決意
三話目です
「お嬢様……」
セバスが、申し訳なさそうに私に声をかける。
きっと、何かまた厄介ごとが現れたのだろう。
「王都より、このような手紙が……」
セバスより受け取った手紙を、私は読む。
読み進めるうちに、ぐしゃりと手に力が籠って紙を握り締めていた。
全てを読み終えると、私は苛立ちのままに紙を切り裂き棄てた。
「何なの……この内容!」
怒りのままに、叫ぶ。
ビクリと、端に待機していた侍女が私のそれに怯えるように反応をしていた。
「……ああ、ごめんなさい。貴女はもう良いから下がっていて」
私がそう言うと、慌てて彼女は部屋から出て行く。
その様を見て、幾分か頭が冷えた。
「また、物資の提供の要請?一体、何度目だと言うのよ!挙げ句の果てに、要請を拒めば反乱と見做すですって……?一体何様のつもりよ!」
手紙の内容を要約すると、『お前のところは物資が余っているんだろう?国が使ってやるからさっさと寄越せよ。拒否したら反乱と見做して軍を送るからな』という感じだった。
文体は丁寧だけど、内容には大差ない。
「こっちは既に三回物資を送ってるのに!これ以上送ったら、こっちのが不足するわよ!」
ついつい乱れた口調に、けれどもセバスは咎めない。
既に裏帳簿分を残して、大半を王都に送ってしまっている。
その量は、小さな領地なら一つの領の生産量に匹敵するほど。
毎度のことながら脅すような文面に、仕方なく送り続けたのだ。
アンダーソン侯爵家の伯父様伯母様に手紙を送ったところ、最初の一回だけだったそうだ。
完全に、私への嫌がらせとしか思えない……!
「これ以上は、我が領地でも流石に不可能です。むしろ、このままではこの地が貧窮します」
裏帳簿を知らないセバスの顔色は、真っ青だった。
「そうよ。拒否するしか、手はないわ」
「しかし、お嬢様……」
「送る物がないんじゃ、どうしようもないわ。逆に送ったとしても、次は次はと言われるに決まっている」
私は以前改ざんした帳簿をくっ付けて、これ以上の物資は送れない旨を書き綴った手紙をセバスに渡す。
「お祖父様と伯父様にも手紙を。万が一のことがあった時に、隣接する領地で流石にあそこだけは敵に回したくないもの」
セバスは強張った顔で頷いていた。
「それから、財務の領官を呼んで。予算を増やして、他国からの物資購入を増やしましょう」
「そうですね。すぐに行って参ります」
……どのような、回答が来るのやら。ただただ、恐ろしい。
この騒動のおかげで、ミモザの婚姻が更に伸びたことだけが救いか。
一応、ラフシモンズ司祭のところで止まったままだけど、両家ともにそれどころではないし。
そんなことを考えつつ、窓辺に置いてあるアジュガの植木鉢を眺める。
これを買ったことが、随分昔のように感じるな……。
パチン、と自分で自分の頰を打つ。
感傷に浸っている場合ではない。
そうして、私は再び仕事に没頭した。
それから、数日後……思ったよりも早くに、再び王都より手紙が届いた。
恐る恐る、蝋で閉じられたそれを開ける。
「……どうでしたか?」
「相変わらず、よ。御託は良いからさっさと物資を送れ……ですって。ウチの食糧もお金も無限にある訳ではないというのにね」
これが最後通告だと、書いてあった。
拒否した瞬間、軍を送ると。……どこの借金取りか!と叫びたい。
それより、タチが悪いか。
「……王都に、行くわ。ちょうど、エルリア妃が貴族たちを集めて会を開くみたいだから」
「この状況で、ですか?」
セバスの疑問も、尤もだった。
何故こんな状況だというのに、わざわざ各家の者たちを集めるのだろうかと。
「恐らく、エド様の地盤固めといったところね。正式に王に就いたと内外に示すためのデモンストレーションみたいなものでしょう」
「しかし、お嬢様……」
「その場をお借りして直談判してくるわ。このままでは、ただただ搾取されていくだけ。いずれ限界が来ようとも、奪われ続けるだけの未来しか私には見えないわ。そして、そうなったところで、きっと省みられることもない。……そんな未来、私は断固として拒否するわ」
「そうですね」
「ただ一つ、懸念が。……セバス。貴方、保たせることは、可能?」
「……お嬢様は、ある程度既に対策を打ってくださいました。素地が出来上がっている状況で実行するのであれば……今までの私の経験があればこなすことも可能かと。また、頼もしい領官たちもおります」
「では……?」
「どうぞ、お嬢様。心置きなく戦地へ」
「……ありがとう。留守を頼むわよ」
「畏まりました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」




