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領地で

二話目です

最早、慣れた馬での道中。

最初……ダリル教の破門騒ぎのときに、はじめて馬に直接乗ってここまで来た時は、本当に辛い想いをした。

確かに馬車に乗るよりも時間は短縮されたが、根こそぎ気力を持っていかれた……そう、言ってしまうほどに。


それが今では、馬に乗っている時の振動すら心地良いと感じるのだから……人の慣れというのは、恐ろしいものだ。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「ただいま皆。早速執務室で仕事をするわ」


宣言通り最速で帰ると挨拶もそこそこ、私は書類に囲まれて仕事を始める。


時は、有限だ。一刻も無駄にはできない。

椅子に座った私の目の前には、大量の紙の山がそびえ立っていた。


……この光景もまた、見慣れたものだ。

共に入室して来たターニャも眉ひとつ動かさない。

むしろ、 床一面……足の踏み場すらないほどの書類があると想像していただけに、この量は驚くほどに少なかった。


何せ、私が王都に赴いた時の領地の行政の状況は、最悪の一言に尽きる。

次々と押し寄せてくる、他領からの移民希望者たち。


王都……正確に言うならエド様たちだが……からの、備蓄徴収についての無理難題。


次々と重い事案が舞い込んでいたのだ。

それらの対応は勿論急務であったが、さりとて通常業務を疎かにするわけにはいかない。


領官たちはほぼほぼ不眠不休、不夜城とまで呼ばれる始末。

あの状態で領地を離れることは、本当に苦渋の選択であった。


諸悪の根源を断つ……つまりエド様たちを排除することができたのだから、想定していた最良以上の結果を持ち帰ることができたことは幸いだったか。


対応については、王都に向かう前にある程度の枠組みを決めてから行っていたが……あくまで所詮は計画でしかない。


考えに考え抜いたとしても、計画というのは実際に稼働し始めるとまた新たな問題点が生まれるのが常。

どんなに先に起こりうることを予測して、それを勘案して立案したとしても、思わぬところからそれは挙がってくるのだ。


という訳で、書類の山の数は歴代最高を記録するのではないだろうか……と考えていたのだけれども。

想像以上に、少ない。少な過ぎて、逆に驚いてしまった程だ。


勿論、嬉しいことに間違いはないが。

セバス以下、領地にいた領官たちの優秀さと成長に言いようのない喜びが心を満たす。


「……と、そんな感慨に浸っっている場合ではないわよね」


誰に言うでもなく独り呟くと、私は一通り書類の山を見通し、重要な案件から取り掛かり始めた。


移民希望者たちには、現在、突貫で建てた仮設の住まいに住んで貰っている。

ディーンが他国より買い取ったものや、今回処断された貴族たちから徴収した食糧を各地に供給することによって、ひとまず各領の食糧事情については随分マシになった。


その報せにより、二割ほどの移民希望者たちは元いた領地に帰った。

けれども残り八割については、アルメリア公爵領に住まうことを希望している。

彼らが住まうための、環境を整えなければならない。

戦の準備も必要だが、何より民の暴走の方が恐ろしい。


彼らが来たことによって治安の悪化を招いてしまえば、戦の準備どころではなくなるのだから。

そうならないためにも移住者には早急に生活の基盤を整え、領民たちに揺らがぬ姿を見せなければならない。


差し当たっては、戸籍の作成・職の斡旋・それから住居の確保。


住居については、急務ではないが現在皆が住んでいるのは、あくまで仮設のそれ。

突貫工事で作り上げたそれは、急拵えゆえに構造上脆い。

まあ、それでも二年ぐらいは保つだろうとのことだが。


職の斡旋については、幸いなことにこの領地の経済は拡大基調。

人手が足りないと働き手を欲しているところは多く、滞りなくこの件については完了することができるだろう。


……それにしても、と私は資料を読む。

各移民希望者たちについては、一応領境にて担当の領官たちより移民を希望する理由や各人の家族構成や経歴等が確認されている。


希望理由については皆が似たり寄ったりというのが正直なところ。


興味深いのは、各人の経歴だった。


一例を挙げるとするなら、特殊な織り方で作られた反物だとか、治金技術による金の工芸品だとか、各地に特産やら名産というものが存在する。

そういった特産や名産を生み出す、手に職を持ったいわゆる職人たちが、今回の移民希望者の中に少なくない数いたのだ。


他にも医療に従事していた人だとか、大きな商会を持つ商人だとか。



……そう、人材だ。

今回の激務の対価に、アルメリア公爵領には多くの人材を引き入れることができたということに他ならない。

それも、その分野での職業訓練を既に積んできている人たちを、だ!


