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勧誘

五話目です

「なあ、ライル。そろそろ今日何で王城に来たんだか、その理由を教えてくれねえか?」


「……行けば、分かる」


俺の問いに、ライルからは答えになっていない言葉が返ってきた。

今、俺たちは王都に着いたその足で王城に向かっていた。


俺はさっきの問いかけの後、口を開くのをやめた。それは俺の半歩前を歩く相棒……ライルから溢れる気があまりにも、禍々しかったからだ。


触れれば切れるのではないか……普段の貴公子然とした様子は全く見られない。


俺たちは王城入り口で待機していた使用人の一人に案内されるがまま、歩いた。


そして、そこで待っていたのはユーリだった。意外な人物の登場に俺は驚きが隠せない。


「あら、やっぱりライル君、来たのね。……一人、お呼びじゃない人もいるけれども」


彼女はライルが現れたことを見た瞬間、目を輝かす。

けれども、その横の俺の姿を見つけて拗ねたような表情にすぐさま変わった。


「別に問題ないだろう。……コイツがいても」


「あら、貴方が良いのなら、私は別にどうでも良いのだけどね」


皮肉げに、彼女は口を歪める。


……これが無邪気と天然だけが取り柄のあの女かと、目眩を感じた。そして、同時に、その様をまるで知っていたかのような態度を取るライルに、疑念を感じる。


「それで、私を呼んだ理由は?」


「もう……分かっている癖に。わざわざ私の口から言わせる気?」


「さあ。分からないから聞いているのです」


「全く……」


彼女は溜息を吐くが、その様は全く困っているようには見えない。

むしろ、どこか嬉しそうだった。


「単刀直入に言うわ。貴方、騎士団に入りなさい。私が、口を聞いてあげるから」


「それはもう、断った筈ですが?」


「知っているわよ。でも、今回貴方は受ける筈よ」


彼女は自信満々そうにしている。


「貴方が騎士団に入ったら、私は貴方がメレーゼ伯爵家当主になるように力を貸してあげるわよ」


その言葉に、更に衝撃を受けた。

一体こいつは何を言っているのだ……と。


メレーゼ伯爵って……確か、新たに騎士団長になった奴のことだよな?


「何故、貴女は私の出自を知っているのですか?」


ライルは、ただただ静かに彼女に問いかける。

俺からしたら訳がわからなくて頭がこんがらがっていたが。


「今や私は、この国の未来の王妃よ。欲した情報は、簡単に手に入れることができる位置にいるの。時折出てくる貴方の所作があまりにも気品があって、不思議に思ったから調べさせたのよ。そしたら、驚いたわ。まさか、貴方が前メレーゼ伯の庶子だったなんて。自分の親と同じぐらいの男に見染められた、哀れな貴方のお母様。挙句、望んで得た寵でもなかったのに、正妻の悋気に触れて殺されてしまったのだから同じ女性として同情するわ」


彼女から出た言葉に、取り繕うことも忘れて口をパクパクと声にならない声を発していた。


「その様子じゃあ、貴方は相棒にも自分の過去を言っていなかったみたいね」


彼女は俺のその様を目ざとく見つけ、顔を歪めて笑う。


「憎いでしょう?何も知らない現メレーゼ伯爵が。お母様を殺され、自身も殺されかけて放逐されたというのに、あの男は何も知らないが故にのうのうと生きて貴方を勧誘までした。お母様の仇を取りたいでしょう?前メレーゼ伯爵は既に亡いのは残念だけど、それを現メレーゼ伯爵にぶつけることで復讐とすれば良い。……どう?良い話でしょう?」


彼女の瞳には、狂気が宿っていた。全く躊躇いも何もない。

むしろ、彼女こそがメレーゼ伯爵を憎んでいるようにすら見えた。


「生憎ですが、私には必要ありません」


けれども、ライルはその熱に浮かされていなかった。

ただただ静かに、彼女を見据えたままだ。


「な……にを、言っているの?」


その返答に、彼女は呆然としていた。


「ですから、必要ないと言ったのです」


「嘘よ!」


再度の否定に、彼女は怒りに顔を歪めた。


「憎くない筈がないもの!だから、貴方もかつては騎士団を目指したのでしょう?そう聞いているわ。……まさか、あのお人好しな天然公爵令嬢に誑かされたの?」


彼女は、ライルに掴みかかった。

その激しさに、俺は目を疑う。

けれども、肝心の本人……ライルは冷ややかに彼女を見下すだけだった。


「メレーゼ伯爵の名は、捨てました。……元より、名乗る資格はないと言われていましたが。私はお嬢様に拾われ一度、死んだ。死んで、生まれ変わった。だから、メレーゼ伯爵のことなど興味もないし、騎士団に入りたいとも微塵にも思いません」


