再会
三話目です
ターニャは一瞬ディーンの顔を見て驚いていたが……すぐにそれを引っ込めていた。
「ようこそ、アルメニア公爵令嬢」
彼の言葉に、私は微笑みを顔にくっつける。
「お招きいただき、光栄です」
「……改めて名を名乗ろう。私はアルフレッド・ディーン・タスメリア。この国の第一王子だ」
……それは、決別の言葉だった。
彼にとってはそうではないのかもしれないが、私にはそう聞こえた。
「私は、アイリス。アイリス・ラーナ・アルメニアでございます」
相手の顔を知っていたとしても、初めて話すときには互いに紹介をする。
そして、上位の者が名を名乗らぬ限り下位の者は名乗れないし、知っていても相手の名を呼ぶことは許されない。
今のディーンはただただ王族であり……私はただの貴族であった。
過去のあれこれは、ここにはない。
「この度は、アルメニア公爵家及び公爵領に多大なる迷惑をおかけした。この場を借りて、謝罪させていただきたい」
「勿体無いことにございますわ、殿下。我が家は貴族としての本分を全うしただけにございます」
「貴女は……いや、アルメニア公爵家は、私が知る中で最も貴族らしい貴族だ」
賞賛なのかどうかは分からないが、彼はそう言って微笑む。
その笑みに、今日何度めになるか分からないが、胸が痛んだ。
沈黙が、私たちの間に落ちる。
いつだって時が惜しいと、たくさんの話をしていたあの頃とは大違いだ。
彼は、身振りで控えていた使用人達を下がらせる。
「ターニャ。貴女も下がってちょうだい」
動かなかったターニャに、私はそう伝えた。
「しかし……」
戸惑うように、彼女は私と彼を交互に見る。
「大丈夫よ」
殿方と二人きりはあまり良くないが、ここは密室ではなく広い空の下。
それに見えないだけで、恐らく多くの者たちが側に控えている筈だ。
「……畏まりました」
そうして、この場に残ったのは私と彼の二人だけ。
「……驚きましたか?」
そうなって、初めて彼の口調が変わった。
「……。ええ、そうですわね。あの日あの時あの場で『貴方』が現れたことには、驚きましたわ」
姿が見えないと言っても、人は控えている。
だからこそ彼は主語をつけなかったのだし、私もまた言葉を濁した。
「ですが、同時に納得致しました。何故貴方のような方が、私などのような者の前に現れたのか」
ディーンが高度な教育を受けていたことは、他ならぬ私が良く分かっていた。
商家の出だということでは、説明ができないほどに。
だからこそ彼が第一王子だと知って、驚くよりもむしろ納得した。
恐らく彼は、視察に来ていたのだろう。
学園を追い出されたお嬢様が領主代行の地位につき、じっとしているどころか色々始めたのだから。
私の言葉に、彼は苦笑いを浮かべた。
どうやら、私の推測は当たっていたようだ。
「……どうかされましたか?」
知らず、私は笑っていたらしい。
突然の私の変化に、彼は私に伺うように問いかける。
「いえ、何でもございませんわ。少し、考え事をしていました」
本当に、何でもないことだった。
……彼が何の思惑を持って、私のところに来たのか。
それを考え……結局どうでも良いと結論に達したのだ。
それは責めている訳でも、呆れている訳でもない。
そもそも、彼が自身の素性を偽っていたことに対する恨みも怒りも全くないのだ。
何故なら、彼の素性を知らずに受け入れていたのは他ならぬ私。
商人の家の出にしては……おかしいと感じることが多々あった。
それでも彼を受け入れたれのは、お祖父様とお母様の知る身元が確かな人だったからだ。
……否、そんなの詭弁だ。
いつの間にか、そんなのどうでも良くなっていたのだから。
彼が何者でも、側にいてくれさえすれば良いと目を瞑ってしまっていた。
何故、という疑問を彼方に放っていたのだ。
だから、彼を責めるつもりは全くない。
そこまで考えて、つい、笑ってしまったのだ。
此の期に及んで、まだ彼に囚われている自分に。
なんとまあ、恋とは厄介な病なことかと。




