会議 参
「誰だ、お前は……」
呆然とエド様が問いかける。
「誰だとは、酷い言い草だ。半分お前と血を分けた兄だというのに」
「なっ……!」
その言葉に、エルリア妃とマエリア侯爵家が立ち上がった。
「私の名は、アルフレッド。アルフレッド・ディーン・タスメリア。この国の正当な王位継承者である!」
彼の声は、雷鳴のように轟いた。
決して大きく声を張ったという訳ではないのにこの部屋の隅々まで轟き、聞いた者はまるで天啓をうけたように痺れ、そして従いたくなるような不思議な魅力に溢れている。
「……あ、貴方がアルフレッド王子だという証拠はあるのか!」
マエリア侯爵は、焦ったように叫ぶ。
「控えよ!この方は、正真正銘のアルフレッド王子である!王族を疑うなど……貴殿こそが不敬罪を犯していることにお気づきか!」
彼を嗜めるように、ディーンの後ろから現れた男が叫ぶ。
そこにいたのは、まさかのルディだった。
……もう、私には何が何だか訳が分からない。
「さて、面白いことを聞かせて貰ったな。『エドワード王子を置いて他に王に相応しい者はいない』?……それは、違う。この国の次期王は、第一王子である私だ。それは建国以来この国の最上の法である王国法に記されていることだ!何人たりともこれを犯すことはできない。……お前たちは、王位簒奪を目論んだ反逆者として捕縛させてもらおう」
「な、何を……どこにそのような証拠が」
「証拠が必要か?この会そのものが、証拠であろうが。なあ、ラフシモンズ司祭。この国の貴族でないお前に問うが、今まで彼らの言った言葉は、私の空耳だったのであろうか?」
「いえ。私の耳に入ったものは、確かに貴方様の仰る通りでございました」
慣例により、ダリル教の代表がこの場には呼び出されている。未だ教皇は定まっていないものの、実質的に権力を握っているラフシモンズ司祭が、この場に出席していた。
……つまり、ラフシモンズ司祭はダリル教の代表者という位置づけだ。
その彼が、ディーンの言葉を肯定したということは決して小さくない影響だ。
私の破門騒動で国内での権勢が一気に落ちたものの、それでも人々の生活に根付き……否、その事件によって数多の司祭が失脚したからこそ本来の姿を取り戻そうと、『民の最後の砦』であろうとし、そしてそれによって民の信頼を着々と築き上げているダリル教の代表がディーン側に回ったということだ。
目敏い者であれば、決して無視できないことだ。
「だろうな。……私の死を確認せずに動くとは、随分事を急いたな」
「……。所詮伯爵家ごときの出の母を持つお前に、皆がついていく筈がないわ!」
けれどもエルリア妃は、ディーンへの否定の言葉を叫んだ。
その顔に浮かぶのは、憤怒。その瞳に浮かぶのは、憎悪。
化粧を施し美しさを追求した筈の彼女の面が剥がれたようにすら、私には思えた。
「貴女の気持ちはよく分かりました。伯爵以下の者たちが多く在籍するこの場で、よくもそのようなことが言えましたね。……この場に貴女たちが居続けたら、話が進まない。一先ず二人には先に退出して貰おうか」
ディーンの言葉に、衛兵たちは動き出す。
「な……!無礼者!手を放しなさい!」
彼らは抵抗していたが、そこは本職。
彼らの抵抗を意に介さず、引きずって連れて行った。
「お祖父様!母上!」
エド様が引き止めるように叫ぶが、既に彼らは部屋から出て行った。
「貴様、よくも……!」
動こうとしたエド様を制するように、残った衛兵がエド様とユーリを取り囲む。
ユーリは、恐ろしいといった程で震えていた。
困惑した場を切り裂くように、私は口を開く。
「……エルリア妃の言うことにも、一理あるかと存じます。エドワード様を王にとは決して申しませんが、貴方様が王になったところで、これまでと何が変わるのでしょうか?どうやら、アルフレッド王子は私どもを切り捨てないご様子。であればこそ、私はその策を伺いたいのですわ」
私が、ディーンに問いかける。
ディーンは一瞬キョトンと驚いた顔をして……けれども、すぐに不敵に笑った。
私の一番好きな顔だ、と場違いな気持ちが私の胸を占める。
「切り捨てるなどと……むしろ、こちらが切り捨てられやしないかとヒヤヒヤするところでしょうに。……先ほどあの二人を捕らえて領地を没取するという阿呆なことを言った弟に賛同した阿保な奴らも、よく考えろ。救援物資の約四割を提供して、アルメリア公爵領はそれでも他のどの領地よりも平時に近い暮らしを約束しているのだぞ?その物資量、資金量は他家の追随を許していない。お前たちの領地に送られてくる救援物資は、他に何の手も打たなければアルメリア公爵家が手を引いた途端、量が約半数になるということだ。また、救援物資を必要としない領地においても、アルメリア公爵家に拠点を置く商会が手を一斉に引いたら、経済的に大打撃を受ける。彼らは利益が出るからこそ未だこの国で取引を行っているが……利ではなく損の方が出るとなれば、あっさりと他国相手に切り替えるだろう。アルメリア公爵領には港があり、活発な貿易をしているのだからな。今はまだ主取引相手として新規開拓よりも手間暇がかからんから、こちらに目を向けていてくれているだけだ」
「で、ですが……この者共を捕らえ、その基盤をそっくりそのまま王国の物とすれば……」
「だから阿呆だと言っているのだ。軍を動かすと言っていたが、軍の重鎮であるガゼル将軍の実家であるアンダーソン侯爵家とアルメリア公爵家は縁続きな上、領地は隣同士。この二家が手を組めば、軍を動かすどころの話ではない」
「ですが……」
「くどい。よしんば強引に国の物としたところで、王国にアルメリア公爵領を統治できる人材がいない。民も従わん。それだけのものを、彼女は作り上げてきたのだから」
彼の言葉に、他の貴族たちがたじろぐ。
「まあ……我が領地を過分に評価してくださってありがたいことですわ。だからこそ、私は問わせていただきましょう。今回の件を、どのように終息させるおつもりですか?」
アルメリア公爵家を彼は擁護してくれたのだ……だからこそ、次は私の番。
彼の見せ場を作ると共に、その方策を擁護しようではないか。
だからこそ、あえて厳しい言葉で彼に質問をした。