対処
五話目です
……とはいえ、倒れる訳にはいかない。
「誰か! ライルとディダを呼んできて!」
私の声色にただならぬ事態が発生したのだろうと、屋敷の者たちが慌ただしく動く。
「姫様、どうしたいんだ?」
「いかがされましたか、お嬢様」
二人も、血相を変えて私の元に駆けつけてくれた。
それと同時に、ターニャも入室してきた。
その手には、書類。……恐らく、備蓄について纏められているそれであろう。
「ターニャ、ありがとう」
私は促すように、手を出す。
彼女は、すぐさまそれを渡してくれた。
受け取りつつ、二人に水害の話を伝える。
そしてディヴァンの工作による、今後の影響も。
「他領からの移民が増えるかもしれない。でも、アルメニア公爵領の備蓄も土地も無限ではない。……だから、領境の警備を強化して欲しいの」
アルメニア公爵領には、ある程度の期間耐えることができるほどの備蓄がある。
それは今まで積み立ててきた結果だ。
けれども、当然それは有限のもの。
今回の災害から幸いにも遠いこの領に、十分な備蓄があると人々が知れば……おそらく、多くの人がやってくるだろう。
当然領の関所は混乱するだろうし、受け入れ態勢などできていない今の状態では領内の混乱もそれは酷いものとなるだろう。
「畏まりました」
「それから、三人とも。私は貴方たちを、心の底から信頼しているわ。だから言うけれども……」
一瞬、これから言おうと思っていた言葉を発するのを、躊躇した。
けれども、言わなければ始まらない。
「人口を勘案して数ヶ月分保つ最低限の食料を……埋めるわ」
「埋める、ですか?」
三人が戸惑ったような表情を浮かべる。
「勿論、埋めるというのは比喩よ。ただ、それまでの備蓄とは別のところに保管する。我が家のどこが良いかしらね。……万が一の時のために、帳簿も書き換える」
「何で、そんなことをするんだ?」
「国から提供を求められるかもしれないから。私が上にいる以上、どんな無理難題を課してくるか分からない。もしかしたら、調査にも来るかもしれない。だからこそ、備えておこうと思って」
「なるほど……」
「……最低な考えだけど」
そう呟きつつ、自然と自嘲した。
最後のそれは、三人には聞こえなかったらしい。
「……それじゃあ、始めましょう」
それぞれに、私は細かな指示を与える。
彼らは、すぐに動き出した。
私はその背を見送りつつ、再び自嘲する。
……他の事など、考えるな。私は決して、神様でも何でもない。
ちっぽけな人間だ。それ故に、選ぶのだ。
遠くで助けを求める声よりも、身近の守るべき者たちを。
自分を甘やかそうとする、弱い自分。
逃げるな。負けるな。放り出すな。
選択したことに、責任を持て。
私は自分にそう言い聞かせて、書類と向き合った。