人の子と私は手を繋ぎながらターニャに連れて行って貰う。
徐々に整然とした街並みは、ゴミゴミしていて薄汚れた印象を感じさるものに変わってきた。正解だったのか、子供達の目が輝いていく。教会らしき建物が見えてきたところで、子供達は其方に駆け出して行った。その建物の前には、子供達を探していたのか女の人がキョロキョロと顔を曇らせて辺りを見ていた。そして、子供達を見つけると一瞬驚いたように目を丸め…やがて今にも泣き出しそうに顔を歪める。
「全く……!心配したでしょう……一体何処に行ってたの……!」
「ごめんなさい、ミナ先生。探検してたら、迷子になっちゃったの」
「まあ……兎に角無事で良かった……」
子供達をミナ先生と呼ばれた女のひとはギュッと抱き締めた。……あの時声を掛けて良かったわ。
「……あら、この方々は……?」
私たちに気がついた女の人が、不思議そうに私たちを見ている。何て答えようかな…と思っていたら、子供達が口を開いてくれた。
「ここまで私たちを連れてきてくれたのー」
「まあ……!ご迷惑をお掛けしまして、申し訳ございません」
「いえ、良いのですよ」
「さしたるお礼もできませんが、どうかお茶でも……」
私はそれを固辞したが、結局子供達が一緒に遊ぼうよと誘ってきたのにのってお邪魔させて貰うことになった。
中は見た目と同じく少し古めかしくて、あちこち修繕が必要そうだったものの、隅々まで清掃が行き届いてキレイだった。
「本当に、今日はありがとうございました」
「いえ…何だか寧ろすいません。あ、申し遅れましたが、私の名前はアリスと申します」
「私の名前は、ミナと申します。…アリスさん、あの子達は何処にいたんですか?」
「メインストリート脇ですね。場所で言うと、アズータ商会の近くですか」
「ああ、やっぱり…」
「やっぱりとは…?」
「いえ、こんなことを言ってしまうとお恥ずかしいのですが、アズータ商会のチョコレートというものの話を子供達が何処から聞いたみたいで。1度食べてみたいと言って聞かなかったものですから」
「まあ…それであんな遠くまで…」
「元気が有り余ってますからね。目を離すとすぐ何処かに行ってしまいますから」
「ところで、ミナさんは何故ここで子供達の面倒を?」
「……実は、私もここで育てられた1人なんです。私の育ての親はダリヤ教のシスターでして、ここの教会の管理を行っていました。そして、私と同様孤児を拾っては育てていたんです。シスターが亡くなった後は、私がここを引き継いでいるんです」
「……なるほど。失礼ですが、お金とかはどうされているんですか?あの…それだけの人数を養うとなると……」
「前は教会への寄付を使っていました。ですが、シスターがいなくなってからは寄付も減りましたし……」
うーん…ま、今の状況ってダリヤ教と直接関係のある人っていないものね。今現在も寄付している方々って教会への寄付というよりも、皆孤児達への寄付のつもりで寄付をしているんだろうな。かと言って、ミナさんが働きに出ることもできなさそうだしなあ…。
というか、この問題って私の取り組むべき問題よね。家に帰ったらすぐにセバスと話を詰めましょう。
「……まあ………」
「暗い話をしてしまってすいません。どうか、ごゆっくりとなさって下さい。私は、夕ご飯の支度をして来ますから」
いやいやいや!これ以上お世話になることはできないって!そう断ろうと思ったのに、ミナさんはさっさとこの場を離れてしまった。
…というか、今会ったばかりの私を子供達と一緒にいさせるって無用心でしょう。
そんなことを考えつつ周りを見てみれば、お祖父様は子供好きなため、庭で子供達の相手をしている。…お祖父様、訓練を施そうとしてませんか?
それからターニャは女の子に髪の結い方を教えてあげている。うーん、ターニャ意外と子供の扱いが上手いのね。
…さて、困ったことに私の周りにも子供達がワラワラ集まってきていた。女の子も男の子もいるが…何をしようか。子供って可愛くて好きだけど、あんまり相手をしたことがないからどうすれば良いか分からないのよ。
というわけで、私は子供達に童話を話して聞かせた。日本では誰もが知るような童話を。子供達が段々目を輝かして聞くものだから、調子にのって幾つも幾つも話した上、演劇したことがないのに無理に演じて話してみた。
……おや?いつの間にか子供達が更に集まってるけど。始め3人ぐらいだったのが、今は8人に増えていた。他2人ずつお祖父様とターニャのもとにいる。というかお祖父様、その木刀はどこから出したの……?