ライルは掴みかかる彼女の手を離させると、冷ややかな目をそのままに彼女に淡々と言い切った。


「私が今日ここに来たのは、貴女がどうして私の亡霊を知ったのか知りたかっただけです。所作ですか……以後、気をつけるようにしましょう」


興味は失せたとばかりに、ライルは踵を返す。


「待ちなさい!……何故……。過去は、簡単に捨てられない。特に恨みや憎しみが積もれば積もるほど。貴方もそう思うでしょう?」


「捨てられない。けれども、拘る必要もない。私には、より大切なモノができましたから、どうでも良いと思うのですよ」


ライルはそう言い捨てると、部屋を出て行った。

俺も、その後を慌てて追う。


来た時と同様、無言でただただ歩いていた。

さっきよりも重苦しい雰囲気が俺たちの間に漂っている。


「……なあ」


意を決したように、ライルに声をかける。


「なんだ?」


「俺、同行して良かったのか? こんな形でお前の過去を知っちまったけど……」


「良いんだよ。お前に隠していたつもりはなかったんだ。言うタイミングがなかっただけで。……お前の過去を一方的に知るっていうのも、な……」


そう言った彼の表情に、先ほどまでの鋭さはない。いつもの、俺がよく知る奴だった。


「へへ……そっか」


思わず照れたように笑っちまって、それがまた気恥ずかしくてライルの背をポンと叩く。

それに、ライルも笑った。


「にしても、お前がお貴族様ねえ……。言われてみれば、そんな感じか。お前、姫様は知ってるのかよ?」


ズバズバと、容赦なく言った。もう、遠慮はいらない。


「俺がメレーゼ伯爵の落とし胤ということか?それとも、あの女に今日呼ばれたことか?」


「そりゃ、どっちもにきまってるだろう」


「あの女に呼ばれたことは、伝えていない。今のお嬢様に余計なご負担をおかけするのもな……」


「そっか……」


「俺の過去については、知ってるに決まっているだろう。俺を拾って来た時に旦那様がお調べになったし……俺自身、最初お嬢様に拾われた時に反抗してそれを話したから」


「お前がお嬢様に反抗!……くそう、見てみたかったぜ!」


そう言って盛大に笑った俺に対し、ライルは溜息を吐く。


「黒歴史だ」


「因みに、どう反抗したんだよ?」


「……。『俺はメレーゼ伯爵の息子だ』だとか、『騎士団に入るために生きているんだ』だとか……挙句、『お嬢様のおままごとには付き合っていられない』だとかだな」


「うっわ……それ、マジでお前が言ったのか?」


「……だから言ったろう。黒歴史だと」


「へえ……そんな貴族の坊ちゃんが、どうして姫様に落ちちまったんだよ」


「貴族の坊ちゃんと言うな。……泣かれたから、だな」


「そりゃ、ありきたりだな」


「ああ、ありきたりだ。だが、八つ当たりで言った俺の過去を聞いて、あの方は泣いたんだ。……自分の力が足りずに済まないと」


「……は?」


「同情してるのかと思いきや、五歳の女の子が自分の力の足りなさを嘆いたんだ。それを聞いて、どうすることもできない無力さが恨めしいと。だから、待ってくれと。騎士団になりたいというのなら必ず力をつけて、その願いを叶えてみせると言っていたな」


その頃を懐かしむように、彼は遠い目をしていた。


「……考えてみれば、初めてだったんだよな。俺自身を見て、俺の力になりたいと言ってくれた人は。母親も、欲しくてできたわけでない俺を目の敵にしていたし、父親は元々興味なんてなかったし」


「お貴族様も大変なんだなあ。……というか、姫様はその頃から姫様だったんだな」


「そういうことだ。俺の存在を認めてくれる方に、俺はやられたよ。騎士団に入りたいだなんて、微塵も思わなくなってた。実は師匠からの推薦の話、お嬢様からの打診だったんだよな」


「は?俺、知らなかったけど」


「俺もだ。『お祖父様のお眼鏡に叶うようになった暁には、是非に』と、俺たちが師匠のところに通うようになった時に言ったらしいんだ。それを、後から師匠に聞かされた」


「でも、お前は選ばなかったんだな」


そう言って、再び俺はライルの背を軽く叩いた。


「当たり前だ。……お嬢様の護衛以上にやり甲斐のあるコトなんて、あるものか。……背を任すことのできる相棒もいることだしな」


ライルも、お返しとばかりに俺の背を叩く。


……ずるいだろう。

このタイミングで、そのセリフは。


俺はむず痒くなって、ライルに背を向けてさっさと先を歩いた。



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