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父と子 弐

二話目です

「……また、訓練に来ておったのか」


儂の言葉に、メルリスはこちらを振り向いた。


「ええ、まあ……。皆さんのおかげで、大分勘を取り戻せています」


娘の後ろには死屍累々……幾人もの男たちが倒れている。

それに対して娘は傷一つどころか、衣服に汚れすら見当たらない。

額に浮かぶ汗だけが、先ほどまで倒れている男性たちと戦っていたということを物語っていた。


「メル殿、次は私と……あ、将軍。失礼致しました」


戦意を滾らせ近づいて来た、男たち。

始めは圧倒的な力に恐れを抱いていた、彼ら。

けれども、その瞳にあるのは既にそういった負の感情ではなかった。

憧れ、敬い……そんな感情が感じられる。


彼女はこの場にいる面々の信頼を、名に頼ることなく勝ち取っていることの証だった。


最近では彼女が模擬戦の相手に稽古をつけるように助言を与えていることを聞いている。


その助言がいたく的確で、それ故に彼女との模擬戦を求める者が爆発的に増えたとも。


我が娘ながら……と、内心儂は苦笑した。


「まあ、良い。ほどほどにしておけよ」


その時、屋敷より初老の男性が小走りでガゼル将軍に近寄った。


「……御当主様。今、メッシー男爵より使いの者が……」


「何?すぐ、行く」


少し離れたところで話す彼らのその様子に、メルリスは鋭い視線を向けていた。

それに気づいた儂は、彼女に目を向ける。


「お前も、来い」


「……良いのですか?」


「ああ」


そうして三人が向かったのは、応接室だった。

そこには、既に到着していたメッシー男爵の使いの者がソファーに座っている。

彼は儂らの入室と共に、立ち上がった。


「楽にしていて良い。遠路はるばる、ご苦労であった」


「はっ!」


儂は、彼の向かいの席に座る。

そしてメルリスは儂の後ろに控えるように立った。


「……失礼ながら、そちらの女性は……」


使いの者は、チラリと彼女に目を向けつつ問う。

その瞳にはありありと困惑の色が映っていた。


「気にしないで良い。それで、早速だがメッシー男爵は何と?」


けれどもそれを切り捨てるようにバッサリと言い切ると、続きを促す。


「……トワイル国に、動きがありと」


「それは、軍事的な意味で相違ないな?」


「……はい」


メッシー男爵の報告に、儂は勿論後ろに控えるメルリスも動揺しなかった。

むしろ、来るべきものが来たかと、妙に落ち着いていた。


そのことに、どうやら使いの者は驚いていたようだった。

儂はともかく、メルリスの外見はか弱そうな女性だ。

事実を知ればショックの余り倒れるのではないか……。

そう考えたからこそ、彼はメッシー男爵からの言伝を告げる際に、彼女の同席に戸惑ったのだろう。

けれども実際は全くそのようなことはなく、むしろ淡々としていたのだが。



「殿下は、その事実を?」


「……恐らく、別ルートで情報を掴んでいることかと。一応私と同時に使いの者を主人は使わしましたが」


「そうか……。現時点で掴んでいる規模と進軍の速度は?」


「以前のトワイル戦役と同規模です。進軍速度は想定よりも速いようです。……十日以内には国境付近まで来るかと」


「……そうか。すぐに王宮に赴き、即時出陣できるよう整える。そう、メッシー男爵に伝えろ。『儂が行くまで、持ちこたえろ』とな」


「……心強いお言葉です。ありがとうございます」


使いの者は張り詰めていた心が解けたように顔を歪め、頭を下げた。


「メル」


「はっ!」


「聞いての通り、儂はこれより至急王宮に向かう。恐らく、そのまま出陣することとなるだろう」


儂の言葉に、メルリスは無言で頷く。


「お前が出陣することはない。だが、この先何が起きるかは分からぬ。それが戦というものだ」


じっと彼女を威圧するように見た。

けれども彼女は決して竦むことはない。

むしろ真っ向から受け止めて、同じような視線を向けてきおった。


「お前は、お前の誓いを覚えているか?」


その問いに彼女はすこし驚いたように目を丸め……そして微笑んだ。


彼女の、誓い。


それは、儂より剣を授かった時に誓ったもの。


『私は、私の名に誓います。今までお父様に、諸先輩方に教えていただいたこと、そして築き上げた私の剣術に私は誇りを持っています。私は私の誇りを自ら汚さぬよう責任を持ち、剣を振るうことを誓います』


そう娘が儂に告げたのは、遠い遠い昔のこと。

けれども、この様子を見るに忘れたことなどないのだろう。


「勿論です。ですが、今、私が剣を持つ理由はあの頃とは異なります」


「……どういうことだ?」


「誇りよりも前に、私が最も大切にするモノは私の周りにいる方たちです。彼らを守るためならば、誇りをかなぐり捨て私は鬼にでも修羅にでもなりましょう」


「そうか……」


メルリスの解答に、儂は笑った。

けれども、すぐに笑いを引っ込める。


「行って来る」


「……御武運を」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 剣の誓い アニメや映画なら見せ場なので 決め決めセリフでないのが残念‼️
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