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閑話

僕の名前は、セイ。氏はない。元々スラム街の出で、お嬢様に拾われて以来、アルメニア公爵家で働かせていただいている。

けれども セバスさんの下で、公爵家執事見習いとして館で働いていたのが今はもう、遠い昔のようだ。

事の発端は、お嬢様が領主代行となられてから。お嬢様は商会を立ち上げ、同時に僕を商会の担当とした。それ以来、執事としての仕事は何処へやら…お嬢様の目となり口となり、各担当者との打ち合わせ、お客様の対応等々…仕事は山ほどある。今も、伝書鳩よろしくお嬢様からの伝言を伝え、指示を出してきたところだ。


「あら、セイさん。お疲れ様です」


「お疲れ様です、ターニャさん」


すれ違ったのは、同じ身の上のターニャさん。彼女もまた、侍女としてお嬢様の手となり足となり働いている。


「どうですか?最近は」


「相変わらずですね。ターニャさんは?」


「私も、変わらずです。そういえば、この後のご予定は?」


「少し休憩して、お嬢様のところにお迎えにあがろうかと」


「でしたら、どうです?お茶でも飲みませんか」



珍しいターニャさんからの誘いに乗って、僕は使用人の休憩室に行った。


「どうぞ」


適当な椅子に座った僕に、ターニャさんはお茶を出してくれた。薄い黄色のような緑色っぽいそれは、最近商会でも力を入れ始めたハーブティーというやつだ。


「これは、ローズマリーのハーブティーです。疲れた時に、とても良いんですよ」


「ありがとうございます。…いただきますね」


一口飲んで、ゆっくりと息を吐く。


「美味しいです。……僕、そんなに疲れているように見えましたか?」


「いいえ。ですが、お疲れでしょう?」


「はは、は…まあ、そうですね。でも、僕なんかまだ良いんです。お嬢様の事を考えますと…」


「私も、それが心配なんです。お嬢様がお休みされているところを、私はここ最近とんと見なかったですから」


「そうなんですよね。あの方を見ていると、僕もまだまだ頑張んなきゃなって思いますよ」


僕の仕事は、確かにお嬢様が帰ってきてからとても増えた。けれども、嫌だとは思わない。寧ろ、あの商会がどこまで大きくなるのか…その助けをさせていただくのが楽しみですらある。

それと何より、お嬢様の方が自分の倍以上働いているのを見ていると、自然と頑張らなきゃなって思うんだ。


「お嬢様を基準にしちゃダメですよ。あの方は、もう中毒ですから」


「ははは、言い得て妙ですね……と、そろそろ行かないと」


「今、お嬢様はお母様とお話をしていらっしゃいます。恐らく、まだ手元を片付けることができていないかと…」


「そうですか。じゃあ、もう少し時間を置いた方が良いかな。……それにしても奥様が今回いらっしゃったのは、もしかしてお嬢様を心配されて…」


「恐らくそうでしょう。館の様子は、時折ヤイルから報告が行ってるでしょうから」


ヤイルさんは、この公爵家の第二執事。今は、セバスさんがほぼ領政に掛かり切りだから、実質第一執事の仕事もしている。


「お嬢様の為されていることはとても大切な事だというのは理解しております。けれども私にとっては、領のことよりもお嬢様のことの方が大切なのです。お嬢様もこれを機会に、適度にお休みをして下さると良いのですけれども……」


ターニャにとって、お嬢様は命の恩人。ターニャは僕たちの中でも人一倍その想いが強く、もしもお嬢様に命を差し出せと言われれば、喜んでそうしそうなほどだ。


「そうですね。……あ、ターニャさん。もう一杯、このお茶を下さいませんか?」


「喜んで」


もう少し、ゆっくりしてから行こう。お嬢様の珍しい休憩を邪魔しないように。


「……お、久しぶりじゃん。こんなところに2人揃ってるなんて」



「ディダさん。久しぶりですね」


ひょっこりと顔を出したのは、ディダさん。お嬢様の護衛を務めているこの方は、けれども最近はお嬢様の指示で領内を転々としている為、会うのも久しぶりだ。


「ディダさんも、お飲みになられます?」


「それ、最近話題の茶だろ?飲む飲む」


ターニャはすかさず、ディダさんにもお茶を淹れる。ディダは最初物珍しそうにそれを見るが、一口飲むと嬉しそうに笑っていた。


「あー美味いな、コレ。俺は普通の紅茶なんかよりも好きだ。お嬢様もこんなの次々と開発しちまうんだから、スゲーよな」


「ははは、確かに。ところで、ディダさんは最近何をなさってたんですか?」



「ん?ライルが訓練した新人達を引き連れて、彼方此方の街道の警邏」


お嬢様は治安警備隊の強化と増員をさせて、その強化の訓練はライルさんとディダさんが担当している。公爵家の護衛官って本当に質が高いことで有名だから、これ以上の適任者はいないだろう。

特に、ライルさんとディダさんは王室近衛兵という騎士団の中でも憧れの職務への勧誘を蹴ってここに居座っているということで、有名な人たちだ。


「どうですか?治安の方は」


「至って良好だよ。景気も良いしな。アイツの訓練の方がキツイって新人達も漏らしてたよ」


「ははは、良いことではないですか。それで、今日はどうして此方に?」


「アイツからの呼び出しだよ。何の為かはさっぱり知らねえが。…ま、久しぶりにこっちに帰って来たんだ。少し暴れても良いかもな。あ、ターニャ。お前俺の訓練に付き合えよ」



「ご遠慮させてもらいます」


ターニャさん、実は武術にも明るい。奥様のご実家の方に、幼少期からみっちり扱いて貰ったそうだ。それも、お嬢様をお守りするという一心で。


「私の収めた武は、一撃必殺。相手を殺すために磨いた技術です。貴方とは根本的に違うので、お相手にならないかと」


「ははは、コエー侍女だな。だが、俺が負けると?」


「いえ、そうは言ってません。ただ、性質があまりにも違い過ぎると言いたいんです」


「ま、そうさな。しゃーね。また、アイツと訓練するしかないか」


ディダさんは、最後の一口を飲むと立ち上がった。


「これ、ごっそさん。またな」


「お疲れ様です」


「お疲れ様です……さて、僕もお嬢様のところに行くのはもう少し後にしても、少し仕事をしてようかと思いますので失礼します」



……僕も、頑張ろう。お嬢様も、皆も自分のできるところで頑張ってるんだ。

仕事のことで頭の中がゴチャゴチャしていたけれども、スッキリとした気持ちで持ち場に戻れる。やっぱり、休憩って大事だな。

お嬢様にも、今は確り休憩を取っていただこう。そう、思った。










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