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母 弐

二話目です

アルメリア公爵家に帰ると、まずは旦那様の様子を見に行った。

……旦那様はスヤスヤと安らかな顔で眠っていた。

未だ予断は許さないが、以前よりも顔色は頗る良くなっている。


そんな旦那様の様子を見て、ホッと息を吐きつつ、側の椅子に腰掛けると、彼の頭を撫でた。


旦那様は、ずっと働き過ぎだった。


アイリスちゃんのことはアイリスちゃんのことで心配で、顔を見に行きたい、何かしら手助けしたいと思うことが何度もあったけれども……それができない程、彼の側を離れることなど到底考えられなかった程に、彼の体調が心配だった。


……最近は、それが特に。


王宮の勢力争いが激化する中で、それでも政を滞らせる訳にはいかないと彼はギリギリのところをいつも渡り歩いていた。

それは体力的にもそうだが、精神的にも。

いつだって彼の見据える先には、国と民たちがいた。


災害や偽金貨事件で多くの民たちが翻弄され、被害に遭ったが……そもそもの前提で、彼や彼の部下、サジタリア伯爵……そしてアルフレッド王子がいなければそこまで国が保たなかったかもしれない。


エルリア妃やマエリア侯爵の威光を笠に着て役職に就いた者たちが多く国政の内部に食い込んでいたが、彼らは与えられた役職の存在する意味すら知らない。


それ故に、何もしなかった。


することといえば、己の私腹を肥やすことと彼の邪魔をいかにするかであった。


何せ、彼らのトップにいたエルリア妃やマエリア侯爵自体がそれらを率先して行っていたのだから。


むしろお零れに預ろうと、陰ながら彼らに追随する者たちが出る始末だった。


国の行政が滞ること、つまりそれは、人々の生活を取りまとめ国を運営するための機関が正常に動いていないということであり、それ故に遠くない未来には民たちの生活にも大きく影響する。


政務に携わらない私でも、それぐらい分かる。


そうなれば遅かれ早かれ、やがて自壊するか、もしくはこれ幸いと他国より攻め入れられるか……。

国が保たなかったというのは比喩でもなく、ましてや大げさな表現という訳でもない。


そんな状況下で、休む間もなく働き続けた旦那様が心配で、気が気ではなかった。


「アイリスちゃんのお仕事中毒は、本当に旦那様によく似てしまったからなのかしらね」


そんなことを思わず、ポツリと呟いた。

次の瞬間、旦那様が一瞬薄く目を開ける。


「……帰って来たのか、メリー」


「起こしてしまいましたか?」


「いや……。それより、アイリスは?」


掠れた声で、心配げに問いかける。


「ご安心ください、旦那様。無事、アルフレッド王子の勝利だそうです。アルメリア公爵領の事態も好転するでしょう……つまり、アイリスちゃんにとっても勝利ですわ」


「……そうか。それを聞いて安心した……」


ふうと安堵の息を漏らしつつそう呟くと、再び旦那様の目は閉じられた。

旦那様の体調が心配になって様子を見続け、けれども彼の安らかで規則正しい寝息が聞こえてきて、安堵する。


心配性が過ぎるかしら?

目を閉じる度に、このまま永遠の眠りになってしまうのではないかと考えてしまって、いつも気が気ではない。


旦那様の額にキスを落とすと、そのまま立ち上がって入って来た扉とは別の扉を潜った。


その扉は、一見すると扉に見えない。

壁と完全に同化していて、存在を知らなければ開けることはまずできないだろう。

こうした仕掛け扉で繋がる隠し部屋や隠し通路は、貴族の屋敷には必ずといっていいほど存在する。

この屋敷にも、そしてアルメリア公爵領本邸にも、少なくない数のこのような部屋があった。


扉を潜り抜けた先にあるのは、物置と称して差し支えないほどの小さな部屋。

装飾の類はなく、家具もない。

唯一、ポツンと小さな丸いテーブルとそれと対になる椅子が一つ部屋の中央に置かれているだけだった。


私は、その椅子に腰掛ける。

普段座るような、クッションのきいた豪奢なそれではない。

木造の、どこにでもあるようなものだった。


私はそこに腰掛けた後、机の上に無造作に置かれた剣を手にする。

その細剣も、この部屋やこの部屋にある家具のように、飾りらしい飾りは一切ない。


手に馴染むそれを暫く握って……それからスラリと、鞘から剣を抜く。

使い込まれていて、けれども丁寧に手入れをされていることが一目で分かるような、酷く実戦的な刃。


……一呼吸。


私はその剣を額に近づけ、目を閉じていた。

いつもの訓練で、呼吸を落ち着けるときのように。祈るように。


そうして、それからその剣の手入れを始めた。

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