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ベルンの旅路 弐

二ページ目です

……そうして、辿り着いたモンロー伯爵領。


その地に入った瞬間、僕は言葉を失くした。


活気がない……そんなレベルではなかったのだ。

王都のスラムの方がマシだと思えるような、大通り。


水が引いたばかりの、ぐしゃぐしゃの道路。

そこに横たわる、皮と骨ばかりの……生きているかも定かではない人たち。

鼻を突き刺す腐敗臭。


「何だ……これは……」


思わず呟いた言葉に、応えはない。

衝動のままに、僕は駆け出した。


「ベルン様!お待ちください!」


護衛たちの言葉も、僕の耳に届くことはなかった。

……目の前の光景に、頭がいっぱいになってしまっていて。


こんなの嘘だ、と内心叫びながら駆け抜ける。


けれども、どこを走っても似たような光景が広がるばかり。

否……それ以上の光景が僕の視界に映る。

地獄があるというのならば、ここがそうだ……と絶望が心を占める。


「貴方……お貴族様ですか?」


一人、呆然と宙を見ていた女性が僕に声をかけてきた。


「お恵みを……私、この三日間泥水しか口にしていないのです」


よろよろと、彼女は僕に近づく。

痩せこけた体に、虚ろな瞳。

その生気のない、何も映さない瞳に僕はぞっとした。


……だからこそ、気づかなかった。


「引っ込んでいろ!」


僕と彼女の空間に近づいてきた男の存在に。

彼は彼女を力任せに押しのけ、僕に縋り付いてきた。


「俺に、お恵みを。何だってします。食い物を恵んでくださるのなら、貴方の奴隷になります」


わらわらと、人が近づいては後退る僕に縋り付こうとする。

最初に僕に近づいた女性は、倒れたままピクリとも動かなくなっていた。

それを人は平気で踏み付けて、僕に手を伸ばす。


「う……わああああああぁああぁあ!」


悍ましい、と。

そう思ってしまった。

多数の人の手が、まるで死への誘いかと思えてしまうほどの恐ろしさ。


……僕はその光景を拒絶するように、思わず頭を抱えて叫んだ。

その声に反応した2人のの護衛たち……1人は街に入る前の街道で馬番をしてくれている……が僕の元に馳せてくれた。


「お前ら、そこを退け!」


剣を取り出した護衛を見て、僕は我に返る。


「切るな!」


そして、叫んだ。その言葉に、今度は護衛は戸惑う。


「ベルン様……しかし……」


「良い!……お前たち、食料が欲しいのだろう!」


僕の言葉に、ギラリと人々の目に光が宿った。


「フォン!」


名を呼ばれた護衛は、けれども戸惑うばかりだった。


「しかし、ベルン様!」


「良いんだ、思いっきり投げろ!」


彼は背に背負っていた包みを、思いっきり遠くになげた。


「あの中に、私たちの持つありったけの食糧がある」


そう言った瞬間、我先にとそこにいた人々は投げ出した包みの方へと駆け出した。


そうして僕と護衛二人は、彼らとは逆の方へと駆け出す。

領境まで駆け抜け、辺りに人がいないことを確認すると、ベルンも含めた三人が腰を下ろした。


「勝手に動いて、済まなかった……」


「ご無事で何よりです。しかし、食糧は宜しかったのですか?」


「一日ぐらい、食わずとも良い。携帯食糧が懐にあるから、四人で分け合えば持つだろう。お前たちこそ、付き合わせてしまって申し訳ない」


「良いのです。しかし、あれは……」


護衛たちの表情が一様に暗くなる。

皆、僕と同じくあの地獄の光景を見たのだ。

戸惑い、そして恐れているということがありありと見て取れる。


「……恐らく、今回の件が最大の原因だろうが、それだけじゃない。彼らの様を見るに、災害が発生してからだけではないのだろう。恐らく、領地の食糧はモンロー伯爵の采配によって困窮していた」


努めて冷静な声で、呟く。


「そんな……!」


「上に立つ者次第で、こうも変わるのか……」


ギリリと、思わず唇を噛んでいた。

心の内にあるのは、怒り。

この地獄を生み出したモンロー伯爵家、何より……無力な自分への怒り。

怒りが湧き上がれば上がるほど、胸の内は熱くなる心地がした。


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貧困と飢餓は倒すことの出来ない本当のラスボス。
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