とりあえずその疑問を頭から振り払って、引き続き子供達に話聞かせてた。……何だかんだ木刀持たされている子供達も、楽しそうだし。将来役立つかもしれないからって頭の中で誰に対するでもない言い訳をして、見なかったことにしたというのが本音。
そういえば、この世界って絵本ないのかしら?ないのであれば、アズータ商会で早速手掛けましょう。子供の教育にも良いし、収益を寄付するようにするのも良いわね。
そんなことを考えていたら、いきなり怒鳴り声が外から聞こえてきた。
「いるのは分かってんだ!さっさと出て来い!!」
……な、何?
野太い男の声で、何度も何度も出て来いとの言葉が発せられる。子供達は当然のことながら怖がって、縮こまっていた。ついに、ガシャンという音と共に、石が投げ込まれた。
「……皆!大丈夫?」
音を聞きつけたミナさんが、慌てて部屋に駆けつけた。
「これは一体どういうことですか?」
ターニャが、問いかける。いつもながら無表情だが、少し怒っているなと私は感じ取った。
「……実は、お恥ずかしながら立ち退きを求められていて……」
「何故ですか?」
「シスターがいなくなり、後継者が来ないここからダリヤ教が手を引きました。そこで、彼の方達の主人がこの土地を買ったらしいのです。ですが、私たちには立ち退いた後の行く場所なんてありませんし……」
それで揉めている内に、こうなったと。うーん……向こうの手段は褒められたものじゃないけれども、正当性はあるような気もするし。ここって下町ながら一応メインストリートには近いから立地条件はまあまあ良いし…。
とりあえず、怒鳴り声が大きくなったので私は外に出た。
途中、ターニャから「お止め下さい」という声を背中越しに聞いたが、そうも言ってられないでしょう。ターニャだと問答無用で叩きのめしそうだし、お祖父様は出て行っただけで威圧しているように取られてしまう。
「あ?なんだお前……」
厳つい男の人2人が、私の登場に訝しんでいた。
「私はここに礼拝をしに来た者です。……どうやら、久しくミサをやっていないようでしたが。ですが、曲がりなりにも此方はダリヤ教の教会です。石を投げるなんて、感心しませんね」
「あ?ここは俺らの雇い主が買い取ったんだよ」
「まあ、ではもうダリヤ教のものではないのですか」
「そうだ。なのに、ここに住み着いたガキたちがいるもんで、俺らが追い出してるところなんだよ」
「そうですか。…ですが、やはり教会に石を投げるなんて野蛮な行為は信者として認められませんわ。ご自分の者だと正当性を示すのであれば、役所に行って権利書を提示なさい。然るべき措置を取るでしょう。力なき者たちに暴力で従わせるなど、言語道断ですわ」
「うるせえな!」
「これ以上騒ぐのであれば、警備隊を呼びます」
「……そもそも、子供達が出て行かないのが悪いと思うがね」
2人の後ろから、何処に居たのかもう1人男が現れた。男たちが従っている様子を見せるので、恐らく最後に現れたその男が雇い主なのだろう。ここ辺りでは少し上品そうな服を着ているが…雇っているのがこういう男たちなのだから程度が知れている。
「そこは認めますわ。ですが、だからと言って暴力行為に及ぶのは良くないと思いますの。権利を主張するのであれば、役所にお伝えなさい」
「ふん。此方は買ってから奴らに不法占拠されている間の滞在料を水に流すと言っているんだ。その上出て行って貰うのに、そんな面倒なことしていられるか」
言ってることはまあ確かに頷ける。うーん……とはいえ、いきなり出て行けなんて言われてもどうしようもないしねえ。オマケに、滞在料って何よ。
「……それとも、お前が滞在料の代わりなのか?」
「……は?」
いやいや、何言ってんの?“私が滞在料を支払うのか”ではなくて、“私が滞在料の代わり”?つまり、私を売れと?
「お断りしますわ。…というか、何ですか。その交渉は」
「お前なら、良い値段が付くだろう。いや、すぐに売るのも勿体無いか……」
「だから断ると言っていますでしょう」
「はっ。ガキどもを庇いたいんだろう?良いことずくめじゃないか。ガキどもは滞在料をチャラにできる、お前は綺麗な服を着て美味しいものを食べれる。俺は稼ぎが入る。よし、お前ら。こいつを連れて行くぞ」