今となっては随分昔のことのように思えるけれども、学園を設立するに当たって商業ギルドで盛大に担架を切った、あの時。


『できれば、学園は早期に開設したいのです。人もまた、我が領の大切な資源です。磨かずに放っておくのは勿体無いでしょう』


私は並み居る商会の会頭たちに、そう言った。

そして、その考えは今も変わっていない。


人材は人財。その存在自体が、領地にとって財産だ。

それも、未来へ多くの可能性を持つ重要な。


人が集い集団となり、それが更に集まることで領地、国になる……つまり人が成長することによって、領地もまた成長し豊かになって、その豊かさは各々に還元する。

そう、私は考えている。


だからこそ、守り育むことが領主代行としての私の責務だとも思って行動してきた。


……それはともかく、今回の多くの人材がこの地に移り住んだ。


例えば特殊な織り方を知る人たちには服飾店で働いてもらい、その特殊な織り方と我が領地に元からある技術や特別な素材と掛け合わせたらどうだろうか。


きっと、面白いものができあがるに違いない。

要するに、今までこの領地になかった知識を持つ人たちとこの領地の知識を持つ人たちをぶつけ合わせることによって、それが刺激となって新たなものを生み出すことができるのではないか、ということだ。


……考えるだけで、ワクワクする。


閑話休題。


アルメリア公爵領にとっても、今回の移民は面白くかつ美味しいのだが……それが、本題ではない。


最も考えなければならない点は、そうした手に職がある人たちを……本来であれば、その知識や技術故に領地で保護されるべき人たちまでもが移住を希望するまでに、各地の領政は酷かったということだ。


ベルンが『地獄を見てきました』とお父様とお母様に言い切ったことからも、推して然るべき。


食糧難については解決の目処が立ち、実際にそれがディーンやベルンの指揮の下実行されている。


それでも、だ。


今回の件でできた貴族と民の間の溝は、深い。

自分たちを顧みず己の私利私欲のために権力を行使する貴族たちの姿が顕となって、その姿故に民たちは憤り、絶望し、そして諦めたのだろう。


本来であればその領地で真っ先に保護されるべき人材が移住を希望しているということが、その証だ。



そこまで……。


そこまで、王国の貴族たちは貴族としての義務を忘れて私利私欲に走るようになっていたのか。


『生まれが高貴だと誇るだけというのは、貴族ではない。その行いが高潔な者こそが本当の貴族なのだ』


小さい頃、繰り返しお祖父様がそう私に言い聞かせていたっけ。


あの頃は右から左へと聞き流していたけれども……今となっては、痛いほどよく分かる。


貴族が権力を与えられているのは、民たちの先頭に立って行動し、意見を纏め調整し、いざとなったら盾となって守るためだ。


だからこそ同じ領民を預かる身として、その状況に呆れを通り越して悲観すらした。


ディーンが既存の体制を打ち壊し、王国として一つに纏め上げたいと考えるのもよく分かる。


王国の長い歴史でその存在意義を忘れていたのは、どうやらダリル教だけではなかったらしい。

貴族もまた、いつの間にか己の手にある権力で利益を追い求めるばかりに使い、その力が一体何のためのものかというのを忘れて久しいということだったのだ。


それがこの上なく大々的に露呈したのが今回の事件だった。


今回の粛清によってその多くの貴族が処断されたことが幸いだったか。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告です 治金→冶金
[気になる点] 誤字報告です。 ・〈商業ギルドで盛大に担架を切った、あの時。〉 正しくは、〈啖呵を〉かと。
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