下準備
四話目です
それから、ターニャに支度をしてもらって私は再び王都に向かった。
機動性を重視して、最小限の人員を引き連れて。
道中、いつかの破門騒動を思い出す。
あの時は、ディーンに助けて貰ったっけ。
……あの時だけじゃなくて何度も、か。
でも今、ディーンは側にいない。
こんな騒ぎが起きて、彼は無事なのだろうか……。
考えないようにしていた疑問が、私の中で沸き立つ。
彼の無事を知る手段が、私にはない。
それ故に余計に心配で……胸が、痛い。
けれども、現実が私を追い立てその心配すら胸の奥底に追いやって考えないようにしていた。
たまにそれがひょっこりと顔を出して、不安に押し潰されそうになった時は、いつもこの懐中時計を握りしめた。
……許されるのであれば、彼を探しに飛び出してしまいたかった。
でも、できない。そうする訳には、いかない。
ただただ、彼を待つことしか……私にはできなかった。
動いたら、私は私を一生許すことはできなかっただろう。
私は不安を振り払うように、懐中時計を握り締めた。
王都に到着すると、その変わりように私は息を飲む。
こんなにも、王都って寂れていたっけ……と。
ライルやディダが、辺りを警戒する。
道中なんかよりもよっぽど危険を感じたのか、彼らの緊張感が高まっていた。
そんな状態のまま進み、屋敷に到着する。
変わらない面々に息を吐きつつ、最初にお父様のところへと向かった。
「お久しぶりです、お父様。以前よりもお元気そうになられて、何よりです」
「……久しぶりだな、アイリス。メルリスと皆のおかげで、何とか……な」
そう言って微笑まれる姿は、どこか弱々しい。
以前よりも、確実に痩せている。
座っていることも、まだ辛そうだ。
顔色が以前より良くなっていることが救いか。
「お母様も、お久しぶりです」
「ええ。……頑張っているようね」
「いえ、それほどでも……」
お母様の優しい言葉に、私は盛大に照れる。
「……アイリス。話は、聞いている」
けれどもお父様から続いた言葉に、私はすぐに頭を切り替えた。
「申し訳ございません、お父様。私という存在が、どこまでも家の足を引っ張ってしまって……」
「何を言うか。……私はお前に領主代行の地位を与えたことを、微塵も後悔などしていない。それに、お前が上に立っていなかったとしても、マエリア侯爵家にとってアルメニア公爵家は邪魔な存在であった。どのような形であれ、排斥しようと動いていた筈だ」
「そうよ、アイリスちゃん。まるで自分で自分がいらない存在みたいな言い方、止してちょうだい。貴女は、私たちにとっても領地の者たちにとっても大切な存在なのよ」
「お父様、お母様……」
「存分に、思うようにやれば良い。私たちは……いや、領民たちも、お前の決めたことならば、信じる」
「ありがとうございます」
目頭が熱くなった。
本当に、何故分かるのだろうか……お父様もお母様も、私が欲しい言葉を的確にくれる。
「お前が動くというのに、共に動けぬこの身が恨めしい」
申し訳なさそうに呟くお父様に、私は頭を振る。
「良いのです、お父様。そのお言葉だけで、私は充分」
お父様とお母様との会話で、私の心は温かいモノで満たされた。
自分を絶対的に信じてくれて……肯定してくれる。
それが、何と心強いことか。
「お父様は、早く御体調を整えてください。私も少し休みますので、これにて失礼させていただきます」
そうして、私は自室に戻った。
そのタイミングで、ターニャが入ってきた。
「……失礼致します、お嬢様」
「首尾は?」
「モネダが協力してくれましたので、調査は既に。それから、お師匠様を含め、アンダーソン侯爵家の方々にもご協力いただきましたので」
「そう。ならば、万が一の時も少しは安心できるということね。それで、ターニャ。マイロという男と接触することはできたのかしら?」
私の問いかけに、彼女は無言で頷く。
「ならば、エルリア妃の招集に彼は……?」
「煙に巻いてましたが、こう言っていましたよ。『勝負どころを間違えるような人ではない』と」
「そう……」
彼女の言葉に、何となくディーンが隣にいる時と同じような……安心感が、私の胸に広がった。
「気のせいよね……」
私は、そっと胸に手を充てる。服の下には、いつものように懐中時計がぶら下がっていた。
「どうかされましたか、お嬢様?」
「ううん、何でもないわ。私自身が交渉する相手についてはこれから動くとして……ターニャ。その他手紙を渡す相手については貴女に任せたわよ」
「確かに承りました。最上の結果を、お嬢様に捧げます」
「そう。……ありがとう、ターニャ」